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一章九

王の質問に蒼鴛は跪きながら、答えた。

「…はい。狭間に飛び込み、朱凰様を見つけたまでは良かったのですが。こちらにお連れしようとした時に邪魔が入りまして。大きな鎌を持った男が朱凰様を襲ってきました。いち早く、気づいて防ぐ事はできました。けど、あの時はひやりとしたものです。主上、あの男を調べる許可をいただきたいと思います。良いでしょうか?」

手短かに報告が終わると蒼鴛は王に問うた。王はそれもそうだなと頷いた。

「確かに我が対を狙ってきた男は気がかりだな。わかった、蒼鴛。調査の許可を与える。その男をただちに捜査せよ」

「…御意に」

深々と蒼鴛は頭を下げた。芳子も同じようにした後、すぐに蒼鴛は立ち上がり、謁見の間を出ていった。それを追いかけようと芳子も立ち上がりかける。が、それを王の声が止めた。

「待つがよい。朱凰、まだそなたの名を聞いておらぬ。何と言うのか、教えてはくれぬのか?」

「…名前ですか。言うのを失念していました。すみません」

芳子が軽く頭を下げて謝ると王は鷹揚にまた、頷いた。

「…謝らなくともよい。名さえ、聞かせてくれればそれで構わぬ」

「…ありがとうございます。あの、名前は藤野芳子といいます。藤野が姓で芳子が名です」

名前について簡単に説明すると王は成る程と興味深そうにする。芳子はではと言って御前を辞そうとした。

だが、王は低い声で呼び止めた。

「待て。余、私の元から離れるつもりか。この王城に来た時点でそなたは私の妃と見なされる。出て行く事は許されぬ」

冷たい声音で言われて芳子はびくりと体を揺らした。ぎこちなく、顔を振り向かせるとそこには真っ直ぐにこちらを見据える王の姿があった。

「ヨシコ。今から、そなたは正妃とする。我が住まいの後宮の一棟に移るように。これは王命である」

よく通る声で言われて芳子は足元から地面が崩れそうな心地になった。無情に王の声がその場に響くだけであった。




芳子は王に命令されてやってきた下官たちにより、無理に後宮に連れて行かれた。宦官である後宮の担当の者達は謁見の間から、出ると芳子の腕を掴んで引きずるようにして廊下を進んでいく。

しばらくして、厳つい顔の門衛が守る一つの門の前まで来た。黙って、門衛は扉を開いた。

内に入ると龍や鳥、蔦草模様が細やかに彫り込まれて朱色や黒い漆塗りの梁や柱が目立つ建物が少し離れた所にあった。下官の内の一人が告げた。

「…あちらが正妃のお住まいになります。青楼宮(せいろうぐう)と呼ばれています。今日から貴方様にはあちらにてお過ごしいただきたい」

「あの、私が住むって。陛下は本気で私を妃になさるのですか?」

「…そうですが。何か、ご不満でも?」

芳子は腕を振り切ろうとした。だが、下官達の力は強くて敵わない。

「来たその日に妃になれと言われても。私は庶民ですし。身分違いも甚だしいのではないですか?」

「……そのような事はありません。ああ見えて、蒼鴛将軍はこの国でも王の母君様、揚太后様の甥御に当たられ、側近になります。将軍が異界でご正妃様をお連れ次第、彼が後見になるようにと揚太后様から命じられておりますので」

「そうですか。わかりました」

素直に頷くと下官はやっと、掴んでいた腕を離してくれた。そして、手で青楼宮に入るように促した。

芳子は宮の中に入るとその広さにまた、圧倒された。自分の住まいがこんなに広大で手の込んだ屋敷という事に現実味がわかない。

下官が出て行くと入れ替わるように三十名もの女官がやってくる。芳子はこんなにたくさんの女性に傅かれて暮らすのかとぼんやりと思った。

その中で一番年上らしい女官が芳子の前に跪いた。

「…初めまして。今日からお仕えいたします、筆頭女官の白苑(はくえん)と申します。ご正妃様、何なりとお命じ下さいませ」

「えっ。私のお世話をするんですか。あの、こんなにたくさんの女官さんに来られても。申し訳ないのですが。自分の事は自分でできますし」

「そうおっしゃらずに。正妃になられた以上、身の回りのお世話などはわたくし共に仰せになってください。朱凰様」

にこりと微笑む白苑に芳子は戸惑いながらも頷くしかなかった。

そして、王宮での一日は終わろうとしていた。




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