二章六
芳子が庭に出てみるとそこには色とりどりの花が咲いていた。牡丹や芍薬、薔薇など数十種類もの花が競うように咲き、芳子の目を楽しませてくれる。
庭には人の姿がない。静かで鳥の囀りやさらさらと水の流れる音、芳子の足音しかしなかった。頭に挿している簪やペンダントがしゃらしゃらと鳴るのが聞こえるくらいだ。
が、横にあった茂みがかさかさと鳴った。驚いてそちらを注意して見たらそこからあるものが顔を覗かせる。そうしてあるものは茂みから出てきた。
葉っぱをあちこちにつけて土に汚れているが動物ではない。芳子より背丈は小さいが人間だった。長い髪を後ろに一つに束ねてベージュ色の簡素な上着とズボンを身に纏った少年らしかった。
「…あ。勝手に入ってしまってごめんなさい。お姉さんが新しく入ったお妃様?」
にこりと少年は笑いながら尋ねてきた。芳子はどうしたものかと考えながらも答える。
「…ええ。確かに私は新しく入った者だけど。まだ、正式な妃ってわけじゃないの」
「ふうん。そうなんだ。あ、僕は蒼鴛将軍の弟で楊緋嚥といいます。改めて初めまして。藤皇后様」
緋嚥と名乗った少年は正式な朱国の躍拝の姿勢を取る。芳子は藤皇后と呼ばれて焦った。
「ええっ。緋嚥君だっけ。私にそんな事しなくていいから。王様じゃあるまいし」
「いいえ。あなたは王がお認めになられた正妃様です。しかも朱凰様の魂を引き継がれている。本物の伴侶とお見受けしました」
「緋嚥君。私が朱凰だってこと知ってたの?」
芳子が驚いて尋ねると緋嚥は頷いた。悪戯っぽく彼の目が輝く。
「はい。兄から伺っています。皇后様がそうだと」
「ううむ。私、異世界から来たからな。朱凰様ってそんなにすごい方なの?」
芳子がまたきくと緋嚥は驚きながらも答えてくれた。
「ご存知じゃなかったんですね。朱凰様はこの国の守護神のお一方です。鳳凰ー伝説上の鳥の姿をなさっていてお二方いらっしゃいます。対であり夫婦でもあられますよ。代々の王や后妃は朱鳳様と朱凰様の魂と力を引き継がれてきました」
なるほどと芳子は頷く。緋嚥は説明を続けた。
「…初代の王は朱国が建国された時に鳳凰様を召喚なさいました。そして、守護神となっていただきたいと懇願なさり鳳凰様はそれを了承なさった。条件として自身の魂の一部と力を引き継がせたのです。自身の片割れともいえた奥様の力と魂の一部を継がせた女人を探せともおっしゃいました。王はその女人を探しだして后妃となさった。それが初代の国王夫妻の伝説です」
緋嚥はそこで口を閉ざした。芳子は朱凰が国の守護神だときいて驚いていた。
「へえ。初代の后妃様も朱凰だったのね」
「そうです。藤皇后様も朱凰の証がおありでしょう?」
緋嚥に言われて芳子はあっと声をあげた。
「もしかして首にある痣の事?」
「そうです。代々の后妃は体のどこかに鳳凰の形、鳥の形の痣があったと文献にも書いてあります。これは王も同じです」
緋嚥は頷きながら丁寧に教えてくれた。芳子もへえと言いながら尋ねる。
「緋嚥君はよく知っているのね。あ、もうそろそろ金圭さんが来る時間だわ。いろいろと教えてくれてありがとう。私はそろそろ行くわね」
「わかりました。では皇后様。失礼します」
緋嚥はそう言うと庭を去っていった。芳子も部屋へと戻ったのだった。




