24-B
飛びかかる私に対し、アールは剣を振ろうとする。
だけど、私が到達する方がわずかに早かった。
「ぐおっ!」
アールの手から、ハイディマリーが解放される。
それを視界の隅に入れつつ、私は勢いをそのままにアールを押し倒した。
「くっ、離れろっ!」
離すか、馬鹿っ!
アールの右手を掴み、手首に思いっきり噛み付いてやった。
「うああっ!」
皮膚どころか、肉まで食いちぎるつもりで顎に力を込める。
「ぐぅぅ、離れろっ! くそっ!」
どうにか私を振り払おうとするアール。左の拳を、私の頭にガンガン振り落としてくる。
その衝撃に顎の力が抜けそうになるけど、耐える、耐える、耐え続ける!
「このっ!」
「――!」
アールの攻撃が、頭から腹へと移動する。
固い拳を、右横腹にどすんどすんと打ち込まれ、さすがに耐え切れなくなった。
「がはっ……!」
「どけっ!」
右手首から口を離した次の瞬間、アールは私を引き剥がし、勢いをつけて腹部を蹴りつけてきた。
その威力に私は吹き飛び、地面を転がって壁に激突。
「うう……」
身体を起こし、顔を上げる。
「!」
その時にはすでに、アールの姿は無い。視線を巡らせ、すぐに発見。
ヘルミーネらしき人影があった廃墟へ向かう、警官の群れ。
それを阻止するために、アールはそのすぐ後ろにまで迫っていた。
アールの接近に気付いた警官らが立ち向かうけど、あっという間に斬り捨てられ、蹴散らされていく。
そして群れに追いついたアールは、次々に警官を斬り始めた。
視線の先で、赤い霧が生まれる。
朱と共に噴き出すのは、断末魔の叫び声。
何重にも重なるそれは、無人の廃墟に囲まれたこの場所に、虚しく響く。
あのままじゃ、警官が全滅しちゃう!
立ち上がり、辺りを見渡す。……あった!
駆け寄り、剣を拾い上げる。
「……」
髪や顔、服などを血で染め上げぐったりとしているハイディマリーを一瞥し、私は走り出す。
向かうは、軽々と警官を惨殺し続けているアールのもと。
「やめろおおおおぉぉぉぉっ!」
叫び、剣を構え、飛びかかる。
警官の首を斬り飛ばしたアールが、私に気付いて振り返る。
そして襲い来る、奴の凶刃。
「ああああぁぁぁぁっ!」
振り上げられる剣に対し、全力で剣を振り下ろす。
金属音、重い衝撃。とんでもない抵抗力。
「ぐおおおおっ!」
「ああああああああっ!」
直後、剣が弾かれる。
弾かれたのは、……アールの剣だ。
「なにぃっ?」
剣を押し戻され弾かれたアールは、驚愕に目を見開く。
その一瞬の停滞を、見逃さない!
着地し、そのまま前へ大きく踏み込みつつ、返す刀で横薙ぎの一閃。
手応えは、……あった!
「ぐっ!」
しかし、その切っ先は、奴の腹をわずかに抉っただけだった。
あの一瞬で後ろへ跳んだ? なんて奴!
「寝てろぉっ! 死にぞこないがぁっ!」
「――!」
後頭部に、岩でも激突したかのような衝撃。
視界がブレ、黒く点滅。
直後、私は何かに衝突した。……頭から。
それが何なのかは、わからなかった。
気付いた時には、元通り。
元通りに、私の身体は停止し、視界は真っ赤になっていた。
……もう、感覚が無い。視覚だけが、かろうじて生きている状態。
思考はまだはっきりしているけど、これもいつ消えるかわからない。
横に倒れた視界に映るのは、倒れていく警官たちの姿。
倒れた警官は積み重なり、もう動かない。
アールに、殺されているんだ。
助けたいけど、身体が動かない。
あの、不思議な感覚が助けてくれる気配も無い。
……ごめんなさい。私にはもう、何もできないよ。
目が、閉じていく。抗えない……。
ごめんなさい…………。
(あなたは死なせない)
(あなたが死んだら、私が困るから)
「…………!」
目が開く。
……私、生きてる?
「う……」
痛みが、それを証明してくれた。
「……」
横になった視線の先には、数えきれないくらいの警官の死体があった。
……静かだ。
おそらく、そこに倒れている警官は、誰一人として生きていないのだろう。
……? 静か?
身体を起こす。
アールは? ヘルミーネは? あの後どうなった?
私は一体、どれだけ倒れたままだったんだ?
「――!」
そして私は、その光景を見た。
「あぁ……あぁぁ……」
心を抉る、絶望感。視界が滲む。
アールは、まだそこにいた。そこにいて、立っていた。
……血溜まりに横たわる、サイラス、ヴェルノ、ロナルド、イルマの中心で。
彼らがいつの間に駆けつけたのかなんて、どうでもいい。
何があってこうなったのかということも、わかる。
負けたんだ。
サイラスたちは、アールに負けた。だから倒れているんだ。
アールの顔が、私に向けられる。
「……後はお前だけだな、ティナ」
そう言うアールは、ボロボロだった。
特に首から下、胴の部分は血まみれ。
サイラスたちの返り血も混ざってるんだろうけど、奴自身も相当重傷を負っているようだ。
腕や脚には、イルマが投げたものであろうナイフが突き立っている。
激しく肩を上下させ、フラつきながら、アールは私のもとへ歩み寄ってくる。
「お前が寝ている間に、仲間はみんな死んだぞ」
一歩進むごとに、地面にボタボタと血が跳ねる。それでもその顔には、余裕の笑みが貼り付いていた。
絶望と、そして膨れ上がる恐怖で、身体が震える。震えが止まらない。
もう、抵抗する意思なんて微塵も無かった。
手足を使って後ずさる。
「こ、来ないで」
殺される。
「来ないでっ!」
死にたくない。死にたくない!
「泣いているのか? 情けない奴だ。所詮はガキか」
言われて、自分が涙を流していることに気付く。
「怖いのは今だけだ。痛みも一瞬。苦しまないように殺してやるから、安心しろ」
「い……いや……」
殺さないでっ! お願いだからっ!
嫌だっ! 死にたくないよっ!
後ずさる私に追いつき、赤く染まった剣を振り上げるアール。
「いや……」
「ぐ」
アールの身体が、揺れた。
「……?」
え?
「ぐっ、う……」
顔を歪め、膝を折るアール。
「…………!」
そうして、その姿が視界に入る。
「イルマ……さん……?」
そこに立っていたのは、イルマだった。妙な格好で停止している。
……あれは、ナイフを投げた格好?
「くそっ、……お前、まだ、……ぐっ、うう……」
座り込み、地面に手をつきながら、アールは後ろを振り返って悔しげに唸る。
その背中には、ナイフが深々と突き立っていた。
アールは咳き込み、血を吐く。
「あいててて……」
「――!」
声。
「うまく……いったよう……だな……」
「ああ……。そうらしい……」
イルマのすぐ近く、倒れていたサイラスたちが、ゆっくりと身体を起こし始めていた。
どうして? 殺されちゃったんじゃ……。
「死んだふり、だとぉ……? がふっ」
さらに大量の血を吐いて、アールは倒れた。
……死んだ、ふり?
えええっ?
今にも倒れそうな様子で、どうにか私のもとまで辿り着いたイルマは、落ちているアールの剣を蹴っ飛ばし、私に手を差し伸べる。
「立てる? ティナ」
「イルマさん……」
血と脂でギトギトになっているその手を、私はしっかりと握った。
私の手も、同じようなものだった。
イルマと支え合いながら、すでに立ち上がって私たちを待っているサイラスたちのもとへ。
イルマも酷い怪我だけど、サイラスたちもまた、ボロボロだった。
「!」
そこでようやく、あることに気付く。
「ボスがいない! ボスはどこですかっ?」
倒れていたはずのハイディマリーの姿が、消えていた。
彼女が倒れていた場所には、赤黒い染みだけが残されている。
「終わったのかしら……?」
「――!」
その時、建物の中から、ゆっくりとその人物は現れた。
それは、プライス警部に支えられてどうにか立っている、ハイディマリーだった。
涙が溢れる。
気が付いた時には、ハイディマリーに抱きつき、彼女に「痛い痛い」と言われている自分がいた。




