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02-A

 どうやら本当に、あの女の狙いは私だけのようだ。


 昨夜、あいつが倒したコンウェイ警部補とその部下の警官は、一撃で昏倒させられた時の怪我以外、どこも斬られたり刺されたりはしていなかった。もちろん、命に別状は無し。


 対して私は、腹の傷が開いたこと以外に、右腕にまで深い傷を負ってしまった。

 幸い、右腕が完全に動かせなくなるほどの重傷ではなかったけれど、剣を振るうのに支障が出る程度にはダメージは大きい。


 かくして私は、ほぼ無力化させられてしまったというわけだ。

 次また同じように襲われたら、為す術無しである。



 昨夜の襲撃の後に駆けつけたプライス警部とその部下たちは、すぐに病院周辺の見張りを増員させた。

 私の病室前はもちろん、私の病室がある病院二階へ続く全ての階段や、各階の非常口などにも警官が配備され、まるで国の要人でも警護するかのような様相だ。


 ただの低ランク傭兵でしかない私は、ただただ困惑し、恐縮するばかりである。



 騒ぎを聞きつけて朝から病室を訪れたモニカは、病院前でボディーチェックを受けたことなどを楽しげに語ってから、言葉を続ける。


「この街は、オルトリンデ北部の街の中では犯罪件数が少ないことで有名でね、警察が出動するような場面ってあんまり無いの。だから、今回みたいにたま~に起きる大きな事件には、待ってましたとばかりに張り切っちゃうんだよ」


「そうなんですか。へぇ~……」

 確かにちょっと大袈裟な感じだけど、今の私にとってはありがたい。


 怪我が治るまで、守ってもらおう。


「ところでモニカさん。今日は、そのぉ、……お仕事は?」

 ベッドの横に座る彼女は、どう見ても普段着だ。着飾ってないってことは、今日は休みなのかな。


「ん? 今日は休みだよ。昨日まで4日連続で仕事してたからね。私ら娼婦はさ、月に10日も働けば充分なんだ。あんまり稼いでも使い道無いし」


「へぇ~……」

 彼女にそのつもりは無いんだろうけど、なんだかすごく自慢されているように聞こえてしまう。


 儲かるんだね、娼婦って。絶対やりたくないけど。


「でもさぁ、娼婦なんて若いうちしかできないでしょ? だから、稼げる内に稼いじゃおうって考えの子もいるのよね。ほかの娼館の子なんだけどさぁ、月20日とか平気で出る子がいてね、よく体力続くよね~ってみんなで話してんのよ。頑張りすぎじゃね、って」


「はあ……」

 そんな話をされて、私はどう反応すればいいのか。


 だけどお構いなしに、モニカの話は続く。


「私ももう24だけどさぁ、そこまで必死にはなれないなぁ。とりあえず、今の生活を維持できるくらい稼いでいけたらそれでいいんだ。同じとこで働いてる子たちは、大体私と同じ考えだね」


「そうなんですかぁ……」

 尚も続きそうなモニカの話を止めたのは、ドアのノック音。


 返事をすると、プライス警部が「ちょっといいかな」と病室に入ってきた。

 いいとこに来たよ、警部さん。


 警部は、何やら難しい顔をしながらベッドに歩み寄ってきた。


「どうしたんですか?」

 聞くと警部は、「ああ……」と言いにくそうに話し始めた。


「君を、ここに入院させておくことができなくなった」

「はっ? どういうことですか?」


 いきなり何だ? え、何言ってんの?


「昨夜のことを知った病院側が、ほかの入院患者に危険が及ぶ可能性を考え、君を我々で引き取って警護するよう言ってきたんだ」


「それって、つまり出てけってこと?」

 モニカの問いに、警部は「まぁ、そういうことだな」と頷く。


「さっきまで何度も説得していたんだが、結局聞き入れてはもらえなかった。増員された警官の姿に不安を訴える患者も、少なからずいるらしくてな。とにかく、我々もここには長居できん」


 まだ入院したてで怪我も全然治っていないのに、出て行け、か。腹が立つけど、仕方ないのかもしれない。

 危険人物に命を狙われているような人間を置いておいたら、周囲にどんな影響があるかわからないもんね。


 入院患者の中には、重い病気や怪我などを治療している人たちもいるだろう。

 そんな人たちの迷惑にしかならないのなら、私はここにいてはいけない。


「要請すれば、診察や治療のために医師は寄越してくれるようだが、ここ以外のどこへ君を移送すればよいのか、まだ結論が出ていない状況だ。犯人がどこにいるのかわからない以上、下手に動くわけにもいかんし……」


 腕組みをして、溜め息をつく警部。




 沈黙が室内を包み込む中、しばらくしてモニカが「警部さん」と発して立ち上がった。


「身を隠すなら、いい場所がありますよ」

 それを聞き、片眉を上げる警部。


「どこだね、それは」

「知り合いに、娼館街関係者専門の医者をやってる人がいるんです。その人の診療所だったら、知ってる人もあんまりいないしいいかなーって」


 モニカの言葉に、警部は何かに気付いたようにハッとする。


「それはもしかして、ルッツ・ビエロフカのことか?」

「あれ? 知ってるの、警部さん」

「ああ、よーく知ってるよ。10年くらい前に私が逮捕した男だからな」


 不敵に口の端を上げる警部の言葉に、モニカは「え?」と驚く。


「あの人、何したんです?」

「家出少女を匿ってたのさ。まぁ、ただ匿っていただけならどうということはないんだが、相手は当時15歳の少女。そんな歳の子供に手を出したら犯罪だ」


 それに対し、モニカは「ふーん。そんなことしたんだあの人」と微妙な反応。


「少女の方はあの男に本気だったようだがな。あの男のもとへ転がり込んで半年ほど共に過ごし、保護された時には腹に子供がいた。今はどうしているか知らんが、もしかしたら、その子供を産んで母親になっているかもしれんな」


 ……ちょっと待って。

 じゃあモニカは、その前科持ちのところへ私を移そうと考えたってこと?

 しかも、私と歳が変わらない女の子に手を出したような奴のところへ?


 冗談じゃないよ。


「釈放されてしばらく経った頃、この街で診療所を開くと言いに来たことがあった。医師免許は持っているようだし好きにすればいいと思っていたが、まさか本当にやっていたとはな」

 そう言って笑った後、モニカの目を見る警部。


「で、その診療所はどこにあるんだね」

「街の南西に、集合住宅がたくさん並んでる一帯があるでしょ? そこでひっそりやってますよ」


「ほぉ、あんなところにいたのか。まぁ、あの辺には使われていない建物も多いからな。しかし、なぜあんな場所でやってるんだ。娼館街の人間相手なら、そっちに作った方が便利だろうに」


 なんだか、私抜きで話が進んでいってる気がするぞ。


「患者がいない時は1人で静かに暮らしたいんだって、口癖みたいに言ってますよ。仕事は丁寧だし料金も安いから、娼館街からちょっと距離があっても文句を言う人はいないんです」


「なるほど、変わっとらんな。……10年前もあいつは、真面目に働き、つましく暮らす大人しい青年だった。家出少女の件で少し道を踏み外したが、どうやらそのまま転げ落ちていくことはなかったようだな」


 警部の顔は穏やかだった。そのルッツという男のことを聞いて、安堵したようにも見える。

 10年も前に逮捕した犯人のことを覚えているくらいだから、結構気にかけてたってことなのかな。


「よし。では、上と相談してみよう。移送の許可が下りたら、そこへ案内してもらってもいいかな」

 それを聞いたモニカは、「いいですよ」と言いかけて、「あ、待って待って」と慌てて言い直す。


「ん、どうしたんだね」

「ティナって命を狙われてるんでしょ? だったら、犯人がこの近くで見張ってるかもしれないってことだよね? どうやってティナを外へ運び出すか考えてます?」


 モニカの心配はもっともだ。

 もしあの女が病院を監視しているとすれば、外に出るためには何か手を打つ必要がある。


「この病院の出入口となり得るのは、正面玄関と裏の非常口だけ。犯人が1人ではない可能性も考えると、迂闊に外へ出すわけにはいかんか。それに、我々警察が動けば犯人にも気付かれかねん。う~む、どうしたものか……」


 ちょっとちょっと、しっかりしてよ、警察!


「……変装」

 モニカの呟きに、警部は「ん?」と反応。


 え? 今何て言った? 変装?


「そうだ、変装ですよ警部! ティナを変装させて、正面から堂々と出しちゃえばいいんです」

 声を弾ませるモニカに、警部は困惑を顔に貼りつける。


「変装ったって、どうするんだね。服だけ変えても意味が無いように思えるが?」

 するとモニカは「だーかーらー」と腰に手を当てる。そして、警部をビシッと指差した。


 正確には、警部が着ている制服をだ。


「警官の制服を着せて、警部と一緒に何食わぬ顔で出ていけばいいじゃないですか。上司と部下って感じに演技しながら。ティナって結構背が高いから、制服を着せて帽子を被せれば警官っぽくなりますって」


 そう言いながら、モニカは私の方を振り向く。

 言われた警部も、「なるほど」と私を見る。


「移動のための馬車は、どこか適当な場所に用意させておいて、そこまで2人で歩いて行けばいいんです。どう? 名案だと思いません?」

「……ふむ、それしかないようだな。というわけなんだがティナ、君もそれでいいかね」

「え?」


 今まで私そっちのけでどんどん話を進めていたくせに、なにが「いいかね」だ。

 ……まぁでも、私もいい案だと思うよ。


「お任せします。私は従うだけです」

「よし。では早速上に話をつけてくる。少し待っていたまえ」


 警部は足早に病室を出て行き、それを見送ったモニカは私を見て、「うふふ」と笑った。

 こりゃ楽しくなってきたぞ、と顔に書いてある。


 こっちは全然楽しくないんですけど。




 30分ほどして戻ってきた警部は、警官の制服が入った紙袋をモニカに手渡した。


「上に話は通した。馬車も用意した。あとはそれを着て外に出るだけだ。病室の前にいるから、着替えが済んだら呼んでくれ」


 ……本当に大丈夫なのかな。不安だ。




「うん、サイズはぴったりだね。どう、着心地は」

 問われ、自分の格好を見下ろす。


 そして思い出す。そういえば、前にも一度警官に変装したことがあったな、と。


「問題無いです」

 問題があるとすれば、私自身だ。やっぱり、腹の傷が痛む。着替えも、モニカに手伝ってもらってようやくって感じだった。


 思えば、まだ刺されてから一日経ってない。

 腹を刺されたんだ、本来ならベッドで安静にしてなきゃいけない。

 それなのに、こんな服に着替えて病院を出て行かなくちゃいけないなんてね。


 また傷が開いたらどうするんだよ、まったく……。


「じゃ、警部さんを呼ぶね」

 病室のドアを開けるモニカの背中を見ながら、私は深々と溜め息をついた。




 私が警官に変装して病院を出ることを知っているのは、警部と彼の上司だけのようだ。

 なんだか本当に、要人にでもなった気分だよ。


 まず私と警部が一緒に病院を出て、少し後にモニカが出る。

 そうして、出来る限り自然に病院を脱出した私たちは、病院から少し行ったところにある公園横に用意されていた馬車に乗り込み、モニカの案内で街の南西へ向かった。




 ラベドラ南西に広がる集合住宅地帯に入った馬車は、モニカの指示する通りに走り続け、やがて停車。


「ここかね」

 警部の問いに「うん」と頷いたモニカは、客車のドアを開けて通りに降り立った。


 そして、私に手を差し伸べてくれる。


「ゆっくり、ゆっくりね」


 モニカと警部に支えられて馬車を降りた私は、目の前にある建物を見上げる。


 視線の先にあるのは、二階建ての薄汚れた廃墟だった。

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