01-B
病室に入ってきた2人の警官の内、父と同じくらいの年齢と思しき恰幅のいい警官はダドリー・プライス警部、細い顔と細い身体の若い警官はマドック・コンウェイ警部補と名乗った。
2人は、私がここ数日拠点にしているこのラベドラという街の警官だ。
今回起きた傷害事件について、被害者である私の事情聴取に来たということらしい。
身体を起こそうとしたら「そのままでいいよ」と言われたので、私は横になったまま、モニカと席を交代したプライス警部と話をすることになった。
「じゃあ君は、犯人の顔をほとんど見ていないということかね」
警部の問いに、私は「はい」と頷く。
あの女の顔で見た部分と言えば、酷薄な笑みを湛える口元だけだ。
「しかし、フード付きの黒いコートを着た女なんて、昼間なら結構目立ちますが、夜となると探すのは難しそうですね。街の暗がりに身を潜められたら、見つけられないまま逃げられてしまう可能性もある」
コンウェイ警部補の言葉に、警部は「そうだな……」と思案顔。
「まぁそれは、犯人がまだこの街にいることを前提にした話だな。もしかしたら、すでにどこかへ逃亡してしまったかもしれない。犯行後、この街に寄ったかすら怪しいな」
「そうですね。この子が病院に運ばれてから、もう5時間近く経っていますし。一応、街の外周には警官を配備して、怪しい人物が出入りしないかチェックさせていますが、未だ何の連絡も無いですからね……」
腕組みしながら溜め息をつく警部補。
「だが私は、犯人はこの街にいると思っている」
「! ……」
「なぜです?」
警部の言葉に、私は同意し、警部補は意外そうな顔をした。
まだあの女が近くにいる気がしてならない。確証なんて何も無いけど、そんな気がする。
嫌な予感がするんだ。
「この子は、犯人に名を呼ばれた。つまり、犯人はただの通り魔ではなく、この子に対して明確な殺意を持っているということだ。となれば、犯人はこの子の生死を気にするはず」
警部はそこで言葉を切り、私を見る。
「この子が倒れていたのは、ラベドラのすぐ近くの道だ。発見されればここに運ばれるのは間違いない。この子の生死を確認するために、この街に留まっている可能性は充分に考えられるんじゃないか?」
私のはただの予感だけど、警部のは冷静な分析だ。
警部補も「なるほど」と納得した様子。
しかし警部は、ここでまた思案顔に戻る。
「不可解なのは、犯人がこの子の生死を確認せずに立ち去ったという点だ。まぁ、通り魔の犯行と思わせるためにとどめを刺さなかったのかもしれんし、一刺しで殺れたと思って逃げたのかもしれん。あんな雨の中に大量出血した状態で放置されれば、誰にも発見されずに死ぬ可能性が高いわけだからな。だが、犯人はまだこの子の死を確信しきれていないんじゃないかと私は思う」
「では、犯人はこの近くにいるかもしれませんね。この子が生きていることを知れば、襲撃してくる可能性だってある」
警部補の言葉に、警部は「そうだな」と頷く。
もし馬車も誰もあの道を通らずに放置されていたら、警部が言った通り、私はあのまま死んでいただろう。
あの道は、晴れている昼間でも人の往来はほとんど無いようだし。
……つくづく、自分の強運に驚かされるよ。
「すでに病院の周囲も警戒させているが、病室の前にも誰か置いておいた方がいいかもな。念には念を入れておくべきだ」
そう言ってから、警部は警部補の方へ顔を向けて、「そこでだ」と続ける。
「マドック、ここの見張りはお前に任せる。後で応援を寄越すから、交代で病室の前に立て。いいな」
警部からの突然の指令に、警部補は「わかりました」と応じてから、やる気に満ちた瞳を私に向ける。
「俺たち警察が君を守るから、安心して休みなさい」
「あ、どうも……」
心強いお言葉だね。
正直ちょっと心配だけど、こんな状態じゃまともに戦えそうにない。
今は彼らに頼るほかないか……。
「それじゃあ頼んだぞ。私は、部下たちを連れて見回りに行ってくる」
「はい。お任せ下さい」
立ち上がりながら部下の言葉を聞いた警部は、彼の肩をぽんと叩いてから私の方へ半身だけ振り返り、「じゃ、お大事に」と言い残してドアへ向かう。
「ありがとうございます……」
そう返すと、警部は右手をひらひらと振ってから病室を出て行った。
その後、元々仕事帰りだったモニカも、仕事の報告と身体を休めるために、勤めている娼館へ戻っていった。
彼女が勤める娼館は、この街の娼館街にあるらしい。
それから1時間ほど経った頃、病室の明かりが消された。消灯時間のようだ。
廊下に面した窓からぼんやりと入り込んでくる光だけが、室内にある物の形をうっすらと浮かび上がらせ、私に伝えてくる。
そんな中、私はなかなか寝付けずに、薄暗い天井を見つめていた。
ふと、腹部の包帯に服の上から触れる。
そして思う。お腹を刺されるとあんなに痛くて苦しいんだな、と。
みるみる身体から力が抜けて、立っていられなくなった。
……本当に、怖かった。思い出すだけでゾッとする。ぶわっと鳥肌が立つ。身体が震える。
モニカを乗せた馬車が偶然あそこを通りがからなかったら、私はあのまま死んでいた。
1人になって改めてそれを考えると、本当に恐ろしい。
……あの女は、どうして私を刺したのだろう。私が何をしたと言うのか。
初めて聞いた声だった。私は彼女を知らない。あの女、一体何者だ?
殺意の理由は何だ?
……気になるのは、あの女が着ていたフード付きの黒いコートだ。
以前、私がまだ傭兵候補生だった頃、似たようなコートを着た連中を見かけたことがある。
私を刺した女と奴らにつながりはあるのだろうか。……わからない。
わからないことだらけだ。そのせいで苛立ち、余計に睡魔が寄り付かない。
廊下の方に視線を向ければ、ドアの磨りガラスの向こうに人影が見える。
この病室の前には、警官が1人立っている。警部が言っていた応援の警官だ。
ついさっきやってきて、警部補と何やら話した後、警部補だけどこかへ歩き去って行った。
「……」
とにかく、身体を休めよう。深呼吸をして、目を閉じる。
「がっ……!」
「――!」
ようやく睡魔が覆い被さってきたところで、突然の音。
目を開き、廊下の方を見た時にはすでに病室のドアは開いており、そこにゆらりと黒い人影があった。
「誰っ?」
もちろんそれは、警官ではない。……あの女だ!
私は腹の痛みも無視して起き上がると、剣の位置を思い出す。
確か、すぐそこの壁に立てかけられていたはずだ。
「殺す」
「!」
掠れた呟きの直後、その人影は動き出す。速い!
瞬時に間合いを詰めたそいつは、手にしたそれを突き出してきた。
私を刺した、あのナイフだ。
「くっ」
どうにかそれを避け、ベッドから飛び降り、壁沿いを走りながら剣を握り取る。
そして素早く鞘から抜き放って前に構える。直後響くのは金属音。
敵はすでに眼前にまで迫っていて、振り下ろされたナイフはどうにか受け止めることができた。
「いっつ……」
腹の傷が疼く。ズキンとするたびに一瞬力が抜ける。そのせいで大きく押し込まれ、ナイフの切っ先はもう目の前だ。
「今度はメッタ刺しにしてやる。苦しんで死ねっ!」
「ぅぐぐ……」
さらに押し込まれ、ナイフの刃が私の頬に触れるか触れないかというところで震えている。
もう、駄目だ……!
「おい! どうしたっ!」
「――!」
廊下に、コンウェイ警部補の声が響く。敵のナイフが、ビクッと揺れた。
「助けてっ! 早く来てっ! 殺されるっ!」
「ちっ」
力の限り叫ぶと、敵は私から飛び退って距離を取った。
と同時に、警部補が病室に入ってくる。
「動くなっ!」
警部補は腰の剣を抜き放ち、構える。
直後、敵は警部補に肉薄。
警部補は慌てて剣を振るけど、敵はそれを軽々と躱し、回し蹴りを繰り出す。
鋭い風切り音を纏ったそれは、警部補の側頭部に直撃し、彼の身体を壁近くまで吹き飛ばした。なんて威力だ。
一撃で動かなくなった警部補から、敵は再び私へと意識を向ける。
……嫌な予感は的中だ。
よろけながら立ち上がった私は、息を吐いて剣を構える。
すると敵も、静かにナイフを構えた。
……隙が無い。
私たちはじりじりと動きながら、激突の瞬間に向けて意識を集中していく。
まぁ、それだけに集中しているのは敵だけだ。私は、ベッドとの距離も同時に測っている。
正確には、ベッドの上にある物との距離だ。
隙が無いなら、作ればいい!
身体を捻って左手でシーツを掴み、ぶわっと放り投げる。
敵は体勢低く駆け出しそれを払うけど、その視界は一瞬シーツによって遮られた。
それだけあれば充分!
「なっ!」
敵は動揺に声を上げる。なぜなら私の姿がすでに眼前にあり、その左手がナイフを握る自分の手を掴んでいたのだから。
「くっ、放せっ!」
放せと言われて放すわけないだろ!
すぐに私の手を引き剥がそうとする敵に対して、私は右手に持っていた剣の切っ先を敵の右太腿辺りに突きつける。
「動かないで。動いたら刺す」
私は本気だ、脅しじゃない。ただ、こいつと違って殺すつもりは無い。人殺しにはなりたくないからね。
動けば、足を刺す。そうすれば、動きを大幅に制限できるはずだ。
私の睨みが効いたのか、敵は動きを止めた。
それならと、私はずっと気になっていたことを確認することに。
剣の腹で、敵の頭部を覆うフードを払う。
「……!」
暗がりでよく見えないけれど、廊下から入り込む明かりがぼんやりと浮かび上がらせるのは、若い女の顔だった。
私と同年代か少し上くらいの、少女と呼んでもいいくらいの女性。
視線の高さは同じくらい。女性にしては長身。
髪は短い、……いや、後ろで束ねているのか。
鋭い眼光が、私を真っ直ぐに射抜いている。
まるで刃物のようだ。全くブレが無い。
「……あなた何者なの? どうして私を殺そうとするの? 答えてっ!」
しかし女は答えない。ただ、その唇がすーっと弧を描いただけだ。
目は笑ってない。その冷たい微笑みに、思わず背すじがゾクッとなる。
「心当たりが無いって言うのか。……ますます殺したくなったよ」
「な……」
直後、女は空いていた左手を素早く上下させ、袖から何かを出して握った。
私は咄嗟に剣を突き出し、女の足を刺そうとしたけど、素早く躱され手応えは無し。
そして女が投げてきたそれは、刀身が短く太いナイフだった。
「ぐぁ……!」
とても避けられる距離でもタイミングでもなかった。
ナイフは私の右腕を深く抉って床を跳ねる。
「――あっ!」
痛みに気を取られた一瞬で、女の右手を掴んでいた手を振り払われる。
そして女は私をひと睨みした後、フードを被り直して病室から飛び出していった。
「くそっ、待てっ!」
慌てて病室を出た時にはすでに、廊下に女の姿は無かった。
騒ぎを聞きつけた警官たちが駆けつけたのはそれからすぐで、コンウェイ警部補と病室の前で見張りをしていた警官が目を覚ましたのは、それからしばらくしてからだった。
新シリーズ連載開始です。
頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。




