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マーセナリーガール -ヘルヘイムの女たち-  作者: 海野ゆーひ
第16話「始まりの場所へ」
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16-B

 リリアンが勤める娼館ユーチャリスは、この娼館街の中では、そこそこ立派な佇まいだ。

 その稼ぎが反映されているのか、娼婦たちのための寮も大きい。


 部屋の広さも、ちょっと高めの宿の部屋と同じくらい。

 リリアンと彼女の部屋にいた4人の野良娼婦に加え、私とイルマが入っても、そこまで狭くは感じなかった。


 玄関から伸びる短い廊下の両側には、彼女たちの寝室がある。

 半開きのドアから見えた室内は、びっくりするくらい散らかっていた。



 そして今、私たちは廊下の奥に広がるリビングに集まっている。


「……と、いうわけなんだけど、もちろん協力してくれるよね?」


 私とイルマの紹介に続いて、今回の件について一通り説明し終えたリリアンは、足を組んだ威圧的な態度でそう言った。


 リビングにあるソファに座っているのは、リリアンと、その両脇に座らされた私とイルマのみ。

 野良娼婦たちは、床に座らされている。


 4人の野良娼婦たちは、互いの気持ちを確認するかのように、顔を見合わせる。

 そりゃ、迷うよね。一歩間違えたら、自分の身が危うくなるわけだし。


 と思ったら、意外とすぐに反応があった。


「いいよ。やるやる」

「別に、仕事するなってことじゃないんでしょ?」

「仕事って言っても、そうそう客が来るわけじゃないし」

「ほかの子たちにも話して、広めちゃっていいんだよね?」


 ……驚いたな。やる気満々じゃないか。

 ニッと笑うリリアン。


「役に立つ情報を持ってくれば、あんたたちだけじゃなくて、ほかの野良の子たちのためにもなる。どんどん広めて、1人でも多くの子に協力してもらって!」


 勢いよく立ち上がるリリアン。グッと拳を握り、口を開く。


「いい? あんたたちは試されてるの。ロクな稼ぎも無い役立たずってイメージを、吹っ飛ばすチャンスだよ! 気合い入れて、あの社長に恩を売りな!」


 リリアンが拳をバッと振り上げると、野良娼婦たちも同じく拳を突き上げ、「おーっ!」と声を揃えた。


 ちょっと頼もしいなと思う反面、こんなに焚き付けちゃって大丈夫かなという不安もある。


 ……まぁ、いざとなったら私とイルマが出て行けば、たぶんなんとかなるでしょ。

 うん。大丈夫。




 リリアンの号令で寝室に入っていった野良娼婦たちは、それぞれ化粧をし、髪を整え、ドレスや装飾品などで着飾って出てきた。


 そこに、さっきまでのだらしない女性たちはいない。

 化粧や服でこんなに変わるのか。


「じゃ、行ってきま~す!」

「はいはい。行ってらっしゃい。頑張ってね~」

 4人の友人らを見送り、リリアンは大きく息を吐く。


「さてと」

 肩を落とし、脱力した状態でとぼとぼと歩き始めたリリアンは、リビングから廊下に入ってすぐのところにあるドアを開けて、中に入っていった。


 すぐに聞こえてきたのは、水の音。

 もしかして、シャワーを浴びてるのか?




 しばらくして出てきたリリアンの髪はストレートになっていて、顔はすっぴんだった。


 化粧をしてる状態だと、割りと大人っぽく見える彼女だけど、化粧を取ったら小柄なことも相まって、まるで子供だ。


 頭にタオルを雑に乗せた状態でリビングを進んだリリアンは、窓を全開にして風に当たる。


「……あんたたちさ、お腹減ってない? 朝食まだだよね?」

「え? ……あ」

 言われて気付くのと同時に、お腹が鳴った。


「何か作ってあげたいのは山々だけど、材料無いし、そもそもあたし、料理できないし。だから、外で食べてきたら?」

「でも……」


「ここで待ってたって、そんなすぐに情報が入ってくるわけじゃないんだし、ずっと気を張ってても疲れちゃうだけだよ。もっと楽にしてなって」

 そんなこと言われてもなぁ……。


「ねぇねぇ」

「!」

 イルマが、私の服の袖を引っ張ってきた。


「お腹空いた。何か食べに行こうよ~」

「? あ、う、うん。そだね。行こっか」

 いつものキツい感じじゃなく、ハイディマリーに見せるような幼い態度に、ドキッとする。


「ここを出て、さっき通ってきた道を戻れば、いくつかお店があるからね。好きなところに入りな。あたしはちょっと寝るから、部屋に戻ってくるなら静かにしててね」

「あ、はい。じゃあ、行ってきます」


 リリアンに手を振り、私はイルマと一緒に朝食を食べに外へ。




 娼館街の通りを抜けてすぐのところにあった食堂で、私たちは遅い朝食をとった。


 リリアンにも言われた通り、あの部屋でじっと待っていても、すぐには情報は入らない。

 それに、リリアンが眠っているとなると、あの部屋でイルマと2人きりになってしまう。

 絶対に、間が持たない。


 ……でも、彼女とは同僚なわけで、これからも一緒に働いていかなくちゃいけない。

 だから、少しは仲良くなる努力をしていくべきなんじゃないかと思ったんだ。




 朝食後、私はイルマに、もう少し街を歩いてから戻ろうと言ってみた。

 すると彼女は、意外とすんなり「いいよ」と誘いに乗ってくれた。


 ただ、やっぱり会話が無い。

 2人でいるのに、無言のまま歩き続けるのはどうなんだろうと思ったので、急いで考えをまとめて言葉にする。


「……ねぇ、イルマさん。私のこと、まだ恨んでる?」

 問いかけてから、どうしてこんなことを聞いちゃったのかと後悔。


 だって、仲良くなるきっかけなんて一切無かったんだから、気持ちが変わるわけないもん。


 だけど、立ち止まったイルマは、「わかんない」とはっきり答えた。

 私も立ち止まり、彼女と目を合わせる。


「キースが、ヘルミーネさんたちに利用されたっていうのはわかった。だけど、あんたがキースを斬ったのは事実だし、そのせいで捕まっちゃったんだから、やっぱりまだ少し、許せない部分はある……けど……」


 そこで口ごもり、私から視線を外して俯くイルマ。


「……あんたを本気で殺そうとしてたあの頃の私は、もういない」

 それって、私に対する殺意は無くなったってこと、かな?


 いつどこで、そんな心境の変化があったんだろうか。

 何かきっかけがあったっけ?

 ……思い当たる節は無いなぁ。


 でも、これはチャンスかも。

 彼女と打ち解けることがあるとすれば、まだまだ先のことになるだろうなって思ってたけど、今なら一気に距離を縮められるんじゃないか?


 そうだよ。そのために、散歩に誘ったんじゃないか。

 よぉし……。


「ねぇ、イルマさん。私ね、あなたと友達になりたいの」

 私の言葉に、イルマは顔を上げてきょとんとする。


「友達……?」

「うん。いつまでもギスギスしてるのはイヤなの。だから、あなたとは仲良くしたい」

 イルマは、ゆっくりと私から顔を逸らす。


「何言ってるの? あんた、私に何をされたのか忘れちゃったの?」


 そして、イルマはキッと私を睨みつけ、音も無く歩み寄ってきた。

 見れば、その右手が私の腹に触れている。

 ……正直、ゾッとした。表情にも出ちゃってたと思う。


「あんた、私に殺されかけたんだよ? 覚えてるよね? それなのに、私と仲良くしたいって言うの? 頭おかしいんじゃない?」


 うん、わかってる。たぶん私は、すごくおかしなことを言ってる。

 でも……。


「どう思われたって構わない」

「えっ……!」

 イルマの腕を握る。


「確かに私は、あなたに殺されかけたよ。その後も、いろいろ怖いことをされた。でも、そんなことはもういいの」

「はぁ? もういいって、あんた、私のこと恨んでないの?」

 彼女の目を、じっと見つめる。


「恨んでない。だって、あれはあなたがキースさんを思ってしたことだから」

 イルマは身体をビクッとさせ、目を丸くする。


「……許すって言うの?」

「許すも何も、そもそも恨んでないし」


 襲撃された後、彼女に対して怒りは抱いた。

 でも、それは恨みと呼べるほど激しい感情ではなかったと思う。

 それに、本当に恨んでいたら、一言だって話しかけたりはしないだろう。


 イルマは、私の本心を探るかのように、じぃっと見つめてくる。


 傍から見たら、妙な2人だと誰もが思うだろう。

 通りで立ち止まって、見つめ合っているのだから。


「離してよ」

 私の手を振り払い、掴まれていた腕をさするイルマ。


 そして、ちらっと上目遣いに私を見る。


「……ホントに、恨んでないの?」

「うん。嘘なんか言わないよ」


「私と、友達になりたいっていうのも、ホント?」

「ホントだよ」


 イルマは、また私から目を逸らし、そのまま歩き始める。


「イルマさん?」

 声をかけても、彼女は振り返らない。代わりに、言葉が返ってきた。


「行くよ。街を歩くんでしょ?」

「……うん!」

 結局、友達になれたのか、なれそうなのかもわからなかった。


 でも、彼女は嫌だとは一言も言わなかった。

 それって、少しは私のことを受け入れてくれたってことじゃない?


 そう思うだけで、嬉しかった。




 散歩を終えて一度リリアンの部屋に戻り、数時間後、今度は昼食をとりに外出して戻ってきてようやく、リリアンが寝室から姿を現した。


 結構寝てたな。よっぽど疲れていたんだろう。


 髪はぐしゃぐしゃ、上はシャツ1枚で下はパンツ1枚という、野良娼婦たちに負けないくらいだらしない格好をしたリリアンは、コップに注いだ水を一気に飲み干し、私たちを見る。


「……なんかあんたたちさ、ちょっと見ない間に仲良くなってない?」

「え?」


 どこを見てそう思ったんだ?

 いや、確かにちょっとは仲良くなったかなって、私は思ってるけどさ。


「さっきまで、なーんかギクシャクしてる感じだったけどさ、今は自然な感じでいるし」

「そうかな」

「何かあったの?」

 聞かれ、私はイルマと目を見合わせる。


「一緒に街を歩いたり、話をしたりしただけだよねぇ?」

「うん」

 あ、でも、確かにイルマの表情が柔らかくなってるかも。今気付いた。


「ふぅん。まぁいいけど。険悪な感じでずっといられても困るしさ」

 コップを置き、また寝室へ戻ろうとするリリアン。


「まだ寝るんですか?」

 思わず問いかけると、リリアンは細めた目をこちらに向けた。


「んなわけないでしょ。今夜も仕事があんの。その準備をするんだよ」

 そう言うと、リリアンは寝室へ入っていった。


「!」

 その直後、玄関のドアが勢いよく開く。


「リリアンっ! いる?」

 聞き覚えのある声だ。


「何よ。どうしたの?」

 すぐにリリアンが顔を出す。何事かと、私たちも玄関へ向かう。


 そこにいたのは、リリアンの部屋にいた野良娼婦の1人。

 走ってきたのか、肩で息をしている。


「いたいた! いたんだって!」

「いたって、何が」


 野良娼婦は大きく深呼吸をして、息を整える。

 そして、言った。


「リリアンが話してた、黒いコートを着た人!」

 聞いた途端、慌てて部屋から出てくるリリアン。


「それホント? どこにいるの? 何人?」

「この街だよ! 見たのは1人。さっき、野良の子を買ってったんだ」

 私はイルマと顔を見合わせる。


 敵が、……この街にいる!

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