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マーセナリーガール -ヘルヘイムの女たち-  作者: 海野ゆーひ
第16話「始まりの場所へ」
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16-A

 ――野良娼婦に協力を頼みたいと思う――


 ハイディマリーは、私たちの部屋にサイラスたちも集めて事情を説明した後、もう一度その結論を口にした。


 もちろんサイラスたち……というか、特にサイラスがすんなり受け入れるわけがない。



「娼婦なんて信用できません。ましてや野良なんて。奴らのほとんどは、ヘルヘイムを目の敵にしています。下手に信用すれば、足を掬われかねません」

 ヘルヘイムの社員の立場からすれば、サイラスの意見ももっともなんだろうな。


 しかし、当然ながら、その言い分にリリアンが噛み付く。


「あんたらがちゃんと支援しないから、あの子たちの恨みを買うんだよ。それに、みんながみんな、あんたらのことを恨んでるわけじゃない。勝手に決めつけないで!」


 鼻で笑うサイラス。


「じゃあお前は、俺たちにちゃんと心から協力してくれる野良娼婦を、正確に選別できるのか? 1人でも俺たちに不満を持っている奴を選んだら、面倒なことになりかねないんだぞ?」

 そして詰め寄り、「どうなんだ、おい」と睨みつける。


 リリアンは一歩も退かず、サイラスを睨み返す。


「そんなこと、できるわけないじゃない」

「はぁ? 話にならんな」

「でも、あんたらが野良娼婦の支援をちゃんとするって約束するなら、みんな協力してくれると思うよ。それさえあれば、あの子らにあんたらを恨む理由が無くなるからね」


 サイラスは、呆れ顔に嘲笑を加える。


「勝手に言い出して押し付けてきたクセに、なぜそっちが条件を出しているんだ。逆だろ、普通」

 確かに。


 ちらりとほかに目をやれば、ヴェルノとイルマはさほど興味も無さそうにしていて、ロナルドは腕を組んで無言を貫いている。


 明確に意思表示しているのは、サイラスだけだ。

 たぶん、ほかの3人はサイラスではなく、ハイディマリーの意思に従うつもりなんだろう。

 ハイディマリーが何か言うのを、待っているような気がする。


「サイラス。あなたの気持ちはよくわかったわ」


 放っておけば、いつまでも睨み合っていそうなサイラスとリリアン。

 それを止めるように、ハイディマリーが声を発した。


 そして、ほかの部下たちの顔を見ていく。


「ほかのみんなは、どう? 何か言いたいことはある?」

 その問いかけに、ヴェルノたちは互いに顔を見合わせる。


「……サイラスには悪いけどよ、俺は良い案だと思うぜ?」

 最初に答えたのはヴェルノだ。サイラスは「何だと?」と眉をひそめる。


「警察に任せるったって、こんな田舎の警察じゃ数は知れてる。奴らの情報を得るまで、一体どれだけかかるかわからねぇ。下手すりゃ、いつまで経っても進展無しって可能性だってある。だったら、協力者は1人でも多い方がいいんじゃねぇかと俺は思う」


 おお、なかなか説得力があるぞ。

 次に口を開くのは、ロナルドだ。


「確かに、野良娼婦がしっかり協力してくれるかどうかわからないという点は、俺も気になる。だが、ここで情報が入るのをぼんやりと待つことが正しいのかと考えると、そちらの疑問の方が大きい。とは言え、闇雲に探し回るのは、もっと現実的ではない。俺は、ヴェルノの意見に賛成だな」


「ロナルド。お前まで……」

 サイラスの表情に、じょじょに困惑が混ざり始める。


 最後はイルマだ。


「私は、えっと、よくわかんないけど、協力してくれるって言うんだから、してもらえばいいと思う。野良娼婦っていっぱいいるんでしょ? じゃあ、半分くらいちゃんとやってくれたら、なんとかなるんじゃないの?」


 そのいい加減な意見に、サイラスは口を捻る。

 だけど、自分以外の3人が明確に反対を表明しなかったことは、彼の心にわずかながらも変化を与えたのかもしれない。


 そこへ、ハイディマリーが追い打ちをかける。


「……みんなはこう言ってるけど、サイラスはどう? 考え直した方がいいと思う?」

 果たしてサイラスは、自分の意見を貫き通すのか。


「……いえ、考え直すのは俺の方です。少々意固地になっていたかもしれません」

「じゃあ、あなたも賛成ってことで、いいのね?」

「……はい」

 へぇ、折れるんだ。一応、納得したってことなのかな。


 ハイディマリーは、まだ納得できていない感じのサイラスの顔から視線を外し、リリアンを見る。


「改めて、協力をお願いしてもいいかしら?」

 リリアンは、「もちろん」と頷く。


「じゃあ早速、ラベドラに帰らなきゃね」

 そう言って歩き出そうとしたリリアンを、「まだ話は終わってないわ」と引き止めるハイディマリー。


「なに?」

「確か、あなたが世話をしてる野良娼婦から、協力者の輪を広げていくって話だったわよね?」



 リリアンは、高級娼婦になれなかった友人たちの面倒を見ていると言っていた。

 その人たちは、リリアンの言うことには逆らえないらしい。



「そうだけど、それがどうかしたの?」

 訝しげに片眉を下げるリリアン。


「だったら、次のことを徹底してちょうだい。まず、何か怪しい人物を見かけても、決して深追いはしないこと。次に、身の危険を少しでも感じたら、すぐに逃げること。この二つを、絶対に守らせて。何かあってからじゃ遅いんだから。いいわね?」


 必死に訴えかけるハイディマリーに、リリアンは気圧された様子で顔を強張らせる。


「そ、そんなのわざわざ言われなくても、みんなわかってるって。社長さんって、結構心配性なんだね」


「心配するのは当たり前でしょ!」

 廊下にまで漏れているであろう大声。それを正面から浴び、リリアンは目を丸くする。


「全く関係無い子たちを、危険に晒すことになるんだから、心配になるのは当たり前よ。本当は、こんなことさせたくない。だけど、今は協力者は1人でも多く欲しい。だから仕方なく、あなたの提案を飲んだの。お願いだから、真面目にやってちょうだい」


 言われたリリアンは、しばらく無言のまま、ハイディマリーの視線を受け続けた。


「……そう、だよね。ごめんなさい。わかった。絶対に無茶はしないように言い聞かせるよ」

 表情を引き締めるリリアンに、ハイディマリーは「うん」と頷く。


「だから、あなたもお願いね。野良娼婦の生活のこと、考えてくれるんでしょ?」

「ええ。すぐには無理だけど、野良の子たちの生活が少しでも楽になるように、努力するわ。約束する」

 それを聞いて、満足げに微笑んだリリアンは、「それじゃ、行くね」と歩き出す。


「あ、ちょっと待って」

 リリアンがドアノブに手を伸ばしかけた時、またハイディマリーが呼び止める。


 目を細め、苛立ち混じりに「まだなんかあんの?」と振り返るリリアン。

 ハイディマリーは「ええ」と微笑み、その顔のまま私の方へ向く。


「ティナ。あなたもついて行きなさい」

「え?」

 理由を聞く前に、ハイディマリーはイルマの方を向いていた。


「あなたもよ、イルマ」

「え~? どうして私が」

 不満げに口を尖らせるイルマ。


「彼女たちだけに危険なことをやらせて、私たちはここでのんびり待つってわけにはいかないでしょ? あなたとティナもついて行って、何か情報が入るごとに一緒に行動しなさい」


「ええ~? こいつと一緒に~? ヤだな~」

 そう言うわりには、そこまで嫌そうな顔はしていないように見える。どちらかと言えば、ふざけて言っている感じだ。


 まぁ、それでもちょっとはイラッとくるけど。


「ああ、それと、制服は脱いで行きなさいね。どこに敵が潜んでいるかわからないんだから」

 イルマは、「はーい」と素直に制服を脱ぎ始めた。何だよ、やる気になってるじゃん。


「ティナ……は、着てないか。2人共、制服は持って行かなくていいからね。荷物になるだけだし」

「はい……」


 確かに、今回の件には全く関係無い野良娼婦たちに協力をお願いするんだ。

 私たちも、それなりに動かないといけないってのはわかる。


 でも、じゃあさ、ハイディマリーたちは何かするんだろうか。

 まさか、ここでのんびり待つつもりなのか?

 私とイルマの2人を出してるから、文句は無いだろ、みたいな?


 じ~っと疑いの眼差しを送っていたら、視線に気付いたハイディマリーがにっこり微笑んだ。

 ……伝わってないな、こりゃ。まぁいいか。




 デボンの中心部へ向かうほどに、警官の数が増えていく。


 増えていくと言っても、そこまで大勢いるわけじゃない。

 警官の数が多くないというのは本当らしい。


 そういえば、ラベドラの警官も、そこまで多くなかったような。

 やっぱり、田舎はそこまで治安が悪くないってことなんだろうか。


 確かに、どこに隠れてるかわからない人たちを見つけるには、人数的に心許ないかも。


 でも、少し不安だ。

 いくらリリアンには逆らえないって言っても、彼女の言う野良娼婦たちが本当に協力してくれるっていう保証は無い。

 向こうにだって、選ぶ権利はあるんだもんね。


 大丈夫かなぁ……。




 デボンから、馬車で南に約30分。

 なんだか、とても印象深く記憶に残っている街に到着。


 それもそのはず。このラベドラという街では、ホントにいろいろあったからね。

 刺されたり、襲われたり、追い掛け回されたり。

 まだ、結構はっきりとその時々のことを思い出せるよ。


 そして、そんな恐怖の記憶を私に刻みつけた張本人と、今私は一緒にいる。

 しかも同僚だ。


 イルマ・ストレイス。私はまだ、この子と打ち解けていない。

 ? いやいや、ちょっと待て。

 打ち解けたいのか? この子と。


 それにしても、いつかまたこの街に来ようとは思っていたけど、まさかこんな早くに再訪することになるとはね。

 ハイディマリーに会いに行くって言って出て行ってから、え~っと、……12日振り、かな?


 ……なんか、たった12日の間に、いろんなことがあったような気がする。

 そのせいか、12日どころか、半年、いや、1年振りに来たってくらいの懐かしい感覚を味わっているところだ。


 この街で傭兵として仕事をしていたのが、遠い昔のよう。

 まぁ、そんなのただの錯覚なんだけどさ。




 ラベドラの中心部で馬車を降りた私たちは、そこで別の馬車に乗り換えて、西にある娼館街へ。




 長閑な街並みが続く通りから、次第に怪しげな雰囲気に包まれた一帯へと、景色が変わっていく。

 カランカのより規模も豪華さも1~2ランク下って感じの娼館街が、そこにあった。




 娼館街の広い通りに面した娼館「ユーチャリス」。リリアンはここの娼婦だ。


 娼館の裏には、娼婦たちのための寮がある。

 主に、遠くから通っている娼婦が利用しているみたいだけど、中にはここで暮らしている娼婦もいるとか。


 リリアンも、その1人のようだ。




 二階に上がって、階段側から数えて三つ目の部屋のドアをノック。すると、中からパタパタと足音が聞こえてきた。

 すぐに、ドアが開く。


「あ、リリアン。おかえり~」

「!」

 中から出てきた女性の姿に、目を疑った。


 透け透けのネグリジェのせいで、下着が丸見え。長い茶髪には寝癖がついている。

 ……なんてだらしない女性なんだ。


「みんな~。リリアンが帰ってきたよ~」

 私たちを出迎えた女性が後ろを向いて言うと、奥から「おかえり~」という声がいくつか重なって聞こえてきた。


 一体、何人いるんだ?


 そして、ドタドタと複数の足音が近付いてくる。

 姿を現したのは、揃いも揃ってだらしない格好をした、3人の女性だった。


 そんな女性たちに、リリアンは平然と「ただいま」と言って、微笑した。

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