08-B
「ほかに質問はあるかしら? 無いなら、そろそろ本題に入るけど」
質問質問……。聞きたいことはいっぱいあるはずなのに、パッと出てこないなぁ。
「!」
そうだ、思い出した!
なんで忘れてたの?
それを聞きにこの人に会いに来たんじゃないか!
「ヘルヘイムが人身売買をしてるって本当ですかっ?」
そう口走ってから、「あっ」と固まる。さーっと血の気が引いていくのを感じた。
……し、しまった~。
はっきり聞きすぎだよ、私~。
「お前っ……!」
サイラスが怒声を吐き出そうとしたのを、ハイディマリーが手を出して止めた。
「……人身売買ね。やっぱり、噂というのは広まるのが早いわ」
私は、恐る恐るハイディマリーの顔を見る。そこには、穏やかな微笑みがあった。
だけど、その笑みからは全く温度を感じない。
怒らせちゃった……かな。
「私たちがオルトリンデに来た理由も、実はそこにあるのよね」
「え?」
どういうこと?
「ちょうどティナが話を振ってくれたことだし、このまま本題に入りましょう」
ハイディマリーは長く綺麗な脚を組んで、話し始めた。
「まず最初に、私は人身売買を指示していないということを言っておくわね。だけど、ヘルヘイムの人間が関与していることを、否定することはできないわ。残念ながら」
「……?」
組んだ手を腿の上に置き、ハイディマリーは言葉を続ける。
「ティナ。私たちがこの国に来た理由はね、あなたを殺しに向かったイルマを連れ戻す以外に、もう一つあるの」
その時、ドアがノックされた。
「ヴェルノでしょう。ロナルド、開けてやって」
「はい」
ロナルドは席を立ち、ドアへ向かう。
「遅くなってすみません、ボス。郵便局が結構混んでて……」
「ご苦労様。ありがとう、ヴェルノ」
ドアが開くなりドタドタと入ってきたヴェルノに、ハイディマリーは労いの言葉をかける。
「いえいえ」
にこにこしながら、ヴェルノはサイラスの隣にひょいっと座る。ロナルドも席に戻り、ハイディマリーは説明を再開する。
「……私ではない誰かが、このオルトリンデで人身売買を行わせてる疑いがあるの。それが事実かどうかを確認するために、私たちはここへ来た」
ハイディマリーの笑みは、いつの間にか消えていた。
「現に、ヘルヘイムの制服と思しきコートを着た連中が、オルトリンデの各地で目撃されている。彼らが去った後、少女たちが姿を消したという噂も、あちこちで上がってる。そして、9ヶ月前のビダオラでの一件……」
私から視線を外し、やや俯きがちになるハイディマリー。
「間違いなく、あそこで人身売買が行われようとしていた。だけど警察は、逮捕した男たちから、有力な情報を得ることができなかった。わかったのは、少女たちを売るよう、何者かに指示されていたということだけ」
……私も、あの少女たちと一緒に売り物にされるところだった。
あの男たちが馬鹿だったおかげで、どうにか脱出できたんだ。
「キースも、結局何も喋らなかったみたいね。あの子なら、誰が裏で糸を引いているか知っているでしょうに」
どうして、キースは何も話さなかったんだろう。
「あの子が、自分がヘルヘイムの社員であることすら明かさなかったのは、おそらくヘルヘイムを守るためでしょう。制服も着てなかったみたいだし」
……確かに、あいつはコートを着てなかった。
「それと、人身売買を指示した人物のことも話さなかったのは、その人物もヘルヘイムの人間だからなんじゃないか。私はそう考えたわ」
とても信じられないな。あの男が、何かを守ろうとするなんて。
「まぁ、そう考えるに至ったのは、すでに黒幕の目星がついてるからなんだけどね」
「え?」
ハイディマリーは、わずかに目を細める。
「……ちゃんと警告したのに。次は無いって」
独り言? そう思った直後、ハイディマリーの目が私を捉える。
「このカランカに、ヘルヘイムの支社があることを知っているかしら」
「え? 支社?」
聞いたこと無いな。
「ヘルヘイムは、本社があるブリュンヒルデ以外の8ヵ国全てに、支社を置いているの。各支社には200人ほどの社員がいて、それらをまとめる支社長がいる。オルトリンデ支社の支社長は、ヘルミーネ・レーデラーという女性でね。ヘルヘイムの前社長なのよ」
「前社長?」
「ええ。ヘルヘイムは、元々ヘルミーネさんの祖父が作った会社でね。祖父、父、そして彼女へと、三代に渡って社長の座が受け継がれてきたの」
じゃあどうして、ハイディマリーが現社長を務めているんだろう。
もしかして彼女、ヘルミーネって人の血縁者なのかな。そうでないなら、どうして他人であるハイディマリーに社長の座を譲ったのかって話になるし……。
「だけど今は、ヘルヘイムは私の物」
ハイディマリーは笑みを深める。
「私はヘルヘイムを手に入れるために、ヘルミーネさんを社長の座から引き摺り下ろしたのよ」
「え……?」
まさか、私にしたのと同じように、汚い手を使って?
「あの人は、やってはいけないことに手を出した。金のためにね。私はそれが許せなかった。だから、あの人がやっていたことの証拠を集め、脅してやったのよ」
「その、ヘルミーネって人が手を出したことって、もしかして、人身売買ですか?」
私の問いに、ハイディマリーは「そうよ。そして、それだけじゃない」と答える。
「あの人は、買い集めた少女たちに、競売に来た客たちの相手をさせていたの。そうして、二重に利益を得ていた。相当儲かったんでしょうね。あの人の行動はさらにエスカレートし、ついには少女自体を競売の商品にするようになった」
……社長の座から引き摺り下ろされるだけの理由は、あったってことか。
「そんな汚いイメージがついていたからね、ヘルヘイムを奪ってしばらくの間は苦労したわ。何せ、それ目当てで来る客の方が多かったから。面倒事もいっぱい抱えたわ。それらを一つ一つ処理していって、どうにか会社を立て直すまでに、10年近くかかったかしらね。あー、思い出すだけで疲れてくるわ~」
ハイディマリーは視線を上向け、口を歪めた。
「……でも、じゃあどうして、ヘルミーネさんを支社長になんかしたんですか?」
そんな犯罪者、警察に突き出しちゃえばよかったのに。
するとハイディマリーは、白金の髪をくしゃくしゃと掻き、「そうなのよね~」と溜め息をつく。
「私が甘かったんだわ。あの人の祖父や父親が大きくした会社だもの。追い出しちゃうのは可哀想って思っちゃったのよ。あの頃、私はまだ若かったからねぇ。ついうっかり、情けをかけちゃったんだ」
若かったって、今いくつなんだ、この人。
「本社にさえ置かなきゃいいかなって、……そんなわけないのにね」
ハイディマリーの笑みには、自嘲が含まれているような気がした。
「ここまで言えば、もう察しはついたでしょ? 人身売買の指示を出したんじゃないかと、私が目星をつけた人物が誰なのか」
察しがつかなきゃ、相当鈍いと思う。私は頷いて返答とした。
「まだ証拠は掴んでないけど、私は確信してる。絶対にあの人が関わってるってね」
そう言い切るハイディマリーの顔は、自信に満ちていた。
「……それで、ヘルミーネさんをどうするつもりなんですか? 証拠が無いなら、警察に突き出しても意味無いですよね」
聞くと、ハイディマリーは「ふふっ」と笑う。
「証拠は、これから集めるのよ。すでに準備は整っているわ」
一体、何をするつもりなのか。
ハイディマリーは、サイラスの顔を見る。
「それじゃあサイラス、作戦通りお願いね。期待してる」
そう言われたサイラスは、なぜか私を睨むように見てから、「お任せ下さい」と頷いた。
「ヴェルノ、イルマ、ロナルドも、頑張ってね」
ハイディマリーは、彼ら1人1人と目を合わせる。
「うぃっす。任しといて下さいよ」
「ボスのために、頑張ります!」
「はい、ボス」
三者三様に返事をし、立ち上がる。
なんだろう。急に何かが始まったな。
4人はドアの前まで行き、こちらを振り返る。
「それではボス、行って参ります」
サイラスの言葉に、ハイディマリーは「気をつけてね」と手を振る。
「行ってきまーす」
ドアを開けてサイラスとヴェルノが出て行き、イルマはハイディマリーにぶんぶん手を振ってから彼らに続き、最後にロナルドが出てドアが閉められた。
室内に沈黙が流れる。
「……あのぉ、作戦って?」
「ん? ああ、ティナは気にしなくていいのよ。サイラスたちに任せておけば大丈夫」
話の流れから考えれば、ヘルミーネが人身売買に関わっている証拠を集めるための作戦ってことなんだろうけど……。
「そんなことより、ティナにはもう一つ頑張ってもらわなくちゃいけないことがあるんだから、そっちに頭を回してね」
「へっ?」
ハイディマリーの付き人だけじゃないの?
「ヴェルノに、制服の注文票を出すついでに、電報も送っておいてもらったの。支社にね」
「?」
「今日付けで入社した新人を、1人送るからって。もちろん、送り主は本社の人事部からってことにしてね」
「……! えっ、まさか」
大きく頷くハイディマリー。
「そのまさかよ。今日からあなたは、ヘルヘイムのオルトリンデ支社で働くの」
「ええええっ?」
そっちを先に言えっての! 付き人なんかよりよっぽど重要じゃないか。
「でも、ただ働くだけじゃ駄目よ? あなたには、ちゃんとした役割があるんだから」
「役割?」
一体、何をさせるつもりなんだ。
「あなたには、支社で働きながら支社内の様子を見てきてもらいたいの。特に、ヘルミーネさんとその周辺の動きをね」
「それって……」
「そう。これは潜入捜査でもあるのよ、ティナ」
そんな、警察みたいなこと……。
「コソコソ調べて、それをあなたに報告しろってことですか?」
ハイディマリーはにんまりと笑う。
「そゆこと。あなたには、毎日ここと支社を往復してもらうことになるから、そのつもりでね」
毎日……。
「ちなみに、ここから支社まではどのくらいの距離があるんですか?」
その質問に、ハイディマリーは「う~ん」と視線を上向ける。
「……直線距離で10キロってとこかな」
「10キロ?」
「まぁ、実際真っ直ぐには行けないし、朝の通勤時間と重なるから、路面電車と馬車を使っても、片道1時間くらいはかかるんじゃない?」
「1時間!」
じゃあ、徒歩だとその倍以上はかかるってことか。
「……遠いですね」
「そうね。私がここに来てることがバレちゃマズいからって、支社からできるだけ離れた場所にある宿を取ったからね」
ニコニコしながら「あ、そうそう」と前のめりになり、ニッと白い歯を見せるハイディマリー。
「ちょっと言うの遅れちゃったけど、実は今日から出勤なんだよね、あなた」
「……え? ええっ?」
「ほらほら、早く行かないと遅刻しちゃうぞ」
「ちょっ、……え、ええええ?」
こうして、私の潜入捜査生活が始まるのであった。




