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05-B

 翌日、退院した私は、その足でラベドラ警察署へ。




 ロビーで待っていたコンウェイ警部補から、あの少女がすでに医務室から別の場所へ移されたことを聞かされた。


 その場所というのは、警察署一階の奥にある留置場。

 私はそこへ案内してもらうことに。




 留置場は、長い廊下を進んだ先にあった。

 通路の片側に、格子の付いた部屋が並んでいる。


「今ここに入れられているのは、彼女1人だけだよ」

 警部補はそう言って足を止めた。


 留置場の一番奥にある部屋に、誰かが座っているのが見える。


「警部には、君が満足するまで話をさせろと言われている。僕はここにいるから、好きなだけ話してみるといい」

「わかりました」


 壁にもたれかかる警部補から、格子で隔てられた部屋の中へと視線を移す。

 そして、ゆっくりとそこへ歩み寄り、彼女の姿をしっかりと視界に入れる。


 フード付きの黒いコートを着たままの少女は、頭に包帯を巻いていた。


「お前っ……!」

 向こうも私に気付き、怒りの形相になって立ち上がった。こちらへ駆け寄ってきて、格子を掴む。


 彼女の両手は手錠で拘束されており、それが格子に当たって激しい金属音を通路に響かせた。


「ここから出せっ!」

 少女は警部補に向かって叫ぶけど、無視されて「あああっ!」と格子に拳を打ち付けた。鈍い音と金属音が混ざる。


「……そんなに、私を殺したい?」

 私を意を決し、手始めにそう問いかけてみた。


「殺したい。お前の身体をズタズタに斬ってやりたい。……もっと近くに来い。首を絞めて殺してやる」

 なるほど、確かに首を絞めることならできそうだな。


「……」

 私は、自分がどんどん落ち着いていっていることに気が付いた。彼女と対峙するまでは、それなりに緊張もあったけど、今はもうほとんど無い。


 いざ向き合ってみれば、目の前にいるのは怒りで我を忘れたただの人間だ。怖くもなんともない。

 彼女が檻に入れられているからというのもある。


「頭の怪我は大丈夫? 派手に血を流していたから、心配してたんだよ」

 心配なんて、心にも無い。


「……お前、ふざけてるのか?」

 私は、「ふざけてなんかいないよ」と否定する。


「私の怪我は、もうだいぶ治ったんだ。意外と軽傷だったのは、あなたがクッションになってくれたからかな」

「黙れっ!」


「黙らない。あなたと話をしに来たんだから」

「このっ……!」


 少女の形相は、さらに怒りにまみれていく。


「お前と話すことなんて、何も無い!」

「あなたに無くても、私にはあるの」


 淡々と喋る私の態度が癪に障るらしく、少女は大声を張り上げて格子を殴りまくる。

 私はその様子を、ただ黙って眺め続けた。




 やがて疲れたのか、少女は肩を激しく上下させながら手を止めた。


「……あの人を返せよ」

 顔を上げ、再び私を睨みつける少女。


「!」

「あの人は、お前のせいでっ……!」

 その目には、涙が浮かんでいた。


 涙はこぼれて頬を伝い、顎先から滴り落ちていく。

 それを見て一瞬心が揺れたけど、すぐに気を取り直して口を開く。


「あの人って、キース・ラヴレスのことでしょ? あの男は、多くの人の命を奪ったの。捕まって死刑になるのは当然なんだよ」


 再び、金属音が響く。


「黙れっ! お前が、お前がいなかったら、あの人が捕まることは無かったんだ! お前のせいで、お前のせいで……!」


 呼吸を整えながらも私を睨み続ける少女に、私はあくまで冷静に続ける。


「……私は悪くない。確かに、私はあの男を捕まえるきっかけを作ったかもしれない。でも、それで私を責めるのは違うでしょ? 私は、あの男が警官たちを斬り殺すのを近くで見てた。あの男は、大勢の人間を殺した極悪人だ!」


「黙れっ! 黙れええええっ!」


 その叫びを浴びながら、私は喋るのをやめない。


「あいつが捕まったのも、死刑になるのも、全部あいつが原因だ。私のせいにしないでっ!」

「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ!」

 格子を殴る、鈍い音。


「……黙れ。……黙れよ。……殺す。殺してやる……」

 少女は、そう絞り出すように呟きながら、ズルズルと崩れ落ちていく。


 けれど、その両手はまだ格子を掴み、嗚咽と共に彼女の身体は震えていた。


 私はおもむろに、その場に膝を抱えて座る。

 彼女ともっと話をしたいと思ったんだ。


 そんな私の様子を一瞥した後、少女は私に背を向けて座り直した。




 少女が落ち着くのを待って、声をかける。


「あなたの名前を教えてもらえないかな。あなたのことをなんて呼んだらいいかわからないのは、不便だよ」

 ……無言。少女は、こちらに背を向けたまま動かない。


「あなたは、キースとどういう関係なの? 兄妹? それとも、付き合ってたの?」

「違う。そんなんじゃない」

 お、反応があった。


「じゃあ、どういう関係? 私にあれだけの殺意を向けるほど、あなたにとってキースは大切な存在だったんでしょう?」

「お前に話すようなことは何も無い。黙ってろ」

 だから、黙ってろと言われて素直に従う気は無いっての。


「……そういえば、あなた結構強かったけど、もしかしてキースに戦い方を教わったりしていたの?」

 彼女は、明らかに戦い慣れた動きをしていた。


「黙れ」

 黙らない。


「私ね、キースと二回戦ったんだけど、全然歯が立たなかったんだ。1人だったら、確実に殺されてたよ」

「当たり前だ。お前なんかが、あの人に敵うはずがない」

 また反応した。……話すことは無いとか言ったクセに。


「……あなたさぁ、私のことをどうやって知ったの? 私がキースを斬ったことを知っている人間なんて、限られてるんだけど」

 それが今一番聞きたいことだ。けれど、少女は答えを寄越さない。


「キースが逮捕されて9ヶ月。それだけの時間があったのに、どうしてあなたはもっと早くに私のもとへ来なかったの? 私、そんなに行動範囲が広い方じゃないから、見つけやすいと思うんだけど」


 その期間に国の外に出たのなんて、一度だけだ。

 適当な理由をでっち上げて、傭兵支援協会に私の居場所を調べさせれば、すぐにわかっただろうに。


 ……答えは無い。思わず溜め息が出た。


「お前のことを知ったのは、9ヶ月前じゃない。つい最近だ」


「え?」

 これまでよりは幾分か棘の無い声色で、少女は喋った。


 そして、喋り続ける。


「2ヶ月くらい前に、カランカの刑務所にいるあの人から手紙が届いた。そこに書いてあったんだ。ティナという傭兵のせいで自分は捕まったって」

 あいつ、やっぱり私の名前を聞いて覚えてたんだな……。


「自分の代わりにそいつを殺せとも書いてあった。私はそれに従っただけ」

 なるほどね。でも、もう一つ気になることがある。


「どうしてキースは、逮捕からだいぶ経ってからあなたに手紙を出したの?」

 少女の返答はすぐだった。


「……判決が出るまで、あの人には自由が無かった」

 それって……。


「死刑判決?」


「そう。判決後、刑務所に入れられた時からあの人には自由が与えられた。だけど、外には出られない。だからあの人は、自分の代わりにお前を殺せと手紙に書いたんだ!」

 声を荒げながらそう言い切り、少女は「ううっ……!」と悔しげに唸る。


「なのに私は、お前を殺せなかった! なんであの時、何度も刺さなかったんだ! 腹を掻っ捌いてやればよかった! 首を掻き斬ってやればよかった! なんで私は、このクソ女の息の根を止めなかった! なんでっ! どうしてっ!」


 少女は身体を丸めて、大声で泣き始めた。

 悲痛な泣き声は留置場に響き渡り、そしてそれは、長く長く続いた。




 やがて泣き止んだ少女に、私は容赦無く質問を浴びせる。


「でも、私に辿り着くまでに2ヶ月もかかる? 調べればすぐにわかることでしょう?」

 答えは無い。また彼女は静まり返っていた。


「もしかして、すぐに私に辿り着いたんだけど、殺す隙を窺っていたとか?」

 だとしたら、彼女には多少の迷いや躊躇いがあった可能性も……。


「……違う」

 驚くほど元気の無い声で、少女は呟いた。


「手紙のことを知られ、私は監視されていた」

 監視?


「誰に?」

 ……沈黙。


「監視されていたのは、もしかして、私を殺しに行かせないため?」

 少女は口で返事をせず、小さく頷いた。


「キースのことは諦めろ。ティナという傭兵は何も悪くない。そう言われた」

 ……誰なのかわからないけど、ちゃんとあの件を理解している人がいるってことか。


「でも私は、どうしてもお前を殺したかったから、そこから抜け出した。あの人の気持ちに答えたかった」

 それほどの忠誠心を抱ける男なのか、あれが。私のイメージとは全然結びつかない。


 私の知るあの男は、最低最悪の人間でしかないのだから。


「……でも、結局あの人の気持ちには答えられなかった」

 そして少女は、また泣き始めた。


「?」

 その時、通路の奥から複数の足音が聞こえてきた。こちらに近付いてきている。


「ん、誰だ?」

 警部補は壁から離れ、通路を曲がってくる人物を待つ。


 そして現れたのは、プライス警部と2人の若い男性。その2人は初めて見る顔だ。


「!」

 彼らが身に着けているのは、少女と同じ黒いコート。まさか、この少女の関係者か?


 悠々とこちらに歩いてくる男たち。私は立ち上がって、その2人をじっと見つめる。

 金髪をオールバックにした青年と、ボサボサの茶髪の青年。


 金髪の方と、目が合う。

 綺麗な緑の瞳で私を無感情に一瞥してから、格子の中の少女を見る。


「よぉ。探したぜ、イルマ」

 少女に声をかけたのは、ボサボサ髪の方だ。その声に、少女はピクリと肩を動かす。


「!」

 そして振り返った彼女は、まるで迎えに来た親を見る迷子のような幼い顔になっていた。


「ヴェルノぉ、サイラスぅ、……私、駄目だった。殺せなかったよぉ」

 少女は彼らの顔を見上げながら、格子を掴んで涙を流す。


 そんな少女の前にしゃがんだボサボサ髪の青年は、彼女の頭を撫でながら、「よかったんだよ、それで」と言った。


 言葉を継ぐのは、金髪の青年。


「キースは利用されたんだ。ティナという傭兵は悪くない。お前が殺人者にならなくて、本当に良かった」

 ……え?


 疑問を膨らませていた私の前で、金髪の青年は警部へ顔を向ける。


「それではプライス警部、鍵を」

 ――えっ?


「わかった」

 ええぇっ?


 どういうこと? この子をここから出すの? なんで?


 突然の事態に、私は言葉を出せなかった。

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