05-A
2週間かけて怪我を治したばかりだというのに、また新たに怪我を負ってしまった。
一番酷いのは背中。服は衝撃と摩擦で破れ、その下の皮膚は広範囲に渡って血が滲むほどにボロボロ。
そのほか、身体中に多数の打撲や擦り傷。奇跡的に、頭部や骨は無事だった。
かなりのスピードを出していた馬車から落下して地面に叩きつけられたんだから、この程度で済んだのはむしろ幸いだと、医師は言っていた。
「あいててて……」
ここは私が入院していた病院、その一室。あの後、私はすぐにここへ連れてこられて、手当てを受けた。
私を追う犯人が捕まったことで警官をつける必要も無くなり、病院側はすんなりと私を患者として受け入れてくれたらしい。
「大丈夫?」
包帯と絆創膏だらけでベッドにうつ伏せになっている私を、心配そうに見つめるリリアン。
「ええ、大丈夫です。いててて……」
正直、あまり大丈夫って感じじゃないな。全身が痛い。
特に背中の傷が、常にピリピリと細かく鋭い痛みを発している。
ちょっとでも動けば、ズキッと激痛に変わる。
「あたし、余計なことしちゃったかな」
リリアンはうなだれ、呟いた。
「え?」
「だって、私が馬車になんか乗せなかったら、ティナがそんな怪我をすることもなかったじゃない」
それは違う。私はすぐに否定の口を開く。
「あの時、あの女が馬車に飛び乗ってくるなんて予想できませんでした。あいつに引っ張られて馬車から落下したせいで怪我を負ったのは事実ですけど、リリアンさんが責任を感じる必要はありません」
そう。あの少女の身体能力が予想以上に高かっただけだ。
リリアンは、私が診療所を出て行った時から嫌な予感がしていたらしく、少ししてから馬車を出し、私を探してくれていたらしい。
そして騒ぎを聞きつけ、あの通りに現れた。
まさか助けに来てくれるとは思ってなかったから、すごく嬉しかった。
「それに、リリアンさんがあいつを鞭で叩いてくれなかったら、私は刺されて、今度こそ死んでいました。全然余計なことじゃないですよ。本当に、ありがとうございました」
「ティナ……」
私を見つめるリリアンの瞳を見つめ返し、そして微笑んで見せた。リリアンの頬も緩む。
「!」
その時、病室のドアが勢いよく開かれた。
「ティナっ!」
「モニカさん」
肩で息をしながら病室に入ってきたモニカは、真っ直ぐに私のもとまで歩いてきて、私の身体を見て眉を寄せる。
「街なかで騒ぎがあったって聞いて、すごく胸騒ぎがしたの。もしかしたら、ティナの身に何かあったんじゃないかって」
呼吸を整えながら、ずり落ちそうになっていた眼鏡を直すモニカ。
「こんなにボロボロになって……。無茶しないでって言ったのに」
今にも泣き出しそうなモニカに、私は「ごめんなさい」と呟く。
「心配をかけて、本当にすみませんでした……」
あの少女の殺意を、私は少し甘く見ていた。
やっぱり彼女は、私が潜伏生活を送っていた間もずっと、私のことを探していたんだ。
そして姿を見せた私を、あんなに人の目がある時間なのにもかかわらず、すぐに殺しにやってきた。
よっぽど待ちきれなかったんだろう。
殺したくて仕方がなかったんだ、私のことを。
結果、彼女は捕まったけれど、その無策っぷりを私は馬鹿にはできない。
だって私も、ほとんど無策だったから。無策というか、無防備というか……。
もっと慎重に行動すべきだった。1人でやれることには限界があるのだから。
「ドアが開けっ放しだぞ」
その声に反応した私たちに、現れたプライス警部は「失礼するよ」と断ってから部屋に入り、ドアを閉める。
「怪我は大丈夫かね?」
「はい……」
警部は私の状態を見て、苦笑いを浮かべる。
「犯人をおびき出すのなら、まずは我々に協力を仰ぐべきだったんじゃないかね? まぁ、どうやら大いに反省している様子だから、これ以上責めはしないが」
「……すみませんでした」
自分でも情けないと思うくらいの、か細い声が出た。
「住民にも建物にも被害は無い。怪我をしたのは君と、犯人だけだ。君の独断専行は褒められたものじゃないが、結果的に周囲に被害をもたらさずに犯人を逮捕することができたんだ。そんなに落ち込むな」
そんなことを言われても、復活にはもうちょっとかかりそう。
……だって、後先考えずに行動して痛い目に遭ったのは、今回が初めてじゃないんだから。
ホント、自分の成長の無さに嫌気が差すよ……。
「犯人は、直接警察署へ連行した。今は医務室のベッドに拘束し、手当てをしている」
「拘束?」
リリアンの声に、警部は「ああ」と頷く。
「あれだけ大声を上げて暴れられては、手に負えん。やむなく、手錠で手足をベッドに繋いでおくことにしたんだ」
その光景は、容易に想像できた。
「彼女の怪我は大したことないようだから、早速取り調べをしようと思ったんだが、あれでは無理だな。とても会話ができるような状態ではない」
警部の顔には、わずかに疲労の色が見て取れる。
「どうにか名前くらいは知りたいんだがねぇ。やれやれ、まともに話してくれるようになるのはいつになるやら……」
大きく溜め息をつき、私に笑いかける警部。
「でもまぁ、なんとかしてみるよ。君が身体を張ったおかげで捕らえることができたんだからな」
わずかな皮肉を感じさせる警部の言葉に、私は苦笑いを返すことしかできなかった。
夜。暗い病室でベッドの縁に腰掛け、物思いに耽る。
……あの少女がどうして私の命を狙うのか、わかった気がする。
少女が警官らに取り押さえられ、私に向かって口汚く叫んでいたあの光景を見て、私はあることを思い出したんだ。
同じような光景を、私は以前見たことがある。
そして、ある仮説が浮かんだ。
今からおよそ9ヶ月前のこと。
ここから北西に行ったところにある商業都市ビダオラで、1人の男が警察に逮捕された。
男の名は、キース・ラヴレス。
元傭兵という経歴の持ち主で、私が会った時には、どこかの組織の警備隊長という肩書きを持っていた。
私は偶然あの男と出会い、戦うことになった。
そして、多くの人々の協力と犠牲の末、逮捕のきっかけを作ることに成功した。
キースはビダオラ警察に捕らえられ、後に、首都カランカの警察に引き渡されたはず。
その後のことはわからないけど、きっと裁判で死刑判決を受けているだろう。
もしかしたら、すでに執行された後かもしれない。
でも、それは当然のことだ。あいつは、多くの人間の命を奪ったのだから。
……もし、あの少女がキースの関係者で、家族か恋人か、とにかくあいつと深い仲であるとするなら、彼女が私を狙う理由にも一応筋が通っているように思える。
私は、キースが逮捕されるきっかけを作った張本人。
その情報をどこかから得て、私を探し当て、ナイフで刺した。……充分考えられる話だ。
いや、それしか考えられない。
あの件以外に、人から恨みを買うことに繋がるような原因は無い。……たぶん。
でも、だとしたらどうして今頃?
キースが逮捕されてからもう9ヶ月も経ってるんだぞ。
……もしかして、最近私のことを知った、とか?
「う~ん……」
考えても、答えは出ない。やっぱり、直接あの少女に確認する必要がありそうだ。
でも、それはたぶん無理だな。絶対に会話なんてできない。いや、してもらえない。
確証も無いのに、警部に話すわけにもいかないし。どうしようかな……。
でも結局、私はその仮説を警部に話してみることに決めた。
翌日、取り調べの進展が無いからと私の様子を見に来た警部に、それを話して聞かせた。
「……ふむ。それなら確かに、あの少女が君を狙う理由に説明がつくな。よし、では後で早速その男の名を出して、彼女の反応を見てみよう」
随分あっさりとした反応だなと思ったら、警部の関心は別のところにあったようだ。
「それにしても、あの男を捕らえるきっかけを作ったのが、まさか君だったとはな。これも何かの縁だ、礼を言わせてくれ」
「え?」
「あの一件では、ラベドラ警察にも応援要請が来た。だが、うちから出した応援が到着する前に、事は終わったんだ。おかげで署員が犠牲になることはなかったんだが、あそこで死んだ警官の中には知り合いもいてな。犯人が捕まって本当に良かったと安心したのを覚えているよ」
……礼を言われるようなことなんて、何一つできていない。
私は今でもそう思っている。
「いえ、私は、……1人じゃ何もできませんでした。警官の皆さんが命をかけて戦ってくれなかったら、あの不意打ちは成功しなかったと思います。だから、私1人の力じゃないんです。みんなでどうにか止めることができたってだけで……」
「それでも、君が多くの命を救ったことには変わりない。そのことに関してだけは自信を持ってもいいと、私は思うが」
警部の言葉は、とても嬉しかった。
「ありがとうございます……」
だから私は、素直にその言葉を受け取っておくことにした。
今回は刺されたわけでもないし、骨が折れたわけでもないので、明日には退院できそうだ。
丸一日ベッドの上で寝転がって過ごしたので、身体の痛みもだいぶ薄れた。
これならもう、歩くくらいなら問題無さそうだ。背中の怪我も完全にかさぶたになったし。
やっぱり私は、治りが早いのかな。
夕方頃、警部が再び病室にやってきた。
どうやら、キースの名前に反応があったらしい。
「はっきりと話してくれたわけではないが、あの様子を見るに、君の仮説は当たっているのかもしれないな」
「そうですか……」
やっぱり、そういうことなのか?
「だが、君に辿り着くのが随分遅かったな。キースが逮捕されたのは、9ヶ月も前だというのに」
警部も、そこに疑問を抱いたようだ。
「そのことも加えて、じっくりと取り調べていくとするか」
そう言ってから、警部は思案顔になる。
どうしたのかと見ていると、「ティナ」と名を呼ばれた。
「直接、彼女と話をしてみるか?」
「え、でも……」
殺したくて仕方ない相手と、彼女はまともに会話なんてできるのか?
「まぁ、いきなりは無理だと思うが、時間をかけてじっくりとやれば、もしかしたらということもある」
もしかしたら、か。でも、私は彼女と何を話せばいいんだろう。
許してくれとでも言うのか?
……ありえない。私は悪いことなんてしてないんだ。
「……わかりました。とにかく会ってみます」
このまま彼女を避けるのは簡単だ。でも、やっぱり向き合ってみるべきだと思う。
いくら責められても、罵られても、構わない。
私たちは、話し合うべきなんだ。




