1.邂逅
※本作には暴力・流血・虐待などのセンシティブな描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
人と生きる。ただ、それだけ。たった、それだけ。
それだけのことが、自分には酷く難しいものだったのだと、わかっていなかった。
いや、わかっていなかったのではない。知ろうと、していなかったのだ。
【幄歴二〇七三年 五月末】
一刻ほど前まで激しく雨が降っていたのが嘘のように晴れあがり、強い西日によってジメジメと肌にまとわりつくかのような暑さに教室が覆われていく。
遠くに運動部の声が響くだけの静まり返った教室に突如、何かを叩きつけたような激しい物音が響いた。
「いい加減にしろよッッッ!!!!」
少年は、相手の襟元を掴み身体を用具入れに叩き付けながら、鋭い灰青色の瞳で睨む。教室に差し込む西日によって、彼の絹のような練糸の髪とまつげが美しく煌めく。
西城燦は、襟元を掴まれながらその様子を眺めていた。
そんな燦の様子に、絹糸のような前髪の隙間から覗く瞳がさらに鋭さを増した。
「その目もやめろっつったよなぁ?いちいち神経を逆撫でしやがって…お前の存在そのものが不快なんだよ」
ぐっ…と静かに、掴む力が増す。
燦は、西日に照らされる少年を見下ろしながら静かに呟いた。
「顔、火傷しちゃうよ?せっかくきれいなのに…」
「………はぁ?お前…この期に及んで…」
少年は呆れ、脱力し、頭を抱える。ふらふらと日の当たらない席まで移動すると、机に腰かけて軽く項垂れ、黙ってしまった。
燦がひとまずカーテンを閉めようとしたところ、小さく「余計なことすんなよ」と制止され、行く当てが無くなった右手が宙をかいた。気まずさのせいか、みぞおちの辺りが妙にジリジリとする。
また怒らせてしまったらしい、と落ち込んでいると、少年が立ち上がり荷物を取って出ていこうとし始めた。
「待ってよ」
「話しかけんな。ていうか、明日から顔も見せんじゃねえよ。お前とはこれっきりだ」
「そんな」
「いっそ、来世に期待したらどうだ?生まれ変われば、何か変わるかもな」
呼び止めると返ってきた、今までに聞いたことがない程のあまりに冷たい声に、燦はそれ以上何もできず、ひたすらにジリつくみぞおちをそっと撫でた。
❖❖❖❖❖
「はぁ~…………」
帰り道、燦の足取りはひどく重くため息も尽きなかった。絶望に満ちた表情で、項垂れながら歩く。歩道側に不自然に空いた空間が、燦の心境を物語っていた。何がいけなかったのだろうか、明日からどうしたものかと思案にふけっている中ふと顔を上げると、とある山道の入り口まで来ていることに気がついた。
その山は、二人がまだ小学生の頃に秘密基地にしていたトタン屋根の廃屋がある山だった。
いつの間にか一切話題に上がらなくなってしまった、思い出の場所。
今行ったら、何かが変わるだろうか。
込み上げてくる思い出に引っ張られるように、燦はその山道へ入っていった。
どれほど歩いただろうか。日も沈んできて森も深みが増し、視界が暗くなっていく。こんなに奥だっただろうかと、疲れを覚え始めた頃、山道から離れた奥の方から人声がかすかに聞こえた。
トラブルに巻き込まれる典型的な流れだが、そんなこと燦は気にしない。躊躇いなど知らぬかのように気の向くまま、ずかずかと耳を頼りに近づいていく。
次第に人影が見え始めると、流石に身をひそめ木の陰から目を凝らした。
何を話しているのかはわからないが、二人の男が丁度シャベルを脇に差し、何か大きなものを抱えて穴に放り込もうとしているところだった。
「死体遺棄ってやつなのでは………!!」
燦は目を見開き心中で叫んだ。
燦は恐れを知らなかった。ただひたすらに、好奇心と非日常による高揚感で満たされていく。少し前までこの世の終わりのような顔をしていたとは思えないほどに。
「おっと、見入っている場合じゃないな。とりあえず、シャベルを持っている方をシャベルマン、持っていない方をノットシャベルマンとしよう。んん~~~っ、何話してるのかわからん…」
そして燦は、思わず身を乗り出し、これまた典型的な、”音を立てる”というミスを犯してしまうのだった。
「おい、今なんか音がしなかったか?」
「こんな時に冗談よせって」
「いや、確かにこっちから…………」
「「あ。」」
思いっきり見つかってしまった。よりによって、逃げようと動いたその矢先に男が振り返ったのだ。
「こいつ…!いつから!!」
「ちっ!これだから人里近くはよせって言ったんだ!」
「!、やっばい」
燦が駆け出すと同時に、男が脇に差してたシャベルを投げてきた。それは燦の足元に刺さり、燦は避けようとバランスを崩す。そこにすかさずもう一人の男が襲い掛かってきた。
運が良いのか悪いのか、燦が緩んだ土で左足を滑らせたことで結果的に男を避けられたものの、傾斜を転がり木の幹に激しく背中をぶつけてしまった。
「げほっ、かひゅ、っ、」
あまりの衝撃に上手く息ができない。捻った左足とぶつけた背中が激しくズキズキと痛む。
なんとか顔を上げると、投げたシャベルを再び掴んだ男がもう目前まで迫っていた。視界が男で埋め尽くされる。
「恨むなら馬鹿な自分を恨んでくれよ」
そう言って男がシャベルを振りかぶる様を目にし必死に思考を巡らせる。
とりあえずここから入れる保険はないだろうか。土でもぶん投げてみようか?あ、あそこにいい感じの木の枝。そうだ、白刃取りでもしてみようか?いやいやいや、そうじゃなくって…
とりとめのない思考が高速で頭をよぎる。避けようにも足に上手く力が入らない。みぞおちの辺りがまたジリジリとした違和感を抱き始めた。
これ、マジでやばいやつ???
「…っええい、どうとでもなれッッッ」
そう叫び、右手で思いっきり足元の土を掴んで振り上げる。
金属同士が激突する、鼓膜を震わせるような甲高い音が響いた。
「な”っ、⁉」
「あ、れえぇぇ、ぇえぇぇ、ぇ、????」
あまりにも似つかわしくない音に、燦は目を見開き狼狽した。掴んでいたはずの土が鉄骨のような棒になってシャベルを受け止めていたのだ。
目の前の男も、脇にいたもう一人の男も、そして燦自身も、その場にいた誰もが目の前の不可解な現象に思考を停止させていた。
「お、おま、おま、え、あ、あれじゃないのか、?」
暫くの沈黙の後、脇の男が燦を指さして言う。
「い、『彩持ち』じゃないだろうな…!?」
その言葉を聞いた目の前の男も顔を青ざめ、後ずさりをした。
燦は何が起きているのか理解が追い付いていなかった。二人の反応に戸惑っていると、脇からカチャ、と音がする。
そちらに目をやると、男が震えながら銃を向けていた。
「あ、死ぬ、これ」
瞬時に、燦はそう確信した。こんな棒切れでどう防げというのだ。フィクションのように弾をはじき落とせるわけがない。さっきは何かミラクルで助かったみたいだが、そんなことそうそう起きるものではない。
ああ、ここで全てが終わるのだ。なんと短い生涯で味気ない最期だろうか。でもまぁ考えてみれば、親友には絶縁宣言されてしまっているのだし、特段未練らしい未練はないかもしれない。
そんなことを考えているうちに、いよいよ男たちのパニックも頂点に達し引き金にかける指に力が込められていく。
そして………
一発の乾いた銃声が森に響いた。
❖❖❖❖❖
「やあやあ、大丈夫かい?」
「は?」
気が付くと、燦は木の上にいた。正確には、木の上に立つ青年の腕の中に。お姫様よろしく抱えられて。
快活そうな顔立ちに橙色の瞳で彼はほほ笑む。浅葱色の髪が風になびく。
「ええと、どちらさま?」
先ほどから何一つ頭が追いつかない。やっと絞り出した疑問がそれだった。
「僕は攴求衛。通りすがりのお兄さんだよ」
「ハクモトマモリ…」
「あはは、ロボットみたい」
彼はそう笑うと、「まもりって呼んでね」と微笑み、燦を抱えたまま木から降りた。というより、瞬きをする間に地面に立っていた。
そして、彼の足元には見覚えのある男が二人、白目を剥いて横たわっていた。
「死んでるんですか?」
衛の腕から降りながらそう尋ねると、彼はまたけらけらと笑う。
「流石に死んじゃいないよ。いやあ、君は肝が据わっているね。一通り見て何も思わないのかい?」
燦は辺りを見回しやっと落ち着いて思考を巡らせる。
足元には男二人と、その二人が掘った大穴、そしてそこに放り込まれた大きな麻袋。それから、自分の右手には、元は土であるはずの棒があって、隣には不可解な青年が1人。とりあえずそれらから導き出される推測は…
「あんたは死体のお知り合い?」
そう問いかけると、彼は首をかしげた。
「そうと言えるかな?でも、もっと他に気にすることあるんじゃないか?君の身に起こったことやこれからのこととかさ。ちなむと、まだ死体ではないよ」
衛はそう答えると、指を鳴らした。すると瞬く間に、麻袋が足元に現れる。燦が促されるがままに袋を開きライトを向けると、緑色の痣に覆われた女性が中から現れた。彼女はぐったりとしており、顔色も悪いようだ。
「彼女も、君も、そして僕も、所謂彩持ちってやつだ。そっちの男も君にそう言っていただろう?」
「彩持ち」
「聞いたこと、ない?」
ない。わけではない気がする、と反芻する。が、それが指すものが何なのかは全く思い出せない。
「彩持ちっていうのはね、彩瘴罹患者に対する蔑称だよ」
「彩瘴?」
「一種の心因性の病とされているものだよ」
衛は、手慣れたように女性の状態確認・燦の応急処置・男たちの捕縛を進めながら、丁寧に教えてくれた。
彩瘴――正式名称は心因性彩礫症候群 《クロマティアシンドローム》。
過度なストレスをきっかけに発症する病で、人間離れした身体能力や異能を発現する。能力の暴走による被害も少なくない為、天瑞国では国による徹底的な隔離と管理が行われており、発症者を見つけた場合の通報は国民の義務とされていた。
とはいえ、身内から罹患者が出たことを知られたくない者も多く、今回の女性のように秘密裏に処分されることが多々あるのだという。
衛は、直前に女性からSOSを受け取り、駆け付けたということだった。
そして衛が自身の袖をめくると、彼もまた両腕に黄色の大きな痣を持っていた。
「でも、ボクには痣なんて」
「どこかにあるはずだよ。でなきゃ君のその棒は一体全体どこからどうやって現れたというんだい?」
「この棒は…」
あの時のことを思い返す。とにかくやけくそで土を掴んでそれから………
「あ」
燦はおもむろに服をめくった。衛がライトを当てると、みぞおち辺りに白い痣が確かにあった。
あの時の変な感覚はこれが原因だったのか、と腑に落ちる。
「ということは、ボク、通報されます?」
「バレたらされるだろうね」
バレるだろうか?唯一気づきそうな人からはついさっき絶縁されたしな…。
うーん、と燦が頭を悩ませていると、一通りの作業を終えた衛が指を二本立ててずいっと燦の顔の前に差し出す。
「今君には二つの選択肢がある。一つは、いつ暴走するかもわからない彩瘴を隠しながら日常に戻る。二つ目は、僕について来る。一つ目は言わずもがな、バレれば一発アウト。収容所行き。二つ目は、通報に関しては安全が保証されている。僕のおすすめは勿論二つ目。どうする?」
「二つ目の内容に含みを感じるんですけど」
「そりゃあ、それなりの対価ってモノがあるからね」
「その対価って、なんですか?」
燦がそう問いかけると、衛は立ち上がり燦に手を差し伸べて言った。
「君も――『庭師』にならないかい?」
皆さん、初めまして。14toと申します。
初投稿です!一章丸ごと公開となりました。長期連載となりますが、最後までお付き合いいただけると大変うれしいです!
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