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二話 死線武道

 世界を救う方法を見出してから俺は動き始めた。


 何をするにも、まずは貧弱なこの肉体を鍛える必要がある。

 昔の俺は一般的には優秀な方だったが、冒険者で言うと底辺だった。最終的には最強のパーティーを率いていたが、今は非力もいい所だ。


 幸い春休みで時間はあった。

 毎日、砂の入ったペットボトルを持って近所の海や山を駆け上がった。


 まずは心肺機能だ。


 筋力トレーニングは中学に入って施設が整った場所で伸ばす。

 今は心肺機能を優先的に鍛えるために毎日力尽きるまで走り続けた。体力があれば後の訓練の効率化にも繋がる。


 力尽きるまで走るのは精神的に難しいが、前世で経験した()()の訓練に比べればこの程度は苦でもない。


 実家近くはド田舎で何もなかったが、人目に付くこともなく俺は運動に取り組むことができた。

 そうして、俺は一か月をすべて修行に費やして、中学に入学する日になった。


 周りの奴らは中学生になることにそわそわしているが、俺にとっては二度目の入学式だ。


「なあ、佐月。校長の話長くないか?」


 大人しくしていると、前にいる錦が小声で話しかけて来た。


「ああ。そうだな」

「佐月。お前。なんか怒っているのか? 顔が怖いぞ」

「そうか? いつも通りなはずだが……?」


 表情? 変に意識はしていないが前世で戦っていた時の表情はこの日常にはそぐわないかもしれない。変に心配を掛ける訳にはいかない。少し笑顔を意識するか。


「さて、今日はスペシャルゲストが来てくださっています。下徳高校冒険科の嘉納先生です」


 校長は突然、ある人物を登壇させた。

 鉄パイプを背負った顔の半分近くを仮面で隠した中年の男だ。


 一見不審者に見えるが、生徒たちがその男に好意的な視線を集中させた。


「あれってあの『黒龍』の!?」


 全員あの人物のことを知っていた。俺も知っている。前世で世話になった人だ。

 ただ、どういうことだ? 前世は入学式でこの人は来ていなかった。未来が変わっている? ダンジョンに入ったこと以外は特別なことはしていないはずだ。


「自己紹介はいらないみたいだな。冒険科の嘉納だ」


 俺たちのパーティーより前の世代で世界最強と言われた冒険者パーティー『黒龍』。そのメンバーの一人が今登壇した、仮面の男。嘉納先生だ。


「お前らダンジョンは知っているな。そして、当然、こいつも分かるはずだ」 


 嘉納先生は手のひらサイズの真っ赤な石を取り出した。

 ただの綺麗な石じゃない。


「魔石だ!」


 誰かが大きな声で叫んだ。


「元気がいい奴がいるな。そうだ、お前らの生活を支える魔石だ。俺たち冒険者はこれを売ってメシを食っている。ただ、強くなきゃ、美味いメシは食えない。この十級の石っころですら、十数万になる」


 一部の喧嘩自慢そうな奴らがギラギラと目を輝かせている。


 あの魔石は俺がスライムを倒せなかった十級ダンジョンのものだろう。

 魔石はダンジョンを攻略することによって得られる。


 魔石は膨大な電力となる。

 高い等級ほど価値が上がり一級の魔石なら国の年間電力ほどになる。


 ちなみに前世で俺の率いたパーティーは国家予算クラスの資産を持っていた……らしい。俺は財布の管理をしていないからあまり詳しくは知らないが。


「興味のある奴はうちに来い。俺が鍛えてやる」

「うおおお!!」


 入学式であることを忘れた連中が歓喜の大声を上げた。

 適当な内容だったのにも関わらず、人を興奮させる。これが最強パーティーの貫禄と言った所か。


 ダンジョンでは未成年は死なず、死んでも入る前の状態で外に出される。


 冒険者になるためには国に三校しかない冒険科を要する高校に入らないと冒険者にはなれない。どれも、戦闘能力に長けたことが当たり前のトップ層しか入れないエリート校だ。

 その一つが俺が前世で通っていた下徳高校だ。


「佐月はこの前みたいな動きができるから、冒険者になれるかもな。俺はからっきしだから羨ましいぜ」


 前世でも流れは違うが錦とこんな会話をしたな。

 あの時はなんて答えたか。ただ、今は冒険者の厳しさを知っている。世間的には優秀と言われる身体能力を持っていようと、冒険者の世界では底辺と言われる。


「冒険者は楽な仕事じゃないからな」

「そうクールぶってビビってんだろ」


 俺がビビるだって?

 面白い。誰も世界の希望だった俺にそんな冗談を言う奴はいなかった。


「はは。そうかもな」

「やっと笑ったな。表情は柔らかくないと女子にはモテないぜ」


 未来を意識し過ぎていたせいか表情が強張こわばっていたみたいだ。

 日常であの表情は良くなかったな。指摘してくれた錦には感謝だ。


 たったの六年前なのにこの何気ない日常を忘れてしまっていた。こんな感じだったな。


 もし、この日常に仲間たちがいれば。きっと、もっと楽しいだろうな。

 ……欲張りにも俺はそう思ってしまった。

 

 二度目の入学式やらなんやらが終わった。

 放課後、みんなが部活動の見学にどこに行くか悩んでいる中、俺はある部活へ一直線に行こうとした。


 教室を出ようとする俺に錦が声を掛けて来た。


「部活、どこに行くんだ?」


 中学生の醍醐味である部活。前世の俺は何もやる気がなく帰宅部だったが、今回は行く場所を決めている。


「武道部」

「えっ?」


 部活の名前を聞いた錦は驚いて固まった。


 近年の医療の発達により骨折程度はすぐに治療ができるような時代になった。

 医療の発達と冒険者育成。この二つが合わさり、ある競技が生まれた。


「嘘だろ! 死線武道をやりたいのか!? あんなの()()()()専用の競技だろ!?」

「ああ。そうだな」


 錦はおそらく意図的に大声を出してオーバーリアクションをしてきた。


 錦の言う『狂った奴専用』という認識は正しい。

 それが新たに生まれた死線武道と呼ばれる物騒なスポーツだ。


 死線武道は素手なら何でもありで、目突き、金的、殺人さえしなければなんでもいい。階級によっては男女が戦うこともある過酷なものだ。


 そんな死線武道を行う部活が、武道部。略すことで明らかに不都合な部分を隠している。


「お前がやりたいのなら俺は止めたりはしない。だが――」


 錦が俺の肩を抑えた。


「あそこはやめておけ!」


 かなりの力を込めているし、錦の顔は蒼白になっている。それだけ心配しているのだろう。


「いくら、お前が強くてもうちの武道部は悪い噂しかないし、夜崎やざきのクソ野郎も入るって話だ。死線武道がしたいなら道場に行った方がいい」

「警告は感謝する。だが、問題はない。俺は強いからな」


 錦の抑制を振り切り俺は部活に向かった。


 錦はいい奴だ。俺を本気で大事に思っていないと目立つことを躊躇わずあそこまで言えない。

 なんで、あんないい奴と高校で連絡すらしなかったのか。今更ながら不思議だな。


 ――――――


「お前。武道部に興味があるのか?」


 武道館で巨漢の体育教師が俺を見下ろした。

 なかなか強いな。身体能力の差を強く感じる。


「はい。全国大会に行きたいんです」


 仲間の一人が遠くの学校の武道部に所属している。あいつはまだ無名だが、二ヶ月後にある全国大会でその名を上げる。それが、あいつの周りを狂わせた。そのせいで、あいつは攻撃が出来なくなった。


 俺はあいつの優勝を阻止する。ここはその踏み台だ。


「冒険者じゃなく全国か。いい目標だな。だが、うちに入るためには親の同意書と見込みがなければいけない」

「親の同意書はあります。見込みは直接確かめてください」


 俺は春休みに訓練をする理由を武道部に入る為として、親から許可は貰っていた。狂気的に自主訓練をする俺の姿を見て両親は反対はしなかった。前世から理解はある親だったのは救いだ。


「よし、まずは一緒に基礎練からやってみようか」


 武道部の訓練は一般的なスポーツとは違う。


「体をぶっ壊せ。動けなくなってからが本番だ」

「おい! そこ。勝手に腕立てを止めるな」


 過度なオーバーワークで自らの手で人体を破壊する。

 冒険者に憧れた腕自慢たちの精神をすり減らすような狂った訓練だ。


「心配するな。薬はたくさんあるからな」


 ダンジョンのない()()()なら考えられないようなトレーニング方法だが、医療の発達によって欠損さえしなければ病院にすら行く必要がなくなると言われるほどの医療品が市販で買える時代だ。

 だが、いくら市販品とはいえ、訓練に使用しようとしたら膨大な量となり出費が重なる。


 武道部には医療品が使い放題になるという特権がある。

 他にも国の政策によって武道部はいろいろと優遇されている。


 そもそも死線武道という過酷すぎて普通なら一般向けにならないスポーツに部活動としての活動が認められているのは、冒険者としての資質を養うことができるからだ。


 ダンジョン攻略は旧電力産業と関連事業をまるまる飲み込み国家の存亡を左右するレベルの大産業となった。国としては冒険者が増えることを歓迎し、法や政策で冒険者育成を進めている。


 その政策の一つが、死線武道の奨励だ。


 ダンジョン攻略は未成年が主力となる。ただ、この死というのは実際に痛みを伴い恐怖となる。冒険者になろうと決意をして努力をした人間であってもそのほとんどは『死』に耐えられず諦める。


 必然的に死に近づく死線武道はダンジョンと相性が良かった。


 訓練で体が動かなくなった。

 すぐに薬の入ったスポーツドリンクを飲み干し、更に錠剤を服用する。


 あっという間に筋肉が治り、体が動くようになった。


「あいつ。本当に新入生か? すぐに訓練を再開しているぞ」


 前世の俺は高校生の時にイかれた先輩による地獄のような訓練を耐え抜いた。

 気絶しようが、体が壊れようとも訓練を続けることは朝飯前だ。


 周りの新入生たちが、精神的な休憩をしている間にも俺は先輩たちに混じって訓練を続けた。


「中津と言ったな。よく頑張っているな」


 基礎訓練が終わると顧問が話しかけて来た。


「はい。これで俺の資質は認められますか?」

「ああ。根性という面では合格だ。あとは実践にどれだけ耐えられるかだ。新入生にやらせるには早いが実戦訓練に参加してみるか?」

「はい」


 対人戦。俺が最も得意とする領域だ。


「そうだな。まずは試しに部で一番強い……」

「先生。俺にやらせて下さい」

「お前は新入生の」

夜崎やざきです」


 同級生らしきの体躯に恵まれた男が立ち上がった。

 錦がクソ野郎と言った奴だな。小学校は別の所だからこいつがやって来たことは知らないし興味もない。


「いいだろう。ルールは知っているな。目突きと金的。そして相手を殺す以外は好きにしていい。ただ、俺が圧倒的な実力差があると判断したら止めるからな」


 夜崎と名乗ったこの男。前世で見た記憶がある。

 同じ中学ということ以外に何かこう良くない感情がある。なんだったか。


「来いよ。基礎訓練についていけるだけじゃ超えられない壁ってもんを見せてやる」


 いかにも喧嘩自慢そうな態度だ。

 まあ、可哀そうなことに俺は人生二周目かつ、対人特化の人間だ。いくら身体能力が下がったといっても素人の中学生に負けることなんてない。


 可哀そうだし、手加減をしてやるか。


「よし、始め」

「死ねぇ!」


 体格差を利用した助走付きの力任せのテレフォンパンチ。


 この傲慢な感じ。やっぱりどこかで――


「思い出した」


 俺の顔面に拳が命中した。


「はっ。拍子抜けだな。これで終わ……えっ」


 打撃は適切に受ければ対したダメージにはならない。俺にはダメージを最小に抑える動きができる。

 だが、今回は何もせずに受けた。


 それでも問題がないレベルの威力。()()()使()()()が分かっていない相手の攻撃なんて所詮この程度だ。手加減をしようと思ったが、こいつにそんなのは必要ない。


「お前。飯食ってんのか?」


 夜崎の首裏を掴んだ。

 少々、荒い手を使う。


「クソ! 手を退けろ!」


 俺は連続で鼻、喉、みぞおちに膝蹴りを食らわせた。

 顔面の一撃で勝負は決まっていたが、俺は容赦なく追撃をした。


「そこまで! ――おい! 待て!」


 顧問が試合を終わらせようとする。だが、俺は止まらなかった。


 最後のダメ押しと言わんばかりに首を振り投げ地面に叩きつけた。


「お、おい。あれ、流石にヤバいんじゃないか……」


 誰かが呟いた。


 夜崎は悶絶している。鼻から出る血が畳を汚す。

 気絶しないギリギリで、地獄の苦しみを味わっているだろう。そうなるように叩きつけたからな。


「お前。才能ないぞ」


 徹底的に見下したような言動を取った。


 こいつは前世で錦をいじめていた。

 俺がその事実を知ったのが中学卒業間際だった。前世では錦に「今更、無意味だ」と復讐を止められていたが、今なら十分意味がある。


 ただ、こいつは殺すまでの事はしていない。

 今の内に心を折るか、改心させるか。当然ながら、性根から腐っている奴なんて折った方が何倍も楽だ。


「ぜったいにごろじでやる」

「ああ。いつでも殴ってやるよ」


 担架で運ばれる前に捨て台詞を言えるぐらいの元気はあるみたいだ。流石にあれじゃ心は折れないか。あいつはどうでもいいが、今後の為に暴力で他人の心を折る方法は模索しないとな。


「……あいつじゃ物足りないだろう。部で一番強い奴と戦ってみろ」

「はい。ありがとうございます」


 今は俺が強いというより夜崎が弱かったという評価になっている。

 気持ちとしては知らない先輩たちの顔を潰したくはないのだが、俺には世界を救う使命がある。申し訳ないが踏み台にさせて貰おう。


「調子に乗るなよ。一年」


 周りより頭一つ大きい先輩が出て来た。身体の能力で言えば格上だろう。

 中学生とは思えない体格だが、怖くはない。


 歩き方で強さは分かる。


「では、始め!」


 開始後、打撃の予備動作を足運びで封じ、投げ飛ばした。


「う、嘘だろ。タフなあいつが一撃で――」


 一瞬の出来事に周りが静かになった。


 先輩は気を失っている。痛みはなかったみたいだな。


 相手の呼吸に合わせて投げるタイミングや、威力を調整している。防具をつけた軍人ですら俺の投げには対応できない。

 受け方が熟達していない限りは俺の投げ一撃に耐えれるはずがない。


「終わりでいいですか?」

「あ、ああ」

「戦いたい先輩がいたら戦いましょう。勿論、集団でもお相手しますよ」


 ここでアピールしておかないと大会出場すらできない可能性もある。少なくとも俺だけは大会に出さなきゃいけないと思わせるだけの力を見せないといけない。


 当然ながら前世でトップのパーティーを率いていた俺に勝てる先輩はいなかった。



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