一話 回帰と代償
滅亡する世界の中、俺は妹に頭を潰されて死んだ――はずだった。
目を開けるとそこは見知った部屋だった。
「……ここは実家か」
朝日が眩しい。
まるで悪い夢から覚めたみたいだ。
だが、当然ながらあのあの悪夢は現実だった。
予知夢とかそういうのじゃない。あの苦痛は間違いなく本物だった。
俺は殺された。それは間違いない。
俺は死に慣れている。普通なら死んだことを思い出して取り乱すだろうが、俺には関係ない。冷静さを保てている。
まずは状況を把握しなければ。
俺はすぐにスマホで日時を確認した。
「6年前か」
俺が死んだのは高校三年の時だった。
6年前。中学一年まで戻ったことになる。
「俺は。回帰した……のか?」
ファンタジーの物語にある回帰・転生モノについてはある程度知っている。
自分でも不思議なぐらいすんなり状況を飲み込めた。
誰が回帰させたか? どんな目的で? なんで俺なんだ?
いろいろ疑問はあるが、そんなことはどうでも良かった。
過去に戻ったということは一つ大きな事実がある。
最強の仲間たちが生きている。
あいつらさえいれば、希望はある。
俺は未来の情報を持っている。
だが、まずは今が前世と変化がないか確認する必要がある。
この時期に近所に発生したダンジョンがあったはずだ。
まずはそこに向かってみよう。
記憶を頼りに近所の山までやって来た。
早朝ということもあり、誰もいない。
「この辺りにダンジョンがあるはずだ」
前世で校長が言っていたダンジョン。多分、まだ攻略されていないはずだ。
探していると、山道に背丈ほどの不自然な石の門が立っていた。
これがダンジョンだ。
見る限り、まだ攻略されていないみたいだな。
「最低級の十級ダンジョン。今の俺でも問題はない」
地中へ石の階段が伸びていた。これがダンジョンの入り口。
この等級のダンジョンに潜るのは久しぶりで、なつかしさすら覚える。
ダンジョンは『等級』という指標で危険度が分類され、十級が最も低い。
ダンジョン内部は天然の洞窟風味で光源もないのに不思議な明るさを保っている。
等級の低いダンジョンは通路も狭い。
ダンジョンを進むと、見覚えのある魔物がいた。
「スライムか。こりゃまた懐かしいな」
魔物の中で最弱と言われる青いスライムが現れた。
俺の半分の背丈で中心に真っ赤な球体の核を持っている。この核さえ壊せば倒せる。
「武器ぐらい持ってくるべきだったか?」
核はリンゴ並みの硬さで粘液は人を溶かす。
本来なら粘液対策に木の棒の一つでも持ってくるべきだったが、このスライムの粘液はせいぜいヒリヒリする程度だ。
正しくダンジョン最弱。素手で問題はない。
余裕をもって拳を振るう。
スライムに拳が当たろうとした瞬間。
『ダンジョンの魔物を攻撃できません』
硬い何かに阻まれて俺の拳は止まった。
「は?」
スライムの目の前に現れた板のようなウィンドウが壁となって俺の拳を止めた。
『ダンジョンの魔物を攻撃できません』
「なんだこれは」
スライムが飛ばしてきた粘液を躱しながら現れたウィンドウを再び見た。
『ダンジョンの魔物を攻撃できません』
なんなんだこれは?
こんな現象は見たことも聞いたこともない。
いろんな角度から拳や蹴りを入れようとしても俺の攻撃は鉄板にでも阻まれたように手前で止まった。
何度も何度も殴ったがすべてが手前で止まった。
「ふざけるな!」
焦りと疲れからか、体の動きが鈍り、スライムの粘液が指に掠った。
「チッ! そっちの攻撃は通るのか。都合のいい縛りだな」
指に掛かった液体は俺の皮膚の薄皮を溶かして、ヒリヒリするぐらいのダメージを与えて来た。
俺の攻撃は一切通じず、相手の攻撃は通じる。
なんてことだ……
あまりに一方的過ぎる。
「俺はダンジョンを攻略できないのか?」
嫌な汗が額から零れ落ちた。
俺は一人でスライムすら倒せない。
あのウィンドウの正体は分からない。回帰の代償か?
正体は分からないが、致命的な問題であることに変わりはない。
……これじゃあ、仲間と再会すらできない。
失意の中、撤退し、家に帰った。
「お兄ちゃん。困った顔をして、どうしたのー?」
家に帰ると起きたばかりか目を擦った妹の由宇が声を掛けて来た。
由宇はぼさぼさの茶髪掛かった長い髪をしており、ゆるくて温和そうな見た目と雰囲気を纏っている。
前世で俺にトドメを刺したが、由宇は優しい妹だ。
あの時の特殊な一点だけで身内を悪判定はしない。すべては怪物どもが悪い。
俺は兄として由宇を信じている。
「なんでもない。少し休む」
ただ、信じようと決めていても、俺は無意識に疑ってしまうだろう。
由宇は人の顔をよく見ている。おそらく、疑いの目を少しでも向ければ、傷つけてしまう。
態度で平常じゃないことを悟られないようにすぐに部屋に戻った。
まずは現状を整理することにした。
俺は回帰した。
前世と同じようにダンジョンはあったし、町の風景も変わっていなかった。
同じ世界に回帰したのならば、世界の滅亡も同様に起こると考えてもいいだろう。
怪物たちによる人類の殺戮。何もしなければあの絶望の日々に逆戻りだ。
俺にとって絶望とは人類の絶滅じゃない。
仲間たちの死だ。仮に人類が滅んでもあいつらが生きていたら絶望していない。
あいつらに会いたい。また一緒に戦いたい。俺の本音はそれだけだ。
だが、それではバツが悪いし、一緒に戦う理由にもならない。
建て前として人類の救済を目的にしておく。
怪物たちは七つの特級ダンジョンに封印されている。
タイムリミットは約五年。俺の動きが怪物たちにどんな影響を与えるかは分からないが、前世通りならそれぐらいだ。
最難関の特級ダンジョンを攻略できるのは俺が率いたパーティーだけだ。
だが、そのパーティー結成に大きな問題が発生した。
言わずもがな、謎のウィンドウによる魔物への攻撃不可だ。
俺がパーティーメンバーと出会ったのは高校生の時。
ダンジョンを攻略する冒険者を育成するエリート高校に進学してからだ。
その高校入学において重大な問題が発生した。
魔物を攻撃できないと入試すら通れない。
そうなれば、俺はパーティーメンバーとの再会すらできない。
六年前に回帰したということは、きっと意味がある。だが、何の策も思いつかない。
今の俺が持っている『未来を知っている』という手札は強いが使い方が分からない。
ーインターネットに世界滅亡の情報を伝えるか? 誰が俺の情報を信じるんだ? それに仲間たちとの再会できない作戦に意味はない。
ー誰か信用できる人にすべてを伝えるか? いや、暴れ馬みたいなあいつらを制御するのは俺にしかできない。それに他の奴があいつらを率いている姿を見たくはない。
ーもう直接仲間たちに会いに行くか? 急に未来の事を言って信じて貰えるのか? 明らかに怪しい男だろ。
クソッ! 思いつく度にダメな理由が見つかる。
仲間にも会えないまま、世界の滅亡を待つしかないのか。
完全に行き詰ってしまった。
元々、こういった問題の解決は仲間の頭脳明晰な魔法使いに頼っていた。俺の頭じゃこの問題は解けない。こうなるなら、あいつの思考過程をもっと聞いておけば良かった。
後悔しているとノックもされずに扉が開いた。
「ねー。お兄ちゃん。本当に大丈夫ー?」
「勝手に入って来るな」
切羽詰まっているせいか、心配してくれた由宇を突っぱねるような態度を取った。
「ごめんねー。嫌なニンゲンがいたらユウが排除してあげるからねー。お兄ちゃんは大事な人のひとりだからー」
それだけ言って由宇が出て行った。
兄を守るなんて普通は言えたものじゃない。
二つ年下の妹の由宇だが、俺よりも力がある。
見た目は大人しくておっとりしているタイプなんだが、腕力だけを見れば俺より圧倒的に強い。その力によって俺の頭は潰されたわけで、そう思うと少し複雑な心境だ。
さて、気を取り直して世界の滅亡を防ぐ方法。もとい仲間と再会する方法を考えないといけない。
ダンジョン攻略を封じられた今、俺ができること。
せいぜい思いつくのが、仲間を殺した外道の新魔教団といった人間の排除ぐらいしか……
邪魔な人間の排除か……いいかもしれない。
俺のパーティーの三人は全員、ワケ有りで高校に入る前に何かしら事情を抱えていた。俺が集めるまでは退学寸前だったほどだ。そのせいで1年ぐらいは精神的なケアに時間を費やす羽目になった。
あいつらが100%のパフォーマンスを発揮できるようになったのは2年生の最後頃。もし、高校入学前から最高の状態だったら、特級ダンジョンをもっと早く攻略できる。
そうか。俺にできることはパーティーメンバーにとって邪魔になる奴らを排除することだ。新魔教団を潰すだけじゃなくて、あいつらの成長を妨げていた奴らを倒す手伝いをすればいい。
俺はあいつらのトラウマを全部知っている。前世で問題児だったあいつらを率いていたのはこの俺だ。
あいつらの邪魔になる奴らを排除し、救うことができれば、またあいつらと戦える。
それに何より、仲間の悲痛な過去を排除できる。
あいつらが幸せが俺の幸せだ。
すべてが解決する道筋が見えたような気がする。
俺は人生二周目だ。
圧倒的な経験値を生かして、どんな手段を使っても仲間のトラウマを排除してやる。
俺がダンジョンを攻略できなくても問題はない。あいつらさえ元気なら、世界は救える。
大変な所は仲間任せになってしまうが、あの最悪な結末を阻止してやる!