プロローグ
まったく嫌になる。
この世界は終わりつつある。
七体の怪物によって人類は絶滅寸前だ。
俺はたった一人で怪物と戦っていた。
町は崩壊し、残す影もない。
さらに人間らしき肉片があちらこちらに転がっている。
この惨状を見て、抵抗軍が発した最後の無線の末尾を思い出した。
『――佐月くん。君だけが希望だ。我々は敗北した』
俺は一人で『希望』という重荷を押し付けられた。
目の前の惨状は俺が『希望』として、いかに頼りないかを訴えている。
俺がもっと強ければこんなことにはならなかっただろう。最強の装備は俺の身を守ってくれるが、町までは守ってくれない。
目の前は惨状だが、それでもこの結果に後悔はしていなかった。
「やっと。やっと一体――」
俺は『憤怒』と呼ばれた怪物を討伐した。
目の前に倒れる人型の肉片が『憤怒』だったものだ。
こいつら怪物たちが作り出した現状に比べれば、この程度の被害はマシな方だ。
今、現在。人類は絶滅寸前で、どこもかしこも目の前の光景と大差ない。
各地で怪物に洗脳された人々を殺し、無事な人を助け続ける。
だが、救った端から殺され俺の手から零れ落ちていく。
最早、希望なんてない。
それでも俺は戦い続けた。
戦いの日々の中、ようやく今日。
俺は怪物の一体『憤怒』を討伐した。
なんとか勝てたが、被害は大きい。
それが、目の前に広がる惨劇だ。
攻防の余波により各地の避難所が崩壊し、瓦礫から血がにじみ出ている。
当然、俺も無傷じゃない。片腕を失い、立っているのですら辛い。
『憤怒』は装備の相性が良かったから倒せたが、残りの怪物は厳しいだろう。だが……
「あいつらを殺すまでは絶対に死なないぞ」
決意を口にする。
あと六体。俺ひとりが抵抗したって無駄なのは知っている。だが、諦める訳にはいかない。
俺は死んでいった仲間のために戦い続けている。あいつらの為に怪物とその信奉者を殺す。
その使命感だけが俺を立ち上がらせる。
ただ、それでも弱気になって思うことがある。
もう一度人生をやり直せたら。仲間さえ生きていれば……
「アハハ!」
下品な笑い声が静かな町に響いた。
今はこいつらには会いたくはなかった。
出血で朦朧とする意識の中、黒フードで顔を隠した五人が俺を取り囲んだ。
「憤怒様を倒せて良かったねぇ。でも、片手落ちで。まあずいぶん弱ってさぁ。今なら俺たちでも倒せそうじゃん」
こいつらは新魔教団と呼ばれる怪物信仰のイかれ集団だ。
「わざわざ殺されに来たのか?」
正面戦闘なら、俺の方が強い。
ならばとあいつらはずっと嫌がらせのように俺の手が届かない場所の民間人を虐殺してきた。
いつもコソコソやっているくせに、俺が弱っているからと姿を出してきやがった。
「おやおや。殺すだなんて。こわいこわい。ところで、最強のお仲間はどちらに? どんな攻撃からも仲間を守る『白盾』さんは? 正確無比ですべてを射抜く『光弾』さんは? どんな相手でも一撃で首を切り落とす『処刑人』さんは? まさかモテモテの佐月くんが独りぼっちな訳ないですよねぇ。ははは。そんな怖い顔せず笑って笑って」
仲間が死んでいることを知った上での挑発だろう。
三人は俺を庇って死んでいった。
もし、俺じゃなくてあいつらが生きていたら、どれだけ良かったか……
駄目だ。
今はこいつらを殺すことだけを考えろ。
「スキャン。左腕の欠損および出血多量により人体損傷率38パーセント。魔法も異能もない貴方が我々に勝てる可能性は0パーセントです」
正直、しんどいがそれでも負ける訳にはいかない。怪物に殺されるのならまだしも、こんなカスどもに殺されてはあの世で仲間に顔向けできない。
「バカバカしい。できるできないじゃない。やるんだよ!」
たった数人で国を壊滅させるような奴ら相手に俺は最後の力を使い戦った。
人殺しに特化した異能が集中する戦場の中。俺は装備に頼って戦い続けた。
「全滅しました。エラー。致命的な攻撃を感知、離脱プロトコルヲ――」
「死ね!」
最後に残った奴の首をねじ切った。
「はあ。はあ」
俺は動けなくなり倒れてしまった。
まだまだ戦わないといけないのに。
怪物もそれを信奉する奴らもまだまだ生きている。
世界なんてどうでもいい。
仲間を殺された復讐を完遂する。
ただ、それだけが俺を突き動かす。
立ち上がろうと身を捩り、片手を地面につけた。
その瞬間。
目の前に何者かが出現した。
立ち上がる直前で地面しか見えないが、誰かがいる気配を感じ取った。
何者か分からないが、とにかく嫌な予感がする。
顔をゆっくり上げ、出現した人物を見た。
「お兄ちゃん。生き残っちゃったんだ」
その人物の姿に俺は目を疑った。
「なんで、お前が――」
――死んだはずの妹が、目の前に立っている。
その手には背丈を超える巨大なハンマーが握られていた。
「こんな絶望で長生きしても無駄だよ。お兄ちゃんのお友達はみんなあっちで待っているよ。今連れて行ってあげるね」
大きく振りかぶった。
殺気が肌を刺す。
なんで、妹に殺されないといけないんだ!?
俺はただ。仲間の仇を取る為に頑張っただけなのに。
「次は頑張ってね」
「まて。俺はまだ――」
俺の叫びは届かず、ハンマーが頭を叩き潰した。
意識が暗闇に沈んだ時に知らない女の声が聞こえた。
『約束通り、彼を回帰させてあげよう』
俺のクソみたいな人生は終わった……はずだった。