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9話 教会

「ソーセージときゅうりの酢漬けを挟んだサンドイッチどうだい!今ならチーズものせるよ!」

「豚肉の串焼きと果実水どうですかー!焼き立て美味しいですよー!」


 風に乗って流れてくる炭火と香ばしい肉の香りと地元の露店の店員の元気な声が食欲と購買意欲をかきたてる。


「ラミィ、あまりよそ見しないで。ほら、手をつないで」

『うん』


 ランスディールはラミィと手をつないで中央通りを歩いている。

 獣人は聴覚も嗅覚も人より敏感で優れている。

 さまざまな音と香りがラミィの感覚機能を終始刺激しているようで、ランスディールが注意しても、また注意したくなるほど上の空。

 太陽の光がもっとも高い位置に昇り、鐘塔の音がお昼時であること街に告げている。

 どの飲食店でも客の出入りが激しく、街全体の活気を感じるような賑わいを見せていた。


『ランス! あれ食べたい!』

 

 獣人であることを隠すためラミィの顔半分はフードで見えない。だが、ランスディールには金色の角が興味津々といったように強く光る瞬間が想像できた。


「パン?」

『うん!』


 ラミィが指した先はベリーが生地に練り込まれた丸いパンを売っている店。

 ランスディールは店主に声をかけて四つ買う。


「ラミィ。パンはネネクさんに紹介してもらったお店につくまでは我慢だよ」

『……わかった』


 ランスディールはパンが入った紙袋を渡さず、おあずけを言い渡す。

 ラミィは契約主であるランスディールの母親から言うことを聞くように言いつけられていることを思い出し、渋々納得した。

 冒険者が集う街ではあるが、この時間帯は地元住民や商人の姿が多い。

 冒険者たちは朝、ギルドの扉が開くと同時になだれ込むように入り、自分の実力と報酬額を天秤にかけ『ただの森』で奮闘している最中だ。よって武装している人はあまり見かけなかった。


「ラミィ。教会に行く?」

『どっちでもいい』


 十字路に差し掛かり、ランスディールが聞くとラミィから興味がないといったような素っ気ない念話が返ってきた。

 真っ直ぐ行けば飲食店へ。曲がれば母なる神の銅像がある教会へ行ける。


(ラミィは教会に興味をもっていないんだよな……)


 教会は獣人に対して丁寧な姿勢を見せるが、獣人はそれに対して喜んで鼻を高くすることも、横柄な態度をとることもない。

 この温度差は何のだろうと、ランスディールは常々疑問に思っていた。

 母親から獣人については話を聞いてはいるが腑に落ちないところもある。改めて確認して知るにはいい機会だ、とランスディールは行くと決めた。

 早くパンが食べたいと言ってきたラミィをなだめながら、ランスディールは地元住民が訪れる教会の敷地へ踏み入れた。敷地を囲む石壁と建物は年季からくる小さいひび割れや太陽の光による色あせはあるが、毎日掃除をしているようで清潔感があった。夏に生えた雑草は綺麗に刈られ、窓も磨かれている。

 お昼時だからなのか、扉を開けたら教会の中には司祭一人だった。


「失礼します」

「おや、珍しいですね」


 司祭はランスディールの連れが獣人であること見抜いた。

 フードで顔が半分隠れていても、角の形状までは隠せないからわかったのだろう。


「私はランスディールと申します。この精霊獣は兎の獣人でラミィです。私は契約主の代理人でして、里帰りのためここに来ました」


 ランスディールは検問の時に見せた、代理の代理証明証を見せる。


「そうだったのですね。ご丁寧にありがとうございます。私は司祭を務めております、セリオと申します」


 この街の生まれだという四十代の司祭は穏やかに笑い、神の使いに出会えたことに喜び、祈りの場所をランスディールに譲る。


「ありがとうございます。ラミィはどうする?」

『待ってる』


 ランスディールに聞かれたラミィは母なる神の銅像を数秒見つめただけで、てくてく歩いて長椅子にちょこんと座った。

 そんな態度をとっても司祭は眉をひそめることもなく微笑んでいた。

 ランスディールは膝をついて母なる神に祈りを捧げる。


「母なる神の使いに出会えて今日は良き日になりました。これも母なる神のお導きですね」


 祈り終えたランスディールに司祭は道中の安全を母なる神に祈ってくれた。


「あの、初歩的なことで申し訳ないのですが……」

「なんでしょうか」

「教会が精霊獣を母なる神の使いとして説くのはなぜなのでしょうか。あ、いえ。非難とかそういうことではありません。ラミィのほうから母なる神について口にしたところを見たことをあまり見たことがなく……。一緒に暮らしているのですが、普段の行動や性格からではとても教会が説いている母なる神の使いとして想像するのが難しいのです」


 ラミィはランスディールが生まれた時にはすでに母親とリアンド国で暮らしていた。

 ランスディールが子供のころはラミィが遊び相手で、寂しい時は一緒に寝たりもしていた。

 弟や妹たちが生まれると、ラミィの遊び相手は弟妹に移った。


「それはそうでしょう。生まれた時から精霊獣は神の使いですから。当たり前のことですから、認識が強くないのでしょう。例えば私たち人間は洋服を着て生活します。朝には挨拶をします。なぜそうするのかと聞かれてもそれは当たり前のことですから、別に深く考えたりはしませんよね。それと同じだと思っていただければ」

「なるほど」

「教会にある文献ではこう書かれています」


 司祭は文献の代わりに天井に描かれている絵を指した。


「母なる神はこの星に大地と空を造り、涙を流して恵みの雨とし、川と海をつくった。

 恵みの雨により草木が生えると、広大な森がうまれた。

 母なる神は己の血と肉から、四足歩行の動物と鳥と虫と魚をつくった。

 やがて動物から二足歩行の生き物が現れた。それが獣人とエルフ族の誕生である。

 獣人は人の体をもち、五感は獣。母なる神より、神の使いとして広大な森の未来を託された。

 エルフ族は人の体をもち、聴覚と視覚は獣に近く、母なる神より森の管理を託された。

 最後に人間が誕生し、村をつくり、国をつくった。こうして人間の時代が始まった」


 司祭は一つ一つ天井の絵を指しながら場面ごとに説明してくれた。


「私たち人間にとって広大な森は未知の世界です。迷いの森とも異界とも言う人もいるくらいです。ある人は広大な森はどんな世界がわらない、だから自分たちが脅かされるまえに森を切り開いてしまえ、森を焼いてしまえ。ある人はもっと国を繫栄させたい、広大な森は交易の邪魔だ。だから森を切り開こう。獣人を追い出そう、と高らかに言っていた時代がありました。それをーー」


『ランス! お腹が空いた!』


 ラミィはつまらなそうに背負い鞄から果実の干物を出して食べながら念話を送ってきた。

 司祭の話が言い終えるのが待てなかったラミィはランスディールに空腹を訴える。

 ランスディールはもう少し待ってとなだめて、司祭に向き直して聞いた。


「あの、魔獣は獣人を捕食対象にしています。契約主に聞いたことがあるのですが、それは人間の味方をするからだと……」


 ランスディールは声を潜めて聞いた。この距離では気を遣って声を小さくしてもラミィの耳には入るのであまり意味をなさないが、気持ちがそうさせた。


「ええ。そうですね」

「全ての獣人が人間と暮らしているわけではありません。それでも魔獣から見れば敵に見えるのですか?」

「そうですね」


 司祭はここで一度間をおいて、聖職者として説法をする姿勢を見せる。


「神の使いは己の役割を知っています。広大な森があるからこそ戦争が起きにくく、私たちは手を取り合い、助け合って生きていくことができています。母なる神は血で血を争うことを望みません。そういうことです」


 その姿は、迷える人々を導く灯のような温かい微笑みだった。




◇◇◇◇◇◇



 教会を後にし、ランスディールはネネクに教えてもらった創業者の名前がお店の名前になっている『ミト』という飲食店へ来た。

 ネネクの情報では、夫婦と近所の人を雇って切り盛りしているお店。

 敷地内には家が二つ建っていて、奥の家が店主たち家族の家で、手前の家がお店だという。

 ランスディールが扉を開けると店の戸口の鐘が鳴った。


「いらっしゃいませ」

「ネネクさんの宿に泊まっている『キンスイ草のボッチャン』です」

「ああ!どうそ、どうそ」


 ランスディールが源氏を名乗ると、店主はお待ちしておりましたと破顔して店内へと案内する。

 ランスディールは二階に案内された。個室ではなく、ひとテーブル席ごとに衝立で個室風に仕切られている。


「こちらです」

「ありがとうございます」

「あの、ネネクさんから聞いていると思いますが……」

「ああ。大丈夫ですよ」


 ラミィのご飯は木の実や果実などが中心だ。その持ち込みが可能か改めて確認した。

 ランスディールのように獣人と暮らす人が苦労することは、獣人を連れて外食することが難しいことだ。

 王都では精霊術師を顧客に飲食店をしている店があるので便利だが、こういう街ではほとんどない。持ち込み可能な店を探すのは一苦労する。

 ランスディールは早速注文した。親切にしてもらったので、できるだけ高いものを頼んだ。


「ラミィ。外套とっていいよ」


 注文を受けた店主が階段を下りたのを確認してランスディールが言うと、ラミィは待っていましたと言わんばかりに勢いよく外套を外す。

 ランスディールはラミィの外套を椅子の背もたれにかける。

 ランスディールも自分の外套を外して背もたれにかけた。


「ラミィ、教会では大人しかったね」


 教会にいたときのラミィは借りてきた猫のように大人しかった。

 ランスディールは露店で買った生地にベリーが練り込まれたパンを紙袋ごとラミィに渡しながら言った。


『つまらなかった』

「大事な話だったでしょう」

『む?』


 ラミィはそうか、という顔をする。


「大事な話だったよね?」

『うん……』


 ランスディールはそうじゃないの、ともう一度聞くと、ラミィはこの会話を終わらせたいのか、素っ気ない念話を返す。

 ラミィは紙袋からパンを出し、背負っていた鞄からはごそごそと木の実や果実を出してテーブルに置いていく。


(話を聞かせてもらったけれど、やっぱり想像できないな……)


 ランスディールは教会の天井絵に神々しく描かれていた神の使い、獣人の姿絵を思い出しながら、背もたれに体重を預けてラミィを見る。

 司祭が天井絵を指しながらこの世界の始まりを説明していた時も、母なる神の銅像にもラミィは興味を示さなかった。

 ランスディールはよけいに温度差を感じてしまった。

 教会を出たらラミィは普段の調子に戻った。今はやっとご飯が食べられると、嬉しそうにしている。


『食べていい?』

「どうぞ」


 注文したばかりだからランスディールの料理はまだこない。

 ラミィは人間の世界の食事のマナー違反にならないようにランスディールに断りをいれた。

 ランスディールの了承を得たとたん、ラミィは笑顔で口を大きく開けてパンにかじりつく。一気に半分も口に入れてもぐもぐと美味しそうに咀嚼する。

 大人の小腹が空いたときに食べる前提で作られているので、子供の体型なら一つ二つあれば十分な量だと思うのだが、ラミィは育ち盛りの子供のように食欲旺盛なので多めに買った。

 それは正解だったようで、ランスディールの食事がまだきていないのに四つ食べきってしまった。


「ラミィ。食べ過ぎはだめだからね」

『うん』


 食べたいものを食べたいだけ食べるので、逐一言わないと食糧難になる。

 ランスディールはテーブルに置かれた木の実や果実がどんどん消化されていく速さに呆れつつも注視する。

 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ。

 果物を何度も咀嚼しているラミィの口の中は、いっぱいに詰め込んだ果実で頬が膨れている。

 にこにこ美味しそうに食べる姿は癒しだ。

 ランスディールの頬が自然と緩む。

 生まれた時から役目を与えられていることはランスディールも同じだ。

 侯爵家の嫡男としていつも周りから期待されていた。そんな大人たちの期待に押しつぶされそうになると、決まってラミィは声をかけて遊んでくれた。

 精神年齢は逆転してしまったが、ひねくれることもなく大人になれたのはラミィがいてくれたから。

 人種は違えども家族同然。

 ラミィを失うような危ないことには首を突っ込まないようにしようとランスディールは心に決める。


「ラミィは、私が小さいころはもう少しお姉さんではなかった?」

 ランスディールは子供の頃の時代を思い出して、ふと、思っていたことをラミィに言ってみた。どんな反応をするのか気になったからだ。


『む?』


 食べることに夢中だったようで話が通じていなかった。ラミィは首をかしげる。


「今では私のほうが精神年齢大人だよねって話」

『そんなことない!』


 ラミィは咀嚼しながら即座に角を強く光らせて否定した。不満顔をしてランスディールを見る。


「いやいや。だって私の方が面倒見ているよね?」


 ランスディールはラミィの食事とジャムの管理を任されている。ランスディールと同じくらい精神年齢が大人なら不要の心配だ。


『獣にも得意、不得意がある』


 ラミィは大真面目な顔をして念話を送ってきた。


「ラミィ、それ説明になってないから!」


 ランスディールは即座に突っ込んだ。


「大変お待たせしました」


 ラミィが半分食べ終えるころに、店主が料理を運んできた。



 ◇◇◇◇◇◇



 ベリーが練り込まれたパンは好みの味だったようで、ラミィは満足げな顔をしている。

 ランスディールは機嫌が良くなったラミィの手をつないで宿へ戻る途中だった。


「見て、あれきっと魔獣よ」

「やだ、荷台から血が流れているじゃない」


 夕食の買い物をしている地元住民の女性たちの声が聞こえた。

 討伐依頼を終えた冒険者たちが荷台を引いて中央通りを歩いている。

 その荷台には布がかかっていて隠してはいるが、布からはみ出た所からは魔獣の体毛や爪がちらりと見える。

 小さい子供を連れている親はとっさに自分の手で子供の目をふさいだ。

 通り過ぎざまになった商人は、その荷台を見て眉をひそめた。


(冒険者か)


 ランスディールは冒険者たちの顔ぶれが気になって立ち止まった。

 パーティーは四人で、斥候役と思われる細身の剣士、肩幅のある重装備の剣士、中肉中背の弓使い、童顔の治療専門の修道士。全員男だ。

 荷台を引いているのは重装備の剣士。街人からの視線など気にする様子もなくギルドへ向かって歩いている。


(普通の旅人よりも冒険者になったほうが、身元がばれにくくなっていいかもしれない)

 

 

 貯金はそれなりにはあるが、万が一急な出費で現金が必要になった時はすぐに仕事を探すことができる。一石二鳥だとランスディールは心の中で喜んで登録をしようと決めた。





 宿に戻るとネネクに声をかけられた。

 受付窓口で帳簿に目を通していたが、ランスディールを見つけると作業を止めた。


「お帰りなさい。『キンスイ草のボッチャン』」

「只今帰りました」

「今、よろしいでしょうか」


 ランスディールは大丈夫ですと返事をすると、先ほどの相談の件だと言われた。


「ああ! いましたか?」

「ええ。一人見つけました。こちらです」


 ランスディールは仕事が早ないなと感心して、ネネクからメモ用紙を受け取った。

 メモ用紙には名前、職業、行きつけのお店が書かれていた。


「私が信頼している情報屋からです。腕はたしかだそうですよ」

「ありがとうございます」


 ランスディールがさっそく行ってみますと言うと、ネネクはどういたしましてと満足そうに笑った。




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