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バケモノ王子とその先生  作者: やなぎ怜


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19/19

おまけ:俺と「先生」と指輪の話

 あれから、先生の寿命が近いことはわかっていたが、思いを伝えあった俺たちがすぐに離れられるはずもなく。先生のマスターに拝み倒してどうにかこうにか逗留の期間を伸ばしてもらっていた。


 が、しかしそれももうすぐ終わる。マスターが「もう無理だ」と最後通牒を突きつけたのだ。これ以上、ここにいては先生を連れ帰ることが叶わなくなる。つまり、先生を再び生まれ変わらせることもできなくなるぞと半ば脅されて、俺は渋々先生とのしばしの別れに備えた。


 近頃の先生は寝てばかりいる。体の衰弱が激しく、起きていられる体力がないのだ。先生とマスターによれば、これからその時間は長くなり、やがて眠るように息を止めるのだと言う。


 そういう知識があると、先生の寝顔を見るのは少し心臓に悪い。しかしそれはそれとして、先生が安らかに寝息を立てている、無防備な姿を見るのは好きだった。


 その日、先生は夕方頃になってようやく起きだして、珍しく仕事を終えてくつろぐ俺の元へとやってきた。近頃は客室のベッドの上から動くこともなかったのに。今日はどうやら調子がいいらしい。


「今日は夜市があると聞いた」

「ああ……父上の誕生祭が近いからな。しばらくはお祭り騒ぎだ。……行くか?」

「そうしたいと思っていた」


 夜市の話はメイドから聞いたらしい。いつの間に仲良くなったのだろう。先生は、一見すれば常に表情がないように……無愛想に見えるが、実際はそんなことはなく、むしろ意外と他人の懐に入るのは上手い。それは俺が身を持って知っていることだ。


 先生の足取りは調子がいいのか思ったよりもしっかりとしていた。メイド長はそんな先生を見てもしきりに体調を心配して、しっかりと厚手のコートを着こませる。いつの間にやら、夜は身を切るように寒くなった。しかし夜市は、そんな鬱々とした冬の気分を吹き飛ばすかのように開かれる。


「先生、なにを探しているんだ?」


 色とりどりのランタンがひしめく夜市へとたどり着けば、先生は露店が立ち並ぶ大通りへと入り、きょろきょろと周囲を見回す。厚手のコートに分厚いマフラーを身につけた先生は、どこか丸っこくなっていて、周囲を見回す仕草が可愛い。


 夜の闇に隠れ、帽子を被っていることもあり、俺たちの目立つ髪へ普段のような視線は集まらない。彼らはそれよりも酒や音楽、異性の存在に首ったけだった。


「うん、お守りを……あ」


 トコトコと歩き出した先生に着いて行く。行き先はひとりの露天商。レンガ敷きの通りの道端に、鮮やかな布を広げて商品を陳列していた。


「いらっしゃい」

「うん……これを」


 先生はあれこれと悩む様子を見せず、さっさと買うものを決めてしまう。手にしたのはシンプルな装飾の指輪だった。値段は子供が背伸びをすれば買えるようなものだ。


 先生は指輪を買うとまたトコトコと俺の元へと戻ってきて、懐からなにかを引っ張り出した。夜の闇に隠れてすぐにはよく見えなかったが、目が慣れてくるとそれが革紐であることがわかる。


「指輪……失くしたと言っていただろう」

「あ、ああ。……それで?」

「ああ。またお守りを贈ってやらないといけないなと思って」


「お守りは他人から贈られないと意味がない」とはこの国では広く知られた迷信のようなものだ。かつて先生は「それを今まで知らなかった」と言いつつ、出征前の俺に指輪を贈ってくれた。あのときの指輪も、こうしてどこかの露店で買ったものだったのだろうか? ……あのとき貰ったお守りは、大事にするつもりでいたのだが、戦場で失くしてそのままだ。


 そのことを、いつだったか先生に謝ったことがある。先生は「気にしていない。お守りは、正しく身代わりになったのだろう」と言っていたが――。


「ありがとう。うれしい……」


 俺は先生が差しだした指輪を受け取る。そしてそのまま、革紐に通された指輪を首にかけて、ぎゅっと手で握り込む。はじめは冷たかった指輪も、すぐに俺の体温になじんだ。


 そして指輪を握る手に落としていた視線を、先生へと戻す。曇りのない、水晶のような瞳と目が合う。その無垢さを、今すぐにでも大事にしまって閉じ込めておきたいと思った。……もうすぐ、先生とは別れなければならないのに。


「先生……その、今度は俺から贈らせて欲しい。時期は先生がまた……きてからになるだろうが」


 職人に頼んであった婚約指輪は、残念ながら間に合いそうにない。それが少しもどかしかったが、どうせなら婚約指輪は結婚指輪に変えるか、なんだったら揃えて渡してもいいと思い直す。


 先生は俺にしかわからないていどの薄っすらとした微笑みを浮かべて、「楽しみにしている」と言った。


 帰り道は、そっと先生の左手を取った。親指の腹で先生の薬指の根元を撫でる。いつかここに、俺が作らせた指輪を嵌めてもらうことを夢見ながら。

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