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最終話 トイレの花子さん

「返事を迷っている、と。わたしは、あなたの気持ちをちゃんと伝えたら良いと思います。それが、優しさです。相手を気遣うことも優しさですが、告白を振る場合、どうしても相手を傷つけてしまうのですから」

 

 その翌日、変態の幽霊である花子さんに慰められていた。長年トイレで、多くの少女の排泄シーンを覗き見て、少女たちの愚痴や悩みを盗み聞きしていただけのことはある。


 ユウハに告白された日の夜、私は食事も喉を通らないし、ソースを料理にかけようとして、ご飯にかけてしまった。お風呂に入っても湯船に一時間ほど浸かり、シャンプーとボディーソープを間違えた。下着も前後ろ間違えて履いてしまったりと散々だった。

 普段あまり話さない三つ上の兄貴に「マツリ、今日変だよ」と指摘されたほどだ。

 夜布団に入っても、告白の言葉や、ユウハの顔が頭から離れなかった。

 長いまつげが濡れて、クリーム色の髪がユウハの顔に影を落としていた。薄く開いた唇からこぼれたユウハの本音と声が耳元で聞こえた。


 ――ねえ、マツリ。あたしと付き合ってほしい。


 それから、ユウハの顔が近づいてきて……。首を振って、掛け布団を頭まで被った。



 ユウハのことは好きだけど、この好きがどの好きなのかわからない。付き合ったとしても、後々幼馴染のままのほうが良かったってなるんじゃないかとも思う。

 私は怖いのだ。

 今の関係に戻れなくなるのではないか。

 付き合って、もし喧嘩別れでもしたら、もう話すことができなくなってしまうのではないか。

 ユウハが女の子だから迷っているわけじゃない。性別の問題じゃない。

 私は怖がりだから、迷っているのだ。

 私のことを好きと言ってくれた人……幽霊にこういう相談をしてしまう私もどうかとは思うけれど。

 花子さんの目を見た。きっと今の私は、子犬のように頼りなく弱々いい表情をしているだろう。

 花子さんは私をちらりと見た。


「わたしは、あなたが好きです。けれど、その人を振れ、ともいいません。あなたの意志に任せます。

 人間は変化を怖がります、現状維持を好む傾向があります。安全だから。

 それでも、変化していく人間もいます。自分の気持ちに従うから。恐怖よりも強い気持ちがあるから」


 なにかの魔法が解けた気分だった。

 綺麗に切りそろえられた黒髪を揺らし、あのとき見せた少女の笑みで凛と告げると、花子さんは小声で「誰か来るようです。あなたが今喋れば、怪しまれるでしょう」と教えてくれた。忠告からすぐ、ドアが押し開く音がして、静かな足音が聞こえてきた。

 反射的に息を潜める。

 放課後トイレに来るのは、居残りをしている生徒か、花子さんに会いにきた人ぐらい。

 私は花子さんじゃないから、花子さんのように変態的行為はしない。耳を澄まして、相手の行動を推測する。ドアの閉まる音、衣服が擦れて、ため息とともに座る音。しばらくしてまた、少女はトイレから出ていった。

 花子さんの言葉を思い出して、息を吐いた。


「花子さん、私は前にも言ったように付き合うのはムリ。でも、普通の話もできるみたいだし、これからは友達として接してみたくなった」

「はい、喜んでっ! 付き合えないのはちょっと悲しいですけど……。

 そういえば、あなたのお名前を教えてほしいです」

「マツリ、だよ」


 花子さんは声に出さず、マツリという名前を唇でなぞった。

 花子さんの目は微かに潤んでいた。それでも、可憐な笑みを浮かべている。

 私の学校にいる花子さんは、変態だ。

 この花子さんの怖い話なんて一つも聞かない。他の学校にいる花子さんは、生徒をトイレに引きずり込んだり、窓をしめてくれたという話もあったりする。

 幽霊と言えど、いい霊もいれば、悪い霊もいるのだ。

 この花子さんは変態だ。何度でも言おう。変態であると。

 しかし、ただの変態ではない。

 ちゃんと人の意見を尊重してくれるところもあり、話も聞いてくれる霊で、ただ変態だっただけなのだ。

 花子さんと出会わなければ、ユウハが告白してくることもなかったかも知れない。しかし、貴重な体験をし、ユウハの本音も聞くことが出来た。

 私は、これからも花子さんのところに通うだろう。いつか、ユウハにも花子さんのことを伝えよう。

 私は、立ち上がり、トイレから飛び出した。


「花子さん、ごめん、ちょっと用事思い出したから。今日は帰る! 明日また来る!」

「はい、また明日、あいましょう。待ってます、マツリさん」


 花子さんの表情は見えなかったけど、きっと微笑んでいる。

 

 校門を出ると、部活帰りのユウハを見つけた。


「ユウハ!」


 私の声に気づいたユウハがくるりと振り返る。ユウハのところまで駆け寄り、手を掴んだ。


「ユウハ、昨日のことを伝えに来た」


 ユウハの瞳に衝撃が浮かぶ。視線が少し泳いで、また私を見つめた。

 吹いていた冷たい風がなくなり、木々がざわめくのをやめる。

 ユウハへのこの好意は、恋愛的な意味かまだわからない。

 けれど、私はユウハの気持ちに答えたい。

 握る手に力が入る。

 ユウハを見つめ返して、私は口を開いた。

 

「ユウハ、私――」


 耳元で鈴の鳴る音聞こえた気がした。

 

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