第5話:向けられた嫉妬と、容赦のない保護欲
「――ちょっと、朝比奈さんだよね?」
講義が終わり、凛がお手洗いに行っている一瞬の隙だった。
人が少なくなった廊下の壁際に追い詰められるようにして、私は見覚えのない二人の女子学生に立ち塞がれていた。
派手なメイクに、少し棘のある視線。
胸元に抱えた教科書をぎゅっと握りしめ、私は「はい、そうですけど……」と身を小さくする。
「橘くんと仲良いみたいだけど、どういう関係なのかなって」
「昨日も学食で親しそうに話してたでショ? 橘くん、女子からの連絡先も全部断ってるのに、なんで朝比奈さんだけ特別扱いされてるの?」
詰め寄る声には、隠しきれない嫉妬と苛立ちが混ざっていた。
「氷の王子」と呼ばれる錬が、私にだけ見せる柔らかい表情や頭ぽんぽん。
それが周りの女子たちの気に触れてしまったのだと悟り、心臓がバクバクと嫌な音を立て始める。
「えっと……私と錬は、ただの幼馴染で……家が隣同士なだけで……」
「幼馴染? だからってあそこまで馴れ馴れしくされる理由にならないよね。
橘くんの迷惑とか考えたことある? 幼馴染の立場を利用して付きまとってるようにしか見えないんだけど」
チクチクと刺さる言葉に、言い返せなくなってしまう。
(迷惑……なのかな。私が毎朝起こしに行ったりしてるのって、錬にとって――)
うつむきかけた、その時だった。
「――はいそこ、そこまでー」
パンッ、と乾いた手拍子の音とともに、凛が割り込んできた。
私と二人の女子学生の間にスッと割り込み、凛は冷ややかな笑顔を浮かべて腕を組む。
「人目のないところで二人掛かりでイチャモン? カッコ悪いことしてないで、本人に直接アタックすればいいんじゃない? まあ、どうせ秒で振られるのが落ちでしょうけど」
「なっ……何よアンタ! 関係ないでしょ!」
「関係大アリ。
紬は私の大事な友達だし、アンタたちの見当違いな言い分を聞く筋合いはないの」
凛が凛とした態度で守ってくれ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
けれど、言い寄ってきた二人も引き下がる気はないらしく、睨み合いの空気が張り詰めた――その直後だった。
「――何をしてるんですか」
背後から落ちてきたのは、氷の刃のように冷徹で、低い声だった。
廊下の空気が一瞬で凍りつく。
振り返ると、そこに立っていたのは錬だった。
大学で見せる『氷の王子』そのものの、人を殺しそうなほど冷ややかな瞳。
彼はゆっくりとした取り立てで歩み寄ると、私の手を迷いなく取り、自分の背後へと引き寄せた。完全に私をかばう配置だ。
「た、橘くん……! 違うの、私たちはただ朝比奈さんに――」
慌てて取り繕おうとする女子学生たちを、錬は心底興味なさそうに、冷たく見下ろした。
「俺と紬の関係について、あなた方に説明する必要はありません。それに――」
錬は私を握る手にぐっと力を込め、二人に向かって言い放った。
「紬が付きまとってるんじゃない。俺が、紬に側にいてほしいから頼み込んでるんだ。
……俺の大切な人に二度と不躾な真似をしないでほしい。
次があったら、相応の対応をさせてもらいます」
一切の容赦もない、冷酷な宣告。
女子学生二人は顔を真っ青にして、「す、すみませんでした……!」と逃げるように走り去っていった。
「ふぅ……間一髪。ナイスタイミングだったわね、橘くん」
凛が肩をすくめると、錬は「凛さん、紬の側にいてくれてありがとう」と短く感謝を述べた。
そして――錬はクルリと私の方を振り返る。
「紬、怪我はない? 嫌なこと言われた?」
さっきまでの冷酷さが嘘のように、心配そうな、泣きそうな顔で私の顔を覗き込んでくる。
「う、うん。大丈夫。凛も助けてくれたし……ありがと、錬」
「……ごめん。俺のせいで紬に嫌な思いさせちゃった」
錬はそのまま、周りの目も気にせず、私をギュッと強く抱きしめた。
廊下の真ん中で。凛が見ている前で。
「れ、錬……!? みんな見てるよ……!」
「見られてもいい。……もう二度と、紬に手出しさせないから」
耳元で囁かれた掠れた声には、隠しきれない強い独占欲と過保護な熱が籠もっていた。
(……ただの幼馴染……だよね?)
抱きしめられた体温の温かさと、彼の真剣すぎる言葉に、私の心臓は壊れたみたいに激しく鳴り響くのだった。
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