8話 向いてる属性
今日も、屋敷の庭で、ルシアは必死に石を砕く「破壊の初級魔法」の練習をしていた。
しかし、ルシアがどれだけ破壊の魔法に魔力を込めて放っても、石はコロンコロンと転がるだけだった。
「……はぁ。ルシア、もういい、一度クールダウンだ」
中庭に出したテーブル。
その横の椅子に腰掛け、隣国の有名魔術師が書いた難解な魔導書を読んでいたシャレルドが、呆れたように溜息をついた。
「すみません。どうしても、何かに向かって『壊れろ』とか『貫け』って念じようとすると、魔力が体の中で消滅するというか、逃げていくというか、スルッと無くなって、上手く編み込めないんです」
ルシアはがっくりと肩を落とし、自分の不甲斐なさにしょんぼりした。
(こんな初歩的な攻撃魔法もできないなんて、悔しい……)
そんなルシアの様子を見て、シャレルドは考え込んだ。
(おかしい。夜に触れて感じ取る、あいつの魔力は、王宮魔術師の精鋭にも劣らないほど豊潤だった。
こんな簡単な魔法を使えないのは、理にかなわない。
攻撃の瞬間に魔力が霧散するということは、そもそも魔力の性質が攻撃に向いていないのではないか?)
シャレルドは静かに立ち上がると、ルシアの前に歩み寄り、自分の手のひらを差し出した。そして、そこに風の刃を振って、わざと深く切り裂いた。
ルシアは驚いて慌てふためいた。
「ひいいっ!
シャレルド様!? 何をしてるんですか……!」
「騒ぐな。ルシア、この傷口に向けて、治れと念じて魔力を出してみろ」
「えっ、でも……!」
「いいから、やれ」
拒む隙を与えない鋭い声に、ルシアは恐る恐る、シャレルドの血が滲む手のひらに自分の両手をかざした。
「イメージしろ。壊すのではない。……この傷を塞ぎたい、痛みを消し去りたいと、ただ強く願って、ゆっくりで良いから、魔力を振りかけてみろ。魔力ドカンは止めてくれよ」
シャレルドの言葉に、ルシアは動揺しつつも目を閉じた。
(シャレルド様の痛みが、消えますように。
いつも不器用で偏屈で、ひねくれてる風を装う、可愛くて優しいこの人の傷が、治りますように……!)
ルシアが願いながら体内の魔力を編み上げようとした。
ルシアの体内で、さっきまですり抜けて捉えられなかった魔力が、簡単に、ルシアの意思に沿って、驚くほど滑らかに流れが整った。
驚きつつ、ルシアはそれをふんわりとシャレルドの手に降らせた。
ルシアの手のひらから――瞳と同じ、鮮やかな若葉色の光が溢れ出した。
「……これはっ」
シャレルドは目を見開いた。
ルシアの手のひらから流れ込んでくるのは、ただの治癒魔術ではなかった。
慈愛に満ちた「聖属性の治癒魔術」だった。
光が収まった。
シャレルドの手のひらは傷跡一つない綺麗な肌に戻っていた。
「治った……?
私、シャレルド様の傷を、治せたんですか……?」
「……そうだ。驚いたな。
ルシアの魔力の本質は、破壊や攻撃ではなく『癒やし』だ。
これほどの治癒魔術、王宮の専属神官でも一握りしか使えないぞ」
シャレルドは、驚きを隠せないまま、どこか誇らしげに目を細めた。
攻撃魔法はできなくても、ルシアには人を救い、癒やすための、特別な才能があったのだ。
「私、誰かを傷つけるんじゃなくて、治してあげられるんだ……。良かった……」
自分の存在を「汚れたもの」だと呪ってきたルシアにとって、自分の手が「誰かを癒やす力」を持っているという事は、何よりも救いだった。
目に涙を溜めるルシアを見て、シャレルドの胸の奥に、締め付けられるような喜びと愛おしさが広がった。
ルシアの目から涙が一筋流れ落ちた。
彼は不器用な手つきで、ルシアの涙をそっと指先で拭う。
「ルシアの優しい魔力、癒しの魔力は……素晴らしい才能だ、ルシア。お前は多くの人を癒す魔術師になれる。自信をもて」
「はい、シャレルド様。……シャレルド様の、おかげです。ありがとうございます」
ルシアは涙を拭い、安心したように微笑んだ。
その微笑みに、シャレルドの心臓はまた激しく跳ね上がる。
二人の重ねる時間は、夜の相手であると同時に、深く信頼し合う「師弟」にもなっていた。
深く惹かれ合いつつ、お互いに想いを隠し持ったまま。
師弟として、契約の夜の相手として。
二人は昼を、夜を、心と身体を重ねていった。




