14話 告白
よろしくお願いします。
ある夜、酒にひどく酔った男たちが、帰宅途中のルシアの前に立ち塞がった。
ルシアの後をつけていたシャレルドが、サッとルシアと男たちの間に現れた。
「触れるな近寄るな。『ハーラスナペルシレ』弾かれろ!」
シャレルドが指先を掲げると、絡んできた男たちはまとめて弾き飛ばされた。
ゴロゴロと転がって、驚き逃げていく男たち。
静まり返った夜道。
あまりにも突然の、あまりにも不器用なシャレルドの登場に、ルシアは可笑しくなってしまい、堪えきれずに吹き出して笑った。
ルシアだって、魔術師の端くれ。あの男たちから逃げることくらい出来るのだ。
「ふふっ……ありがとうございます。シャレルド様」
「えっ……!? ち、違うぞ、俺は……通りすがりの魔術師だ」
「シャレルド様にしか見えませんよ?」
「えっ、姿はちゃんと変えているはずだよな!?」
シャレルドは激しく動揺し、自分の顔や身体をペタペタと焦って触り始めた。
その様子がまた可笑しくて、ルシアはさらに笑う。
「わかりますよ。身体の仕草やグラスを持つ癖、歩き方、纏っている雰囲気で。
……だって私達、長い間、家族みたいに一緒に暮らしていたんですから」
ルシアのその言葉を聞いた瞬間、シャレルドは気まずそうに変装の魔術を解いた。
光の粒子が散り、元の銀髪の端正な美貌の青年が姿を現す。
見破られていた事に恥ずかしくなり、シャレルドは、赤くなってそっぽを向いた。
「……家族とは、あんなこと、……しない」
「あ……」
シャレルドの言った『あんなこと』が、夜の寝室での深い交わりのことだと気付いて、ルシアの顔も赤く染まる。
久しぶりにシャレルドの顔を見ると、いつもの尊大な態度を潜めて、ひどくバツが悪そうに、そして今にも泣き出しそうな、まるで「捨てられた子犬」みたいな不安げな顔をしてルシアを見つめていた。
「……ルシア。お願いだ、屋敷に戻ってきてくれないか?」
シャレルドは一歩詰め寄り、ルシアの細い手を両手でぎゅっと握りしめた。
「ルシアがいないと、困るんだ。
いや……ルシアがいないと、俺の頭はおかしくなる。……もう、おかしくなってる。
毎日、ルシアの姿を見て安心するために、生きてる状態なんだ。
眠れば、毎晩のように、ルシアの夢ばかり見るし……」
(えっ……!? 前もおかしい所があったのに、もっと???心配症が突き抜けちゃったのかしら? ……でも、ダメ。戻っちゃダメ)
ルシアはシャレルドに捕まれた手を、そっと自らほどいた。ハッキリと告げた。
きっと、これがシャレルドとの最後だ。
「……辛いから、もどりません。シャレルド様のそばにいると、自分の身の程を忘れて、幸せを望んでしまうんです。
シャレルド様は、一番最初に私に言ったじゃないですか。
『身体の関係は持っても、たやすく身体を売る女とは結婚は絶対にしない』って。
……貴方のそばにいたら、そんな大それた幸せを望んでしまう自分が、惨めで、辛くてたまらないから……!
私は、汚い女だから、そんな幸せを望んじゃダメなんです……!
だから、……私は戻りません。
シャレルド様は他のご令嬢と真面目なお付き合いをして下さい!」
ルシアの叫びに、シャレルドは胸を抉られたような顔をした。
そして、拒むルシアの手を、さらに強く、今度は絶対に離さないという執着を込めて握り直した。
「それ、俺が好きってことか?本心か?
『たやすく身体を売る女とは結婚しない』
確かに、そう言ったけど、その言葉は、ずいぶん前に撤回したつもりだったんだ……!
ずっとそんな言葉で縛って、辛い思いをさせて本当にごめん、ルシア。
……でも、ルシアが自分を恥じたり、卑下したりする必要なんて、どこにも無いんだ!」
シャレルドが力強く言う。
「え……?でも、私は汚れた身体だから」
「違う!汚れてなんか無い!キレイだ!……俺は知ってる。
ルシアが屋敷を出た後、俺はルシアの過去を調べた。勝手に調べて本当にごめん。
……どうしても、ルシアのすべてを知りたかったんだ。
調査書が届いた。驚いたよ。
ルシアは完全に被害者だ。
……ルシアを裏切った、サリーという女の末路も知りたくないか?」
シャレルドは、真っ直ぐにルシアの若葉色の瞳を見つめて言った。
ルシアが不安げに瞳を揺らしながら頷いた。
「サリーは君を罠に嵌めて人さらいに売り飛ばした後、自分もその人さらいに騙されて売られたんだ。
バカな女だよな。最初から人さらいは、サリーのことも売るつもりだったんだ。
だから、村では同じ日に、ルシアとサリーの二人が行方不明になった」
ルシアは息を呑んだ。シャレルドは言葉を続ける。
「サリーは君を売る前、村に嘘の噂を広めていたんだ。
『ルシアは本当は村長の息子を嫌っている。美貌な自分は王都へ行けば、もっと金持ちの男と結婚できるはずだ、そう言って家出を計画している』とね。
サリーもルシアと共に家出したと思われてたよ。
……これが、ルシアの家族からの手紙の返事が、あんなに酷い内容だった理由だ。
ルシアの家族は、ルシアが男を求めて勝手に家出し、王都で身を持ち崩して娼婦になったと思い込んでいたんだ。
自業自得だと、ルシアを突き放したんだ」
「そんな……。じゃあ、お父さんも、お母さんも……」
「騙されて誤解してるんだ。
ルシアを騙したサリーはルシアのように高級娼館に買われるほどの見栄えも品性もなかった。
安価な娼館へと売られ、そこで酷い扱いを受け続けたらしい。そして今は――さらに底辺の、スラムの娼館にいる」
シャレルドは、ルシアの震える手を愛おしそうに包み込んだ。
「ルシア。君は全部、何一つ悪くない。
騙されて売られて、仕方がなく、卑劣な奴らに娼婦をさせられていただけだ。
だから、ルシアが自分を汚いなんて言って貶める必要なんて、どこにも、……どこにも無いんだ!」
ルシアはこれまで知らなかった、自分を苦しめた出来事を、その真実を知った。
ショックを受け、呆然とした。
自分を騙し、地獄に突き落とした友の、あまりにも哀れで悲惨な末路。
故郷の家族からの手紙に、絶望して心が死んだあの日の真実。
すべてが、シャレルドの言葉によって明かされていった。
ルシアの胸の奥を重く支配していた冷たい泥のような澱み。それが深い虚しさと共に、羞恥より悲しみへと変わって、広がっていく。
「ルシア。俺はルシアの過去なんて、どうでもいい。
知っておいたほうが良いと思ったから、話した。
俺が本当に言いたいのは、つまり……その……」
シャレルドは急に顔を真っ赤にして言い淀み、けれど、意を決したようにハッキリ告げた。
「ルシアを、愛している」
ルシアは若葉色の目を見開いた。
二人は静かに見つめ合った。
シャレルドの表情も、青い瞳の煌めきも、必死そのものだった。
シャレルドは一歩踏み出し、今度は拒む隙も与えず、ルシアの細い身体を腕の中に強く、強く抱きしめた。
「ルシアが好きだ。俺が心から愛しているのは、ルシア、君だけだ。
お願いだから、一緒にいてくれ。……いや、俺はルシアを、もう絶対に離さない」
シャレルドの腕の中で、ルシアの目から喜びの涙が溢れ出した。
ルシアはシャレルドの背中にそっと手を回した。
自分を求めて、拒絶されることを恐れて震えている、シャレルドの大きな背中を、ぎゅっと、全力で抱きしめ返した。
お読み頂きありがとうございました。
書いては消し、この表現ちがう、もっとストンと来る言葉は?でてこーい、うーんうーん、としながら、推敲。
書き直し。消す。書き足す。
としてたら、何時間も経ってる!
という日々を重ねています。
使いっぱなしで、スマホの充電ヤバい!
目も疲れ目に。手首も酷使。肩も痛い。
それでも、浮かんでくる登場人物達が、話して動くので、それが消えないうちに、書かなくては、とエンドレス。
頑張って書いてます。




