第十三話:汚された招待状
結婚式、楽しみだねぇ。
誰を誘おうか迷っちゃうなあ。クロティルは誰を誘う?
そっかそっか。出来るなら、心の底から喜んで欲しいもんね。
――――――
「誘いたい人、ねえ」
一人、客室で私は唸っていた。
幸せな結婚とは、どんな物だっただろうか。
シェイラムとの結婚式の準備をしたのはたった3ヶ月前だったのに、あの時の気持ちがよく思い出せない。
対外的には幸せな結婚式を演出しなければならないのに、招待状を書く手がどうしても進まなかった。
無論、前回のように嬉しさを分かち合うための集まりではない。
あくまでも形式的、政治的な側面でのみの招待となる。
客の面々も最初から決まっているようなモノだし、お堅い誘い文句でも良いのだが。
「とりあえずは、もう片方の公爵家と周辺の伯爵家、家臣団かしら」
あの手の傷があったとて、夫たちを殺した犯人がセリアンだとは限らない。
酒が抜けて、冷えた頭でもう一度考える。
この場合、直接手を下した人間と殺人を計画した人間は、別である可能性が高い。
そもそも、人を一人殺すためだけに、遠い北部からわざわざ王都まで来るか?
「軍を動かす高い地位の人間が王都へ往復するコスト。あまりに割に合わないわ。私なら、提案されても一秒で却下する」
天下の北部公爵が、国境警備を放り出してまで?
考えにくいな。
「あの様子を見るに、余程のことがないと王都にはいかなさそうだし」
目前で見た、冷徹かつ実直な命令の下し方と、離れへの警戒。おそらく簡単にはこの領地を離れないだろう。
中央からの監査がこの時期に入っていることも考えると、セリアンが秘密裏に来ていた、ということもなさそうだ。
わざわざ監査を寄こすぐらいなら、王都で捕まえて取り調べをするはず。
「そうなると、怪しいのは配下の人間なのよね」
すら、とまっさらな招待状を数枚、机の上に滑らせた。
その横に置いてあるのは、これまでに集めたセリアンの周辺情報。
「だけど世間の評判通り、家臣団との仲は最悪。若くして当主になり、騎士たちの先頭に立って手を血に染めた。その貴族らしからぬ『なり損ない』を支持する者は少ない」
もちろん、裏では手を組んでいた、という展開もあり得る。
一旦実際に顔を合わせて、結婚式での私への反応を見てみよう。
まとまり始めた思考を紙におこし、招待客の名前を書き始めた頃。
バタンと部屋のドアが開き、ドタバタと人が入ってきた。
「まあ。公爵邸にしてはしけた所ねえ。全然大したことないじゃない」
「奥様、申し訳ございません。止めたのですが、この方々がどうしてもと……」
数週間前、葬式で聞き慣れた声がなぜか聞こえて、私は書類から目を外す。
泣きそうになっている執事にこくりと頷き、部屋から出て行ってもらった。
「あなた達が、なぜここに?」
「あなた達なんて悲しいわ。せっかく親戚になれたのに。短い間でしたけどよくやってくれたわね、元義理の姪さん」
「ああ、全くだ。死してなお評判を下げられるシェイラムに同情するよ」
高い声でキイキイと鳴く元義理の叔母と、脂ぎった顔でこちらを見てくる元義理の叔父の姿が見える。
私ははあ、と隠すこともなくため息をついた。
あれだけ言っておいたのに、この北部まで追ってくるとは。
一応動きは把握していたものの、事前通知もなしにわざわざ公爵家まで乗り込んでくるなんて。これほど常識知らずとは思っても見なかった。もはや頭痛がしてくる。
「それで、何の用でしょう?あなた方に、ここにいる権利などないはずですが」
「あら、権利ならあるわよ。伯爵家の親族として、正当な権利がね」
「何をーー」
私の鼻先に突きつけられたのは、一枚の差し押さえ令状。
表記上は伯爵邸の家具、絵画などの美術品まで含まれている。
「ご存知の通り、私たちはシェイラムを育てた。誰が何と言おうと、その事実に変わりはないわ。だから、その権利として私たちが継いだのが、ヴェルディスタ伯爵家に置かれていた物品よ」
元義理の叔母は笑って、右手を挙げた。
「運び出しなさい。あなたが持って行った家具は、私たちの物よ」
命令に従い、階段で待機していたらしき従者達が動き始めた。部屋を出て全体を眺めてみたら、中には街で雇ったらしき貧相な身なりの者もいる。
「分かっているのよ。あなたが持って行った絵画の中には、あの巨匠が描いたものが混ざっているって。お金に換えれば何百万になるらしいわね」
「結婚式のお祝いとして、特別に描いてもらったと自慢していたな。どうせあれも嘘なんだろう。ただの未亡人であるお前に、それだけの財産があるはずもない」
「あらぁ、身体を売って手に入れたお金があるじゃないの。本当、下賤の者の血は汚いわ」
よくもまあ、勝手に決めつけられるものだ。あまつさえ不倫をし、貢いで貰っている自分のことを棚に上げて。
「ご機嫌のところ申し訳ないですけれど。元叔母様、もしかして彼らに渡す金額をケチりました?」
私が作業している人々の方を手で指し示すと、叔母と叔父は馬鹿にしたように笑った。
「ああ、あれのことね。当然よ。端金で十分じゃない。まさか、元同胞に哀れみでも?」
「いいえ。どうぞ、ご自由にお持ちなさい。その代償は高くつきますけど」
そう言って人を顎で使う彼らなら、当然かもしれない。
不快な顔を視界の外に逃して、私は階下の様子を確認した。
「負け惜しみを。どうせお前なんて、口では大層な事を言っておきながら、何も出来ないくせに」
まだ囀っている叔父とやらの言葉は無視して、状況把握に努める。
公爵邸の使用人たちは……、不測の事態にどう対処していいのか分からず、右往左往していた。彼らにはまだ、ここまでの対応は教えていない。下手に動けば自分の首が飛ぶ可能性だってあるから、正解だ。あと数人を除いては。
私は一階にいる、バルテル商会から引っ張ってきた四人の方を目で捉えた。四人は当然といった風に私の方を見て、指示を待っている。
「手は出さないで。必要ないから」
私はそう口に出して横に首を振った。たとえ声が聞こえなくても、彼らなら分かってくれるはずだ。
こくりと頷く彼らを信じて私は客室に戻る。机の引き出しを開けて、以前書き揃えた家具のリストを出した。
新しく買った家具のリストと、すでにあった家具のリスト。さらに、私が持ってきた分をまとめて、サラサラと書き写してゆく。
そうしている間にも、物を乱暴に取り扱う音が聞こえてきた。
廊下の角やドアを強引に通そうとして、ガッと何かが削れている。
案の定だ。慣れていない人間に大きな家財を運ばせようとすると、必ず失敗する。
正確に言うと、正当な報酬を払っていない場合だが。
ヴェルディスタから持ち出した正式な家具の数すら把握していないのか、時折もともと公爵邸にあった物まで運び出されている。
横目で見ていると、中には一週間前に手入れし直し、埃を払って艶を出した椅子まで見えた。
ガタン!
人が動く騒音に混じって、一際大きい音が響く。
「あれ、やっちまったかも」
「いいさいいさ、黙っとけ。どうせ分かりゃあしない」
そんな会話がどこからか聞こえてきた。
布を床に敷いて運び出すこともしないから、家財が床を擦り、引っ張られた跡を残す。
――ああ、これは大変だな。直すのは。
私は、三階にあるセリアンの執務室の扉を仰ぎ見た。
この屋敷中に響き渡る喧騒を耳にしているはずなのに、彼は一向に姿を見せない。
試しているのか。私がこの事態をどう『精算』するかを。
荷馬車へ運び込む頃には、雪が溶けてぬかるんだ泥がそこら中に飛び散り、私の――いや、アイセントール公爵家の家財を汚している。
私は書き上げたばかりのリストにサインを書き、静かに微笑んだ。
色々と再編と改稿を繰り返しましたが、目にみえる成果として上がっていません。
自分の作品が本当に面白いのか、改良が正しかったのか、分からなくなってしまいました。
ストックも切れてしまったので、しばらく頭を冷やしたいと思います。
三月中には20話まで上げます。少し不定期になってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。




