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第2章 竜が飛ぶとき、人は空を飛ぶべからず ②

「おい、サンカリ! ちょっと来てみろ!」

 ベネミスの声でティテの話は中断させられた。ベネミスの緊迫した声色に二人は顔を見合わせた。

 サンカリは梯子を上ってハッチを開け、甲板へと顔を出した。太陽はすっかり昇っており、彼は眩しさに目を細めた。

「よいしょ」

 ティテの手がサンカリの顔の真横に現れた。サンカリに覆いかぶさるように梯子に掴まって上ってきたのだ。

「うわ、ティテ、狭いよ」

「なによ、私にも見せてよ」

 一人分の幅の梯子に二人で掴まり、サンカリとティテはベネミスが指差す先に目をやった。

 二艘の船が前方にいた。投錨しているらしく、川の流れに垂直の方向を向いて二艘の舳先を突き合わせるように停止している。船の往来を阻む目的で停泊しているのは明らかだった。

「ありゃ軍だぞ。珍しいな、こんなところで検問してるなんて」

 二艘の船はマストの頂に黄金の剣の旗を掲揚していた。それは船が軍属であることを示すものだった。船上には数名の人影が見えた。いずれも帯剣していることが遠目でも分かる。そのうちの一人が手振りでベネミスの船に近づくように誘導していた。

「あいつらだわ」

 ティテの声が不安に歪む。

「え?」

 彼女は固い視線を船に向けていた。サンカリも目を凝らして船に注目した。船上の人間たちは黒い詰襟の格好をしていた。昨晩、ティテを追いかけ回した男たちの格好とよく似ている。

「お前らが昨日、追われたって奴らか?」

「うん。あいつら、軍人だったのか」

 サンカリが狼狽えている間にもべネミスの船は進み続ける。下手に速度を緩めたり、引き返したりしてはかえって怪しまれてしまうだろう。二艘の軍船との距離は確実に縮まっていった。

 ベネミスは舵輪を握ったまましばらく思案顔をしていたが、

「中に入れ。隠れてろ」

 煙草をもみ消して携帯灰皿へ丁寧にしまった。

 ベネミスの真剣な眼差しにサンカリは一瞬だけ面食らったが、すぐにティテの肩を引っ掴んでエンジン室へ押し込み、ハッチを乱暴に閉じた。

「ねえ、どうする気なの!?」

「しっ! 静かに。良いからベネミスさんに任せよう」

 有無を言わさぬ様子のサンカリにティテは口を噤み、それ以上、言葉を継ぐことはなかった。

 しばらくはエンジン音だけが聞こえていた。しかし、ベネミスが出力を下げたのか、その音は勢いをなくしていった。

 遠くでぴっぴっという甲高い笛の音が聞こえる。おそらく誘導されているのだろ。

「やあ、どうもどうも。ご苦労さんです」

 ベネミスのあからさまに能天気な声が真上から聞こえた。

「積荷は何だ?」

 少し離れた場所から別の声が聞こえてきた。

「石炭と石油ですよ。あ、銃を持ったまま乗らんでください。万が一にでも引火したらたちまち火の海になっちまいますよ」

 船がわずかに揺れた。

「乗り込まれた?」

「まだ。足音が違うわ」

「分かるの?」

「耳の良さには自信があるの」

 サンカリの背中を嫌な汗が伝った。腕に痛みを感じた。見てみると、ティテがサンカリの二の腕をきつく握りしめていた。彼女の視線はハッチに貼りつけになっていた。

「中を改めさせてもらう」

「急いでるんですよ。今日中にこいつを港まで届けて、すぐさま引っ返さなきゃならんのです。勘弁してくれやしませんかね」

「良いから早く開けろ!」

 男の居丈高な声が先ほどより近くなった気がした。

「へいへい、分かりましたよ……っと!」

「きゃあ!」

 見えない力に不意に後ろに引っ張られ、サンカリとティテは二人仲良くエンジン室の硬い床に尻餅をついた。船が急加速したのだ。

 エンジンが先ほどまでの比ではない唸りを上げた。エンジン室の温度が急激に上がり、激しい揺れが二人を襲う。

「何が起きてるの!?」

「分からない! けど、無茶なことをしてるのは間違いない!」

 顔をくっつけていてもお互いの声がほとんど聞こえない。それほどの轟音をエンジンが発していた。

 どれほどの間、船は進み続けていたのか、やがてエンジンの排熱が緩まり、激しい揺れも収まった。

「よーし、二人とも降りろ」

 ハッチが開き、ベネミスが何事もなかったかのような表情を覗かせた。

 サンカリとティテは甲板に上がった。激しく揺さぶられたせいで足元が少しふらついていた。

 船は川沿いに接岸していた。川底は浅くはないが、真っ直ぐな岸がどこまでも続いている。岸は少し切り立っていたが、足の長い草に覆われていて、降りるのは難しくなさそうだった。背の低い木がまばらに生えていて、その向こう側に街道が見えた。

「ここからなら、歩いてもカノリデーまで行けるだろう」

「あいつらは?」

「とりあえずは振り切ったけどな。向こうのほうがずっと馬力があるから、すぐに追いつかれちまう。だから、降りた降りた」

「でも、それじゃ、あなたが……」

 ティテの言葉に耳を貸さず、ベネミスは二人の背中を押して船を降ろした。まだ体が揺れているような錯覚に陥ってしまい、サンカリはその場でたたらを踏んだ。ティテも同様にバランスを崩してしまい、サンカリにもたれかかった。

「船乗りはそんなにやわじゃねえんだよ。さあ、今のうちに行きな」

 不安げな表情のティテに向けて、ベネミスは「早く行け」という風に手をひらひらと振って見せた。

「行こう、ティテ。あいつらの狙いが僕たちなら、むしろベネミスさんから離れたほうが良い」

 サンカリたちはまだあの黒服たちに見つかったわけではないのだ。船内に自分たちがいたという証拠がない限り、ベネミスの命が危険に晒されるようなことにはならないはずだと、サンカリは考えた。

「どうもありがとう、ベネミスさん」

 サンカリの言葉に、ベネミスは顔と同じように長い親指を立てて応えた。

「さあ、行こう、ティテ」

「うん。――ありがとう。気をつけて」

 ティテはサンカリの言葉に頷いたあと、ベネミスに頭を下げた。ベネミスはサンカリに対してしたのと同じように親指を立て、にっと歯を出して笑った。

 サンカリたちは街道まで出てから一度だけ振り返り、船上で見送るベネミスに手を振った。

「彼女と仲良くなー!」

 走るサンカリの背中にベネミスの言葉が投げかけられた。

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