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第3章 空駆けるもの ③

『では、始めようか』

 ティテが首にぶら下げた小型の通信機からデゼルターの声が流れてきた。あの男は「以後の指示はこれを使って出す」と言ってティテに通信機を押しつけて、停泊させてある飛行艇へと戻っていった。

 ティテは天井の角に設置された監視カメラを睨みつけた。元は囚人監視用のカメラらしいが、デゼルターはそれを飛行艇へつなぎ、ティテたちの様子を眺めているはずだ。

 先ほどまではデゼルターの部下の黒服の男たちが竜の台座の封印を解く儀式とやらの準備をしていたが、それもすべて終わり、今は地下牢獄内にはティテとトゥスクしかいない。

 一人と一匹は部屋の中央で三つの虹の石を挟んで相対していた。デゼルターの指示でここから動かないようにと言われている。三つの虹の石はドーム状の透明なケースに入れられている。特殊な材質でできているらしく、叩いても鈍い音が返ってくるだけで割れそうになかった。虹の石はドームの中に正三角形状に置かれていた。

 ティテは不安な心に駆り立てられて何度か自分の虹の石に手を伸ばした。しかし、無機質な透明な壁に阻まれて、虹の石に触れることは出来ない。自分の石なのに、すぐ目の前にあるのに、虹の石は手の届かない遠いところにあった。竜の牙の形をした石は深海のような深い青色のままで、地下牢獄の陰鬱な明かりを静かに吸うだけだった。

「ごめんね、トゥスク」

「大丈夫。まだチャンスはあるよ」

 トゥスクの声は、頼もしい台詞とは裏腹に弱々しかった。だが、彼がそう言うのなら、必ず好機はあるはずだ。ティテは自らを奮い立たせた。

「さあ、どうすれば良いの。とっとと教えなさいよ」

 喧嘩腰で監視カメラに語りかけた。こちらからデゼルターの表情を見ることは出来ないが、どうせあの不快な笑みを浮かべているのだろうということは容易に想像できた。

『難しいことはないさ。ただ心に強く念じれば良い。竜の台座の封印よ解けろ、とな』

 首からぶら下げた通信機のスピーカーが自信と神経質に溢れた声で喋る。

 念じろ、と言われても、竜の台座というものの存在をセバーから聞いて知ったばかりのティテには、それがどんなものなのか想像がつかず、封印を解く、という行為のイメージが湧かない。仕方がないので、取り敢えず心の中で「解けろ」という言葉そのものを強く思った。こんなことに意味があるのかと疑問を抱きつつ。

 しかし、変化はすぐに訪れた。

 三つの虹の石から赤い光が溢れ出し、うねり、迸った。赤光は竜のように力強く真っ直ぐに天に上った。ぱあんっと激しい音を立ててドーム状のケースが弾け飛んだ。

「きゃああああ!」

 強烈な眩しさに目を開けていることが出来ない。光はなおも拡散し、地下牢獄の隅々にまで広がっていく。

『おお、やった! やったぞ!』

 通信機から歓喜に震えるデゼルターの声が聞こえた。

「グルルルルル……」

 トゥスクが唸り声を上げた。ティテが今まで耳にしたことのない、穏やかで理知的な彼らしくない、獣のような獰猛な声だった。

 ティテはうっすらと瞼を開けた。奇妙な光景が飛び込んできた。赤い光がトゥスクの体を這っていた。まるで生き物のように彼に絡みつき、波打ちながら鱗の上を滑り、しゅうしゅうという音を立てながらトゥスクの中へと入り込んでいく。光が消えたあと、焼け焦げていたトゥスクの鱗は元のつややかなものになっていた。


クアアアアアアアアアアア


 咆哮を上げるトゥスクは、ティテのよく知る、スィンクリルの湖のように美しい碧色の竜に戻っていた。いや、それ以上の神々しささえ感じるほどの美しさを湛えていた。

「ティテ、乗って!」

 トゥスクの叫びに反射的に駆け出した。

「行くよ!」

 ティテがトゥスクの背中に飛び乗ると同時に、彼は翼を大きく広げた。そして、強烈な羽ばたきを以て地下牢獄の天井へ突っ込んだ。



 ◇     ◆     ◇     ◆



「これを持っていけ」

 サンカリは女性から機械を渡された。

「これは?」

「通信機だ。これで私と連絡が出来る」

 手のひらサイズのトランシーバーと、イヤホンとマイクが一体になったヘッドセット、それらがコードでつながっている。

 サンカリは女性に礼を言い、ヘッドセットを頭に装着した。

「行こう、サンカリ」

 シーヴェンの力強い呼びかけに応じ、サンカリは竜の背に飛び乗った。翼の間の窪みに身を収め、首に手を回して毛にしがみついた。白服の男たちがサンカリとシーヴェンの周囲に集まってくる。一人と一匹の挙動に興味深そうに注目した。

 シーヴェンは首を高く持ち上げると、両翼をゆっくり大きく開き、そして力強く一度、羽ばたいた。砂塵が舞い、女性をはじめとした白服の兵たちが飛び交う土埃を厭い手で顔を覆う。

 二度、三度……。数を重ねるごとにシーヴェンの羽ばたきは荒々しさを増し、竜の巨大な体躯が少しずつ浮上していく。

「おお」

 兵の誰かから感嘆の声が漏れた。

「飛ぶよ!」

 シーヴェンは吠えると、一際烈々と翼を震わせ、空へと舞い上がる。女性と男たちの頭上をぐるりと旋回し、目指すべき方角へ針路を取る。

「私たちもすぐにあとを追うから、くれぐれも無茶はするなよ!」

 女性の忠告にサンカリは手振りで応えた。

 少年を背に乗せた竜が空を駆ける。

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