第3章 空駆けるもの ④
ぶつかる! ティテがそう思った次の瞬間、トゥスクの鋭い牙が天井をぶち破った。飛び上がった勢いを殺すことなく、硬い天井を突破し、スピードを維持したまま地上階へと飛び抜けた。粉砕された石の欠片がぱらぱらと落ちてきたが、竜の結界に弾かれてティテには届かない。
粗末な二段ベッドやロッカーの残骸が転がる部屋に出た。以前は兵舎として使われていた部屋のようだ。地下から溢れ出た赤い閃光は一瞬だけこの部屋にも満ちて、間もなく霧散して消えた。
『さあ、お手並み拝見と行こう。覚醒した竜の力を見せてもらおう』
通信機からデゼルターの声が聞こえた途端、天井が爆発した。次に室内に散乱したスクラップが、最後に床が。上から順に次々と爆ぜていった。
「きゃあああ!」
床材や何かの金属片が細かくなって飛び散った。
「黒い飛行艇の砲撃のようだね」
塵芥をかぶりながらもトゥスクの口調はあくまでも穏やかだった。
「大丈夫。僕に任せて」
「うん……分かった!」
ティテは腕を伸ばして彼の首にしがみついた。本当は怖くて仕方がなかった。すぐそばで起きた爆発に身がすくむ思いだった。しかし、トゥスクが大丈夫と言うのなら絶対に大丈夫なのだ。ティテはただひたすらに友を信じ、友に身を委ねた。
屋根の向こうで、ずぅん、というお腹の底まで揺さぶる重厚な響きがあった。間髪入れずに天井が張り裂け、砲弾が飛び込んできた。床が弾け飛ぶ。耳がおかしくなりそうな暴力的な轟音がそこかしこで鳴り渡る。しかし、破壊的な音に反してティテの体は無傷だった。トゥスクのおかげだった。彼は砲撃の着弾に素早く反応し、ときには首を巡らし、ときには尻尾を振り払い、ティテに降りかかる火の粉や砕片を防いでいた。ティテを庇うトゥスクの体は当然、それらに晒されることになるが、彼はそんなものを物ともしなかった。
デゼルターの小さな拳銃の弾丸にすら耐えられなくなっていた竜の鱗は、今や飛行艇から発射される砲弾すら弾き返すほどの強度を得ていた。封印を解いたことにより、竜の台座からのエネルギー供給が始まったトゥスクは竜として覚醒したのだ。
真上の天井を突き破り、砲弾が襲いかかってきた。炎を纏った金属の塊が天井の石と木材を巻き込んで落ちてくる。
クアアアアアアアアアアア
覚醒した竜が吠えた。その咆哮は空気を震わせ、ティテたちに致命的な一撃を見舞おうとした黒い塊をいともたやすく弾き返した。
天井が吹き飛んで、青い空が現れた。その中に異質な黒い塊が浮かんでいた。鯨のような巨体で日の光を遮る浮遊物。デゼルターの乗る黒の飛行艇だ。トゥスクがグルルルと威嚇するような唸りを上げ、飛行艇を睨みつけた。空の上から、数多の砲台と、ティテたちを襲ったあの雷を放つ機械が砲口をこちらへ向けていた。
◇ ◆ ◇ ◆
「竜を殺す機械?」
『ああ。奴が開発した、恐ろしい兵器だ。最初は開発コードネームだと思われていたが、のちにそれは本当に対竜用として作られた兵器だと分かった』
白服の女性が通信機のスピーカーを通じて説明してくれた。
『命中率も連射速度も並の兵器を軽く凌ぎ、おまけに威力調節も思いのままという、とんでもない代物だ』
ティテが話してくれた、黒の飛行艇から放たれた雷というのが、たぶんその竜を殺す機械だろう。
「僕もそれに攻撃されたんだ」
シーヴェンが翼を羽ばたかせながら言った。
「分かりました。気をつけます」
サンカリたちは二つの山に挟まれた谷間の道の上空を飛んでいた。ティテとトゥスクが囚われている砦は、この道の先にあるという。かつて、この辺りが戦地となったとき、敵の進攻ルートを阻害するための要衝として建てられたものだそうだ。
シーヴェンは両翼を伸ばし、時折大きく羽ばたき、風をうまく掴まえて飛んだ。周囲の景色がとてつもない速さで後方へと流れていく。山肌の茶色、木々や草の緑、空の青、雲の白、様々な色が飛び込んでは消えていき、混ざり合って複雑な色彩の世界を作り出す。まるで自分が風になったみたいだった。
「!?」
「どうしたの、シーヴェン?」
サンカリはシーヴェンの動揺を感じ取った。姿勢を崩したわけでも、スピードが緩んだわけでもないし、背中から彼の表情が見えるはずもない。彼の纏う空気がほんのわずかに変化しただけだ。しかし、彼の狼狽は尋常なものではないとサンカリには分かった。
「トゥスクが封印を解いた!」
道の向こう、地平の彼方で赤い閃光が煌めいた。血のように鮮烈な、言い知れぬ不安を感じさせる赤い光。光は柱となり空へ上り、そして消えた。
「なんだ、あれ……?」
「竜の台座の封印が解かれた」
シーヴェンの声がかつてないほどに緊迫に満ちていた。もしかしてティテたちが危険な目にあってるんじゃ……。不吉な予感が足元から這い上がってきた。言いようのない不安が体中にこびりついて離れない。あの光を見ていると、そんな気持ちになった。
「急ごう!」
シーヴェンはさらに速度を上げる。サンカリは彼の毛を掴む手に力を込めた。




