第40話 最強もふもふ軍団、参上
あれから、どれくらいの時間が過ぎただろう。
小さな手を握りしめながら、リュミは思い出そうとしたけれど、うまく思い出せなかった。
ただひとつ言えるのは、ずっとずっと……苦しかったということ。
リュミは何度も何度も説明したのに、神官たちは誰ひとり、リュミの言葉に耳を傾けてはくれなかった。
「祈れば、わかるはずです」
「女神が示してくださる」
そんな言葉ばかり。
やさしい声で言うくせに、心にはなにも届いてこない。
まるで高い壁に向かって話しているみたいだった。声は届かないし、出口も見えない。
(どうして、信じてくれないの? この子は魔物じゃないのに……)
祈れば、わかってくれるのだろうか。
でも、それは違うとリュミにはわかっていた。
神官たちが見たいのは、ただリュミがスキルを使って《ふわふわ》で魔獣を癒す姿だけ。
それを見せなければ、納得しない。
(そんなの、祈りじゃないよ……)
今いるのは、神殿の祭具庫。
整えられすぎたその空間は、まるで心を閉じ込めてしまう檻のようだった。
壁も床も棚も、どこもかしこも冷たくて、無機質。
なにもかもがきっちりしすぎていて、リュミは息が詰まる。
「祈りなさい。女神の御心に従うのです」
神官の声が冷たい空気を震わせる。
リュミは、そっと首を横に振った。
「……いや。この子は魔物じゃないもん。だから……ふわふわ、できないの」
「なにを言っているのです。あなたの力は、すべてのものを導く。足りぬのは、祈りの心です」
神官はやさしげな声のまま、冷たい手でリュミの頭に触れ、ぐいっと押さえつけた。
「さあ、女神のために祈りなさい」
「やめてっ! ちがうのっ、そんなの、ぜったいちがうの!」
リュミの叫びが、石の壁に反響する。
神官の眉がピクリと動いた。
「恐れは罪です。あなたは選ばれた子なのですよ」
「リュミは……リュミの力は、森のためにあるんだもん! ねぇ、ちがうよっ!」
その瞬間。
地面が低くうなり、地鳴りが起きた。
ゴォォォォン――!
白い重たい石の扉が、まるで風船のように吹き飛んだ。
外から吹きつけた冷たい風が、怒りのように祭具をなぎ倒していく。
壁に掛けられていたタペストリーが大きく舞い、空気が一変する。
その粉塵の向こう側に、ひときわ大きな影が立っていた。
嵐を思わせる荒々しい毛並み、燃えるような金の瞳。
パッロだった。
「どきやがれ、このアホ神官どもォォォッ!!」
パッロは床を力強く蹴りつけると、重たい前脚をふるって神官たちを吹き飛ばした。
その背後から、リンコが羽を広げ、宙を舞う。
「リュミ――っ! お迎えに来たわよ――!!」
窓という窓から、影がなだれ込んでくる。
蝶の魔物たちが天井を埋め尽くし、キラキラと光の粉をまき散らした。
ムスティの仲間の小さな蜘蛛たちが糸を走らせ、逃げ道をふさぎ、モグラの魔物が床を突き破って、神官たちの足元をグラグラにする。
そして――森の仲間たちが一斉にやってきた。
イノシシたちは壁を突き破り、キツネは素早く走り抜け、シカは神官たちをぐるぐると追い回し、リスたちは祭具をぐしゃぐしゃにひっくり返す。ウサギたちはリュミのまわりに跳ね集まり、小さな体で彼女を囲むように守る。
ほんの一瞬のうちに、祭具庫はふわふわたちで埋め尽くされた。
リュミの目が大きく見開く。
こぼれそうな涙が、光を受けてキラリと輝いた。
「……みんな……きてくれたの?」
「当たり前だろ。リュミは、オレたちの大事なともだちなんだからな」
パッロがゆっくりと近づいてくる。
あたたかくてどこか懐かしいにおい。パッロの体が、そっとリュミを包み込む。
リュミが見上げると、まっすぐな金の瞳が、やさしく彼女を見つめ返していた。
もう怖がらなくていいんだよ――そう言ってくれているようだった。
「このっ、リュミいじめの変態神官どもっ!」
リンコがくちばしで神官の帽子をくわえ、高く放り投げる。
それは天井にぶつかって、くるくると落ちてきた。
「退けっ! 女神の聖域を穢すな――!」
神官が杖をふるう。
光が走るが、蝶たちのきらめく羽にその光はすぐに呑み込まれた。
風が巻き、光が舞う。
森の息吹が、神殿の中を吹き抜けていくようだった。
エルドが一歩前に出て、リュミの前に立つ。
「リュミ、立てるか?」
「うん……でも、ちょっとだけ、こわいの……」
「大丈夫だ」
エルドの声は静かで、だけど、とてもあたたかい。
「もうおまえをひとりにはしない。帰ろう」
その言葉を聞いた瞬間、リュミの胸の奥でなにかがふわっとほどけた。
かたくなっていた心が、ゆっくりとあたたかく溶けていく。
パッロがリュミを背に乗せ、ムスティが肩に舞い降りる。
リンコは外の様子を見て、大きく羽を広げた。
「ったく……空気がじめじめしてて気持ち悪い! いっそ、燃やして入れ替えてやるわ!」
リンコの声に合わせ、赤い羽が一閃する。
炎のように見える赤が一帯をあたため、舞い上がった蝶の鱗粉は火にも負けず、逆に光を帯びて宙にきらめく。リュミの頬を濡らしていた涙は、やさしい風にさらわれて消えていった。
リンコはちらりとリュミを見て、ふっと表情を緩める。
「……泣いている暇なんてないわよ。さぁ、もうひと暴れするわ!」
崩れた壁から、小鳥たちが飛び込んでくる。
その爪には、ピチピチと跳ねる魚――リュミがふわふわにした魚の魔物だ。
「あんたたち、飛べもしないのに来たの?」
リンコが呆れたように笑う。
魚たちは返すように、くわっと口を開いた。
放たれた水弾が放射線を描いて飛び、神官に命中する。
水が炸裂し、神官は倒れた。
「よし、上出来!」
リンコがくちばしを鳴らす。
「そのまま援護! 小鳥は高度を下げすぎないで!」
ツンとした声に、鳥たちがキュルルと鳴いて応える。
「行くぞ!」
エルドが杖を掲げるとパッロが咆哮し、仲間たちが笑い声のような鳴き声を上げる。
神官たちは混乱し、力を合わせて立ち向かおうとするが、森の仲間たちの連帯感に押されていった。
リュミはパッロの背で小さくつぶやく。
「ねぇ、女神さま……リュミ、まちがってなかったよね……?」
風はその問いに答えるように、彼女の髪をさらさらと撫でた。
あたたかな光がふわりと広がり、それはまるで森じゅうの「ありがとう」が集まったかのようにやさしく包む。
リュミは目を閉じて、ぽろりと涙をこぼした。
「ほら。笑って、リュミ」
ムスティが笑い、リスたちが小さな手を振る。
リュミは涙を拭って、ふっと、本当にうれしそうに笑った。
仲間たちに包まれて、胸の中のモヤモヤがゆっくりと消えていく。
やがて、ふわふわたちは祭具庫を離れ、森へと戻っていった。
パッロはゆっくりと森の道を進む。リュミは彼の背で安心しきった顔をして、小さな声で言った。
「みんな、ありがとう……」
「ああ。リュミ、家へ帰ろうな」
「うんっ!」
リュミの返事は、今までで一番元気だった。
最後まで読んでくれてありがとうございます!
実はこのお話、全部で42話でもう完結まで書き上がってます。
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