70話:セナ・マギステル
他視点
昨夜幽閉塔が襲撃された。
「放火による陽動とは、どうするつもりだ、マギステル?」
「どうと言われてもな。結局襲撃は失敗。王女らしき姿を見たのも『夢の架橋』だけだ」
小王国から巨悪を追って現れた探索者たちは、陽動に気づいて幽閉塔に残り襲撃犯を迎え撃ったという。
襲撃犯は覆面で顔を隠していたため、断定はできないものの中に長身が一人いたとそうだ。
それが『血塗れ団』教導師ブラッドリィだとトリーダックは言った。
どうも仮面が認識を阻害するマジックアイテムらしく、気を強く持たなければその特徴的な長身さえ見落としてしまうのだとか。
(確かにブラッドリィは仮面の男と言われているがその割に目撃情報が少なく足取りがつかめない犯罪者だ。そんなマジックアイテムがあるなどとは聞いたことはないが、アーティファクトであるなら)
探索者ギルドに照会した限り貴族相手からの指名依頼がある以外政治色はない探索者。
嘘を吐くような背後関係があるとも思えないが、我々に反発して指揮下に入ることを拒み、ほぼ活動のなくなった探索者ギルドからの情報と思えば信頼性に欠ける。
とは言え今回の功労者だ。
関係悪化は望む所ではない。
何より荒っぽい物言いや見た目の割に、悪を倒すという正義を標榜する心に嘘は感じられないのだ。
その上で幽閉塔の管理をするオットーがいう、どうするとはトリーダックたちについてではない。
「逆に聞くが、王女の逃亡を喧伝する気か?」
「それは…………。だが、このまま何もしないわけにはいかないだろう? 火が出たことで民衆が騒いでいる。何か目に見える対処はしなければならない」
けれど放火の犯人を名指ししての鋭意対応中という文句は使えない。
それは王女の逃亡を許したという失態を報せるだけだ。
それで罪に問われるのは目の前の議員であり、現状の政争の過熱具合から一歩間違えれば断頭台行きになるほどの失態だった。
与党の仲間であるので私もそれは避けたい。
「そのことで王党派が復古するのも避けなければならん。もしくは穏健派が口を挟んでくるのも阻止しなければ」
「確かにまた穏健派に出張られては遅々として政策が進まない。だがなおのこと民衆の不満を逸らす手が必要だぞ、マギステル」
そうだ。
不満を逸らすのに一番簡単な方法が公開処刑であり、目に見える成果だった。
政敵も殺せて民衆も沈下する、さらには罪人として財産を没収できるという一石二鳥以上の手段だが、今回これは使えない。
仲間が一番断頭台に近いのだ。
それは自らの手足を捥ぐに等しい。
捥がなければもろとも死に至るということでもない限りやるべきではない。
「あ、王子はどうだ? どうせ使い道もない。王女らしき人物が幽閉塔内部で見られたのなら、放火が王党派の誰かなのは確かだろう。ならば王子のために行われた蛮行だと発表して諸悪の根源を絶てばいい」
私は焦り故の浅はかさに首を横に振る。
「王子はもう公の場には出せない。斬るだけの首も伸ばせない四肢の硬直があると報告されているだろう」
「そう言えばそうだったな」
二年前から見ていないが報告は上がっている。
オットーも管理者であっても幽閉塔へは行っていないのでまた聞きなのだ。
無残な姿で世話係はすぐに辞めるか雑に扱って直視しないか。
容体が良くないらしいとは聞いているので、王子は放っておけば勝手に死ぬのだろう。
『夢の架橋』も医者に見せるべきだと言い、蔑みを隠した目はそれほどの惨状だったのだと知れた。
同時に最期くらいはと言っていたのだから、探索者という危険に身を置く者から見ても長くはないはずだ。
王家でも子供だと繰り返していたことを考えれば、民衆の宝というべき子供に重きを置く道徳観念を持っているのはわかる。
ただ、小王国という王族という無駄を未だにありがたがる蒙昧さで、いかにその意見が無用であるかをわかってはいないようだが。
「だが国内に混乱があると見られれば、他国が手を伸ばしてくることもあり得る。小王国が帝国の橋頭保になる可能性もあるだろう?」
「公国と王国両者と戦っている今、それは現実的ではないだろう。帝国がこちらに来るのは王国を呑み込んでからだ」
とは言え、王国の情勢もわからない。
出て行く者はいるが、外から入ってくる者は少ないのだ。
だからと言って『栄光の架橋』のような他国に本拠を持つ者を頼りすぎるわけにもいかない。
外から来る外交官は長居をしないし、知らないとばれてアドヴァンテージを取られるわけにもいかない。
(目的が同じ限りその目的のためには信用はできる。だが、所詮は探索者という浮薄の徒。最も危険な場所に送り込んで確かに働いてもらったほうがどちらにとっても良い結果になるだろう)
頭が痛い問題は積み重なるばかりだ。
けれどこれは耐えなければいけない試練と言える。
耐えるのはひとえに民のため、新たな体制のため。
今は生みの苦しみの時なのだ。
「犯人不明で捜索を続けるしかないか。もう一つの問題については、策があるのか?」
「『血塗れ団』か」
「…………本当にいるのか?」
オットーは疑いを持って聞いてくる。
トリーダックたちは王女の目撃情報をもたらした。
そして実際に王女は行動を起こしている。
それを信じて『血塗れ団』についても鵜呑みにしていたが、確かにあの探索者以外に見た者がいない。
いや、いっそ無力な王女がこれだけのことを起こしたのは『血塗れ団』の入れ知恵とも考えられるか?
「放火を行ったのは王女本人ではないだろう。王子の顔を知るのは王女だけだ」
「そうだな。では誰が? 王党派は排除。残っている者たちも監視がついていた。候補者がいないが、疑わしい者ならいる」
「そうだ。だからこそ、『血塗れ団』じゃないのか?」
王女のために人員を割いた可能性がある。
「二人だけという話だっただろう?」
「共和国に入ったのがだろう? もっと以前から伏せていた可能性はあり得る」
元から国を渡る犯罪者だ。
潜んで手引きする要員がいてもおかしくない。
「確かに放火だけならそんなに数を割く必要はないな。ふむ…………問題が増えたじゃないか」
オットーは額を押さえて座っていた椅子を軋ませる。
「そうじゃない。犯人を名指しできる。そして王女と王子を殺しても犯人にできる。また、王子と違って捕まえれば断頭台に送れる。『血塗れ団』であるならそれがいい」
「…………なるほど」
私の指摘にオットーは額を押さえていた手を払って明るく返す。
最悪それらしい者を捕まえて『血塗れ団』にすればすべて解決だ。
とまではいかないが大半は解決できる。
民衆の不満は除けるし、私たちに責任は及ばない。
王女と王子という面倒な荷物も殺して問題はなくなるし、最悪知らないところで死んだことにすれば本人が名乗り出ても偽物として扱える。
他国はどう動くかまでは不明だが、『血塗れ団』に国は関係ない。
諸国も面倒な犯罪者がいるとなれば、積極的に突くより様子見を選ぶ可能性が高いだろう。
「となると、始末は例の奴に任せるとして、こちらは『血塗れ団』のほうに注力すべきか」
「こちらは喧伝のための準備をしよう。まずは相手を知ってる『栄光の架橋』に捜索の指揮を任せる。その上で処刑する人員の見繕いもしておく。あいつはこういう時のために面倒を見ているのだからきちんと働いてもらうさ」
私たちは打ち合わせを行ってから『栄光の架橋』を呼ぶ。
「つまり、王女より被害大きそうな『血塗れ団』押さえるほうが先決って? まぁ、言ってることはわからなくはないが…………」
トリーダックが不服を表明したのは、王子のことを据え置きにしたためだ。
幽閉塔から動かすほうが危険な状況だと説得することで頷かせることはできた。
「政策なんてのはわからん。だが、こっちだって交渉事ってのには経験がある。あまり舐めるな」
頷いた後に歴戦の烈風を感じさせる眼光を向けられた。
そこには私たちの下心など見通しているという圧がある。
だがそれがどうしたというのか。
わからんというとおり彼らに手出しする権限などない。
私を睨んで溜飲が下がるならそれでいい。
ここで投げ出すならその程度で、傑物と思った私の過大評価だったという話だ。
とは言え、こうして引き受けると思っている点、私は彼らの善性を評価している。
「ち、食えない奴だ」
トリーダックは睨むのをやめて舌打ちをした。
その引きの良さに少々気になる点はある。
王子について言って来た時はもっと熱量があった。
「だったら俺はまた幽閉塔の警備に戻るぜ」
予想外の言葉に私は思考が止まる。
珍しいことだがしょうがないだろう。
そんな私にトリーダックは鼻で笑った。
「どうやら『血塗れ団』のやり口ってのがわかってないらしい」
「…………では、ご教授願おうか」
今度は下手に出た私に、トリーダックが意外そうな顔をすることになる。
その後はばつの悪い顔で手短に告げた。
「『血塗れ団』は二度三度と騒ぎを起こして左右に振り回す。だが、その実狙った獲物は執拗に追い駆けるんだよ」
「つまり、最終的に狙うのは幽閉塔であることに変わりはないと?」
「王女を手駒にしてるなら、最終的に切り刻むにしても王子も手に入れるつもりなんだろう」
吐き捨てるように言うトリーダックの義侠心は本物だ。
だからこそ本当に『血塗れ団』を捕まえようとしての行動であることがわかる。
「放火犯に心当たりは?」
「そっちにないなら『血塗れ団』だろ」
同意見ならばこちらの動きも限定的でいい。
「他の可能性をこちらは探る。同時に街の封鎖を続けて、捜査網を張る。君たちが控えているとは言え、幽閉塔が狙われているとなれば警備の強化のため人員を集めなければ」
「それがいい。下手に手を抜けば向こうが警戒する。『血塗れ団』はその残忍な手口で霞むが、その計画性と逃げの手腕も一流だ。疑われない動きのほうがいい」
「なるほど、手口が露見していないと慢心させるか」
頭を使うものだ。
だからこそ信がおける。
使えない味方のほうが厄介だと、私は今までの経験で学んだ。
「そんなところだ。こっちはこっちで動く」
「あぁ、それでいい」
私は安心して任せることにする。
私の知る腕の良い探索者はその気性や行いに多々問題があった。
だが、『栄光の架橋』はそんなことがない。
「できればまた協力関係で生きて会いたいものだ」
私は建物を出たトリーダックたちを窓越しに見送った。
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