71話:予想外の決意
王女主導による、王子救出は失敗に終わった。
陽動で放火し、警備を外におびき出すまでは良かったのだ。
放火を行った者も騒ぎに紛れて逃げ、逆に王女は見咎められることなく幽閉塔に侵入、そこまで上手くいった。
けれど幽閉塔には探索者のトリーダックたちが待ち構えていたのだ。
(気楽について行っただけなのに、またあいつらは俺を目の敵にしやがって)
違うと言っても聞かない。
何故か俺が王女に放火までさせたみたいなこと言いだして筋違いな非難を怒鳴っていた。
(殺していいかな? …………なんて考える自分がなんか嫌になるんだよな)
だから今回も大した攻撃もせず退いた。
なんでか伯爵に任されてしまった王女も連れ帰っている。
何せここ伯爵の屋敷には瑪瑙を残していたから帰るのは簡単だった。
廊下の角を曲がる隙に転移で消えるだけの簡単なお仕事だ。
「失敗…………、わたくし、ごめんなさい…………ごめんなさい、ルーク」
王女は湿った声で繰り返し、落ち込んでる。
伯爵とその仲間も暗い顔で、全体的湿っぽい雰囲気だ。
「わたくしの不手際で…………。何が悪かったのか…………」
「それは明白だろう」
手持ち無沙汰でつい王女の独り言に答えてしまった。
王女は涙目で俺を見上げて答えを求める。
俺は目を背けてそのまま喋るしかなかった。
「…………まず誰も残っていないという想定が間違いだ。こちらが最大の目標として見据える重要人物なのだから最後の守りはいるという想定の上で、己がどうするかを全く考えていなかった。だから時機を逸して逃走以外の手がなくなった」
「確かに侵入のため手勢もなく向かって、手立てがなくなったのはそうでしょう。しかしそれはあなたがいるからこそルピア王女殿下もそうしたはずだ」
伯爵が責めるように俺を見て言うけどそれはお門違いだ。
「私に何か、指示を出したかね?」
「それは…………」
俺の指摘に伯爵は口ごもる。
俺は何をしろとも言われてないからついて行っただけ。
言われたら断ることも考えてたのに、なかったんだよ。
(言い訳に使えるから指摘しなかったけどさ)
俺に文句言えなくなった伯爵が黙り、王女もまた顔を手で覆って俯く。
うん、これで保身はできたな。
今回の失敗は俺のせいじゃないし、無理ってわかったんだから失意の王女は伯爵に引き受けてもらえばいい。
NPCたちにもこれで共和国で何の成果もないことの言い訳が立つから、神として失望されることはない、はずだ。
そう思ったらイテルが口を挟んだ。
「なるほど、ですから私にも口を出すなと厳にお命じになったのですね」
「うん? うむ、そうだ」
何がなるほどかはわからんけど。
わからないからこそ反射的に頷いた。
けどそれで今まで失敗したんだ。
そう思いいたったけれど遅かった。
後から悔いると書いて後悔とは、昔の人の含蓄に感心しそうになる。
「どういうことだね?」
顔を顰めて伯爵が聞くと、イテルが当たり前のように答えた。
しまった、一度喋っていいと許可したままだ。
その後静かだったから忘れてた。
「このお方は覚悟を問われた。それを見せよと王女に仰せになったわ」
「そう、ですわね」
王女が顔を上げてイテルに応じる。
何処か縋るような、答えを求めるような王女の目をイテルは全くの無感動に見返した。
「あなたには覚悟が足りなかった。王女としての地位を捨てるほどの覚悟が。縋るのならば、求めるのならば立場など考えずにその身を投げ出してただお力を求めなければいけなかった。王女としてあるまじき行いさえやり通して望む結果を手にする。そのための力を貪欲に醜悪に求める覚悟が」
イテルの暴論に室内の誰もが絶句する。
俺もその適格さに戦いた。
(確かに敵でもない相手に縋りつかれて助けろと言われたら断れない小市民だけど!)
それとも何か?
一回ファナに押し切られたみたいなこと知ってて言ってるのか?
そんな俺の心の声が聞こえているように、イテルはうっとりとした顔で続けた。
「物の数でもない天涯孤独の少女がおすがりした時には、その覚悟の確かさを以てこのお方はその身をお預かりになった。その姿はごみのようで虫よりも無残であったのに。それでもその目にはやり遂げる確かな意思、折れない志があったからこそのお慈悲よ」
「やり遂げる意思…………、折れない志…………」
王女は復唱し、瞬きを忘れた目は見開かれ、苦しげに胸を掴んでいた。
「えぇ、あなたにはそれがあった? 幽閉塔という苦しくも屋根のある場所にいたあなたに。試すなどは不敬というようであれば、あなたは覚悟がないにもほどがある。人間の手は二つ。その両手に抱えたものを捨てなければ、今欲するものをその手に抱けないなんて当たり前のことでしょう」
「わたくしは、そんなつもり…………、いえ、でも…………」
呟く王女の目には暗い輝きが光り出す。
「…………あぁ、そういうことですか。わたくしは呪いました、憎みました、怨みました」
流れるように溢れる怨嗟の言葉は、まるで祈るような切実さがあり、胸の前で指を組む姿は敬虔な修道女のようでもある。
「ですがどこかで己こそが正統であり、呪われることも、憎まれることも、怨まれることもないと信じておりました」
「人を呪わば穴二つ。己の命さえもかけてこその呪いよ。半端な覚悟で呪うなどとは片腹痛いわ」
王女の懺悔に魔女が不穏に笑う。
元の美しさと相まって、悪辣さを隠さないイテルの表情には凄みがあった。
そして王女もつられるようにイテルに笑いかける。
上品さを失わなかったその顔は、今や狂ったようないびつさが前面に出ていた。
「あぁ、あぁ! どうか今一度チャンスを! わたくしが心得違いであったことは理解いたしました! ですが、今を逃しては弟が助からない! 今度こそは、何をおいてもあなたさまにお縋りいたします! どうかお慈悲をくださいませ!」
俺を見る王女の目は滾るような熱が揺れる。
その危うさを見て、さすがに伯爵が口を挟んだ。
「ルピア王女殿下、それはさすがに無理というもの」
「ふ、まだ理非を知らぬ者がいるようね」
説得を試みる伯爵をイテルが嘲笑う。
「このお方なら今からでも可能。万能の方にできぬことはない! 故に試すほどの余裕を持っておられるの。手抜かりなどないのです!」
おいー!?
おかしな雰囲気で口挟めなかったけど!
何言ってんだ!?
イテル! おい!
お前、一々言動が予想外すぎてネフ並みに厄介じゃないか!?
しかも全員が俺を見るから今さら慌てることもできない。
(うわ、見るんじゃなかった…………)
イテルは自信満々で俺を見上げる。
王女は暗い熱のある目だ。
そしてなんでか伯爵もギラギラしてる。
この部屋に満ちる圧力が、黙っていることさえ許さない感じだぁ。
「…………造作もない。造作もないが、私は今この場でなんの権利も、責任もない者だ。そんな相手に本当にことを預けていいのかね?」
正直できるはできる、けど力尽くになる。
そして俺の力は神だ。
どうレベルを押さえても破壊する範囲が広くなるんだよ。
(ゲームだと効果範囲広いのは利点だったけど、こうなると使いにくさでしかないな)
火の玉一つ撃つつもりが、複数範囲で被害が広がるんだ。
街中でできることは意外と少ないと今さら気づいた。
だからこそ街壊してその責任とか賠償とか言われても困る。
(だいたいこっちの力はゲームだから派手さが…………うん? 待てよ。エフェクトこそ派手だが各種援護ならどうだ? 俺以外を強くすれば?)
援護の魔法を一度かけた相手は公国の山の民だった。
すごく元気に走って行ったし、あれが素の動きだとしたらあれだけど、それなりに能力向上で低位ながら戦力になるんじゃないか?
(いや、駄目だ。ゲームでも援護のあるとなしでは段違いだったじゃないか。一度援護できる相手を捕まえたプレイヤーは放さなかったし、独占欲的な縛りも無理に押しつけて話題になった奴がいた。それがこの世界で俺にかかるのは嫌だ)
考えこんでいると、伯爵が近づいて来た。
一歩引こうとするといきなり俺の足下に跪く。
「なんのつもりかな?」
「わかっていたのです。ルピア王女殿下の無謀はわかっていたのです。他でもない私がこれまでどれほど手を尽してもできなかったのですから! けれど止められなかった、投げ出す勇気がなかった! だというのにあなたはルピア王女殿下を確かに連れ戻してくださった!」
「うむ、そうだな」
「言うとおり、主張する権利もなく、負うべき責任もないのに、あなたはそこまでしてくださった! このもはや緩慢な死に近づく国で、あなただけが先を見ている!」
どういう話だ?
なんか熱くなってるみたいだが…………。
「あなたをおいて他に、王室の宝たるルピア王女殿下をお預けできる方などいらっしゃらない! どうか、お助けを! 望む限りなんなりと私をお使いください!」
「伯爵!? あなたがすべきではないわ! 最初に願ったわたくしこそが!」
「失礼ながら、ルピア王女殿下に今差しだせるのは覚悟のみ。そして、その覚悟こそあなたのよすが。であれば、臣として私も倣い覚悟を見せねばならぬのです!」
伯爵は覚悟を決めた目で言い切ると、王女は唇を震わせて言葉を飲む。
また泣き出すかに見えた王女は、突然俺の前に伯爵と同じように膝を折った。
「伏してお願いいたします!」
王女の声に、イテルを除く室内の誰もが倣って跪く。
(なんだ、この状況?)
部屋の誰もが俺に傅き、イテルは満足げにキラキラした目で見て来る。
(あ、これわかった。俺の世界でもあった気持ちだ)
創作やってるからこその性…………信奉者を裏切るのが、怖いんだ。
「…………覚悟を決めたからには、その時を騒がず静かに待つがいい」
喉がないからか、精神への圧を感じながらもノーと言えない俺の声は震えなかった。
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