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39話:ブラッドリィ

他視点

 悪夢だ!


 息を吐くだけで肺が痛い。

 周囲は異常な寒さに包まれており、それを成しているのは美しいが十も半ばの華奢な少女だった。


「はぁ、指先を切ったのさえ無駄だった気がしてくる弱さね」


 傲然と言い放つ明らかな見下し、明らかな侮蔑。

 けれど言い返すこともできないほど、彼我の戦力差は明白だった。


 私は必要最低限、体を動かすだけの息を吸うことに集中する。

 すでに床に伏して八人が動かない。

 姿も態度も、指先を濡らした血の滴一つでここまでやった化け物を前に注意を逸らす理由にはならない。


「やはり火を起こしても暖は取れません!」

「波状攻撃であっても攻撃が何一つ当たりません!」


 寒さは一向に緩和しない。

 だからと言って斬りつけても殴りかかっても、魔法を放っても一向に当たらない。


 腰から生えた羽根に機動力があるとは思えないのに、風に舞う木の葉のように攻撃は避けられる。


「ならば、弾幕を張れ! 範囲攻撃だ!」


 私を中心に部下たちとタイミングを合わせて魔法攻撃を放った。

 それは熟練のコンビネーション。

 命をかけた鍛錬の賜物。


 避ける隙もないほどの放射は、王国の英雄とて回避は不可能だろう。

 命の危機を前に、振り絞った集中力と魔力、そして気力が目が眩むほどの魔法光を生み出し視界を埋めた。


 だというのに、少女はさもつまらなさそうに美しい顔に不快を浮かべる。


「そんな浅知恵通じるわけないでしょう。私を舐めてるの?」


 可憐な化け物が不機嫌そうに吐き捨てると同時に血の滴を飛ばした。

 それだけで、起死回生をかけた私たちの魔法は押し負ける。

 同時に四散する血の滴が恐るべき冷気を纏った。

 運悪く触れた部下が一人、一瞬にして命を奪われ凍り付く。


 さっきからこれだ。

 目に見えないほどの滴が触れただけで凍える。


 その上これだけ一方的な力を見せつけておいて、抵抗できない私たちに対して不満を並べるのだ。


「もう、どうして最低限の攻撃力も保持していないの? 迎撃が発動しないならレベル六十以下だけど、回避になっているってことはあなたたちレベル四十以下の雑魚にもならない弱者じゃない」

「何を言っている!? なんなのだ!」


 弾幕さえ意味がないなんて、理不尽にもほどがある。

 不意打ちなら英雄を騙るヴァン・クールにも重傷を与えられる、いや、最初の人数差があれば必勝とも言えた威力なのに!


 腕一本でも、指一本でもない、指先から零れる血の一滴だ。

 この化け物は人間ではない。

 だからと言って既存の亜人でもない。

 こんな理不尽な力を持つもの見たことも聞いたこともないのだ。


 何かわからない者が理解できる言葉をしゃべり感情を持っている。

 それが酷く不気味だった。


「ありえるかこんな圧倒的な…………まさか!? 貴様が奴らの言っていた神か!? ならば巨人はどうした!?」

「巨人なんてそっちの山のほうにいくらでも、あぁ、そういうことじゃないのね。この地の神についてのことか」


 当たり前に広い窓の外を指すが、気づいた様子で不快を前面に見せる。


「あら、その前に言ってたことは何? 私がこの地を統べる神とでも言いたいの? それはなんて侮辱? 父たる神を私ごときと同等に貶めるなんて!?」


 突然怒る美少女が威圧を増して私たちをねめつけた。


(感情に流されて情報を漏らしたが、どういう意味だ? 父たる神? つまりこの少女は神の子だとでもいうのか?)


 だが巨人は山にいると言いかけていたようだ。


 わからないことが多すぎる。

 だが同時にこれだけはわかる。

 ここは危険で、こいつも危険で、人類のためには命を賭しても一矢報いなければいけない相手だと。


「皆! 私のために命を投げ出せ! その時間を使って最終兵器を起動する!」

「あら、父たる神の言うとおり奥の手があるのね。良かった。さ、神を楽しませるためにさっさとやってちょうだい。あぁ、邪魔はしないわよ。けれどあなた以外の命が必要で、自ら同族を殺すことに躊躇いがあるのなら手を貸してあげるわ」


 少女は初めて友好的な笑みを浮かべた。

 それは引き込まれるほどに愛らしいが、口にするのはおぞましい内容だ。


「ふざけるな! 神は我らの神のみ!」


 部下が神官としてのジョブを発揮して悪しき者を浄化する光を纏い突貫した。

 けれど美しく幼い化け物は指一つ触れずに殺す。

 触れられもしなければ、あの浄化の光は届かない。

 確実に邪悪であると断言できる敵であるのに、決して届かないのだ。


「神なんていくらでもいるでしょう。まぁ、人間が認識できる範疇は狭いからわからないっていうのは知っている気がするけれど」


 戯言だ。

 けれど邪魔をしないならいくらでも囀っていろ。


 私は教皇猊下より与えられた武器を取り出した。

 それは剣や槍なんかじゃない。

 装飾などない、横笛だ。


 見た目にはなんの変哲もないが、恐るべき力を持つ兵器となる道具、アーティファクト。


「笛…………なんの、誰の笛なの!?」


(こいつ、知っている!?)


 これは救世教創設者の秘宝であり、創設者は人知を越える力を持った偉人だ。

 それを知っているならば答えは一つ。


 こいつは、いやこいつらは異界の悪魔!

 初めて見たが、絶対そうだ!


「あいつが動揺した!? ブラッドリィさまをお守りしろ!」


 部下が盾になる間に、少女の姿の悪魔は警戒も露わに初めて前進する。

 今まで浮遊はしていても近づいてくることはなかったが、そこには攻撃の意思があった。


 私は意を決して笛に口をつける。


「やれやれ、神を呼ぶ笛であるならさすがに吹かせるわけにはいかない」


 突然男の声が近くに現れた。

 そして私の目の前に夜空が煌めく。

 非現実的な、それでいて目を奪われる、幻想的な深い星々の煌めきに引き込まれるようだった。


 瞬間、溜め息を吐いてしまう。

 それが横笛を鳴らした。

 息を吹き込めば勝手に曲を奏でる魔法の道具だ。


 意図せず私の目の前には魔法陣が展開した。


「うん? この曲は違うな。風神の石笛のほうか。驚かせてくれる」


 誰かは知らないががっかりした声に、私の思考は怒りに染まる。


「伝承では人間では及びもつかない神の使いを呼ぶアーティファクトだぞ! 操れるのは私だけ! ただのテイマーではないぞ! 私はこの魔法の才能をもって選ばれたのだ! 悪魔如き…………、いぇ?」


 その時私はようやく声の主を見た。

 けれど言葉はそれ以上出てこない。

 そこにいたのは、何と表現すべきかもわからない存在だった。


 夜空が凝縮したような人影に耳目はなく、身にまとうような雲や雷鳴、光の帯は美しくも現実感などない。


(なんだ、これは? これが、喋っていたのか? これが人間の言葉を?)


 信じられないという思いが私の中で膨れ上がる。


「ふむ、神の使い。確かに神の使いとして作られはしたが、別に倒そうと思えば倒せるだろう。操るのもやろうと思えば可能だ。イブ」

「はい、父たる神よ。すぐにその駄馬をあなたの御前から排除いたします」


 傲岸不遜だった少女がしおらしく応じた。

 そして目にもとまらぬ速さで、魔法陣から現れたドラゴンホースに何処からか取り出した剣を振る。


 細腕から放たれるにはあまりにも鋭い一撃。

 ドラゴンホースは嘶きを上げることもできずに二つに割かれた。


「馬鹿な!? 強靭な肉体とブレスは一軍を壊滅に追い込むこともできるのだぞ!?」

「ドラゴンホースごときでか? いや、ブレスでの遠隔からの攪乱、移動速度での急襲、騎乗者が一撃必殺で指揮官を討てるならありか?」


 もはや私に興味もないように夜空の人影が呟く。

 何故神の使いとして存在する希少なドラゴンホースを知っているのか。

 私は心胆を震わせる恐怖を飲み込んで声を上げた。


「ふ、ふざけるな!」


 私は今度こそ意思を持って笛を吹いた。

 すると全く同じ曲が流れるものの、その音は幾重にも重なって響き渡る。


 この笛の恐ろしいところはこれだ。

 いくらでも、無制限に恐ろしい神の使いである魔獣を呼び出すことができる。

 けれど魔獣の爪牙を逃れられるのは呼び出した者のみ。


 味方を巻き込むことの利がない状況では使用をためらったが、もはやそんな思考意味がない。


「ほう? 十二体も同時に召喚したか。だが、所詮はドラゴンホース」


 夜空の人影が埃を払うように何げなく手を振った。

 その動作に威はなく、圧する気もない。

 だというのに、殺意を露わにしていた魔獣十二体は一歩踏み出した途端に焼け死んだ。


(なんだこれは? 夢か? 悪夢か? ドラゴンホースが、手を振るだけで燃えかすになるなど、ありえない…………)


 気づくと笛は奪われていた。

 力を込めて掴んでいたのになんの抵抗もないように、星の煌めく指が掴み取る。


「さて、茶番もこれでいいか。イブ、これ以上の力は?」

「ないです。あったらもっと早く出しているでしょう」

「だったら一人ずつ始末して、最後のこいつを残して何もしないなら始末を」


 無慈悲に告げられる言葉は、不用品の処理だ。

 わかる、こいつは絶対者だ。

 あの少女悪魔が嫌に素直になるほどの。


「あ、あぁ、あぁぁあああ!」


 部下が耐えられないように夜空の塊に剣を振る。

 けれど瞬間なんの動作もなしにドラゴンホースを焼き尽くしたのと同じ、強力無比な魔法が炸裂した。


 部下は周囲の仲間も巻き込んで、一瞬にして消し炭となる。


(こんなの、無理だ。敵うわけがない。…………けれど、諦めるわけにはいかないのだ!)


 この世界のために、こんな理不尽を許容するわけにはいかない!


「認めるわけにはいかない。これが、こんな者が神だなどと認めることはできない!」


 私の声に応じて生き残った部下が走る。

 私ももうなりふり構わず魔力を練り込み最高位の魔法を叩きこむ。


 理解できない、したくない。

 だったら考えるこの命を神に、正しき神に捧げるのだ!

 私は最期まで神の信徒たるぞ!


 そう決意した私たちの攻撃は、少女悪魔よりも苛烈な反撃により、強烈な光の中に消えて行った。


毎日更新

次回:愚者の考え休むに似たり

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