40話:愚者の考え休むに似たり
「皆よくやった。笛を出された時には混沌の神の使徒でも呼ばれるかと思ったが杞憂であった」
「勿体ないお言葉でございます。杞憂であっても大神に並ぶ使徒を呼ばれては我々も対処の仕様がございません。神の慈悲深く勇敢な行動にわたくし胸を震わせておりました」
スタファが満面の笑みで答えると、チェルヴァが存在を主張するようにせり出した角をスタファの前に押し出して俺を見上げる。
「あの程度の者など我が君の命とあらばいくらでも掃討いたしましょう」
「逆に弱すぎて困ったわよ。け、けど、私だけ特別に、父たる神が、うふふ」
何やらイブが一人含み笑いをする横で、ティダとアルブムルナが肩を竦めた。
「本当、威嚇程度で死んだ時はどうしようかと思ったよ」
「結局俺たち相手には奥の手出さなかったし、消化不良だ」
NPCによる『血塗れ団』の感想は、全員一致で弱いだった。
これは良い情報だろう。
名の知れた犯罪者があの程度なら一般人に警戒は低くていい。
(けれど英雄がいて戦争が起きてる。さらに犯罪集団も闊歩してるし、一般人以外もいることは気に留めておこう)
問題はあの『血塗れ団』がどのレベルかだ。
エリアボスは幅こそあれどレベルマプレイヤーに善戦できるレベル。
エリアボス以下のレベルで、イブへの攻撃判定が通らないならレベル四十以下という推測が立つ。
もっと考えると、俺のカウンターで即死というかオーバーキルだから、レベル二十台もあり得るか。
(レベル差をカバーするアイテムもゲームではあったが使わなかった。代わりに出したのが風神の石笛か。笛系はレアになると神使を呼ぶから焦ったけど)
アイテムとして風神の石笛は珍しくもないし、神使という大型イベントボスも呼べない。
その名のとおり風神という封印されていな大陸の神に関わる遺跡に行くと手に入る初期アイテムだ。
だが問題は、ゲーム内のアイテムであること。
召喚数の制限がなくなってはいたが効果は同じで、プレイヤーが以前に存在してる証拠になるという点だ。
そうなると救世教が怪しい。
そして敵役の俺が正体ばれると危ないし、エネミーのNPCたちも危険にさらされる可能性がある。
情報は必要だけど安全第一。
それにまだ設定思い出しきってないからNPCの運用も考えないと。
(考えることが多い。『封印大陸』終了で色々思うことあってストレスもかかってたし。なのに最後に大陸解放も失敗して気づいたら人間やめてて。…………疲れたな)
癒しって何かあるかな?
NPCが動いてるの嬉しくないわけじゃないけど、それ以上に心労が大きいし基本一人にしてくれない。
一人になれなくてもゆっくりできる場所とかあれば。
(そう言えば、猫のいる廃墟あったな。死にゲー内の癒しスポット。あそこで猫を撫で…………撫でられるか、この手?)
じっと手を見る。
「…………をどうするかを」
「おや、ここは大神のお言葉を借りて猫とでも呼称しましょうか?」
ヴェノスとネフの会話が聞こえて来た。
猫と戯れるイメージのない二人に、思わず聞き返す。
「猫に興味があるか?」
すると何故かチェルヴァが気づいた様子で答えた。
「汚らわしい虫のついた猫に興味はございませんが、それらを駆除するのならばお手伝いいたしますわ」
「ふむ、手入れがされていなければそういうこともあるか。だが、それで猫が死ぬならともかく突然虫の駆除をしても猫のほうは爪を立てるだけだろう」
チェルヴァって綺麗好きなのか?
けど確かに野良猫って衛生面で懸念があるな。
「虫程度ならともかく、猫がですか。それは厄介なことになるかもしれませんね」
ネフの言葉にスタファが頷く。
「猫など押さえつけてどうとでもできましょう。けれど駆除をとおっしゃるのなら大神は猫の死を望んではいない。ふふ、大神は猫をどうなさるおつもりでございますか?」
「それはもちろん撫でて愛でる。それでこの無聊が慰められることを期待してな」
宇宙柄の手を上げてみせて、それっぽいことを言ってみる。
けど実際はただ癒しが欲しいだけだ。
(思ったより乗り気か? 猫ってNPCにも人気? これも他の制作陣の影響か?)
そんなことを考えていると、ヴェノスが思わしげに尻尾を揺らした。
「猫をあやしつつの虫の駆除…………ではまず虫の種類、そして猫の嗜好性を調べるべきかと。じゃらす道具も必要になるでしょうね」
なんか本格的だなぁ。
それだけ本気で猫触りたいのか。
「猫ってあの廃墟になった街? あいつら猫神いなくなったのに居座ってる怠けものだろ」
「アルブムルナ、猫嫌いだもんね。地下にはたまにエサ取りに来るからあたし触るよ」
アルブムルナとティダが微笑ましく話していると、グランディオンも加わった。
「猫、一口で終わるからあんまり食べた気がしないんだよね」
そうだった!
こいつ森に棲む以外の動物は食べるんだった!
『男の娘のスプラッター! 背徳的! 滾る!』とか言ってた奴の設定採用しちゃったんだった!
「グ、グランディオン、お前はしっかり森の者たちを統率するように。今日のようになると森の者全体が荒ぶるだろう。よくよく注意して、平静を心掛けよ」
釘刺しとかないと、グランディオンはエリアボスだから狂化するとエリアにバフデバフをかけることになるのだ。
実際にチェルヴァがグランディオンを抑えても、森全体狂化続行の上、凶暴化した森のエネミーが同士討ちまで初める始末。
あれはちょっと困った。『血塗れ団』のほうがまだ対処が楽だったくらいだ。
「なんだか、話がかみ合ってないような気がするのだけど?」
イブが首をひねりながらそんなことを呟く。
そうか? 猫撫でたいなって話をおおげさに話しすぎたか?
「おや、アルブムルナじゃなくてイブのほうが気づくとは。珍しいこともあるものですね」
「口先宣教師、俺がなんだって? 猫、猫の話だろ。ちょっと興味なくて聞き流してたけどイブにわかって俺にわからないことないんだよ」
「はい、猫の話で、えっと、あれ? そう言えば大神が猫みたいっておっしゃったことが」
「え、それって確か地図の時に言ってたこと、グランディオン? じゃあ、猫ってもしかして?」
そう言えばそんなこと言ったな。
けどそれがどうした、ティダ?
「えぇ、そうよ。大神はこの大地を猫に仮託して言葉遊びをしていたにすぎないの! 神の遊戯、次なる獲物はこの異世界の猫! …………そうでございますわね?」
「ぉ、おう…………」
楽しげなスタファに圧されてつい頷いてしまう。
が、ちょっと待て!
「ほどよく争いで乱れていますから、付け入る隙はあるとして。何処から手を付けるかが問題だろう」
なんでかヴェノスはそのまま話を始める。
(待って…………。俺が追いついてない)
わからないから黙ってるしかないけど、話が進んでいく。
「わたくしは虫の駆除が重要だと思うわ。虫を全て潰すとなるとそれなりの準備が必要よ」
「人嫌いの女神たればこそでしょうが、そこは害虫だけに限定すべきでしょう」
チェルヴァとネフが虫の話をしているはずなのに、何故だか不穏だ。
「ねぇ、害虫って何? 猫の次はなんの話?」
「た、たぶん、今日相手にした人たち、じゃないかな?」
「猫、猫だと思うとなんかやる気が。けど暴れられるなら、うーん」
「父たる神が選んだ獲物に文句をつける気? ま、まぁ、私は別に猫なんて、面白言い方とか思ってないけど」
年少四人がそれぞれ首を捻っている。
俺も心の中では同じ状態だ。
「ここは王国。そして王国で名の知れた人間にすでに接触しているのよ。だったら王国から足掛かりを確保すべきではない?」
「それは早計では? 猫に自らすり寄るように仕向けるほうが楽しめるでしょう」
「あら、それは面白いわね、ネフ。そうなるとヴェノスが言ったじゃらす道具とやらを」
「えぇ、計略を考えて大神が猫を弄ぶ道具としなければいけないだろうね」
ヴェノスまでいい笑顔なのに、なのに…………。
(なんか不穏なこと言ってるー!?)
けど和気あいあいとしたその光景は平和にしか見えない。
(何か危険なことするのか? 俺の平穏は、身の危険は…………あれ? ないな。というか、ここが平和ならそれでよくないか?)
日の目を見せるためには外との交流が必要かとは思うが、NPCが住むここを荒らされるのは困る。
だから侵入者は排除はするとして、猫というか世界に興味はないけれど、ここを守るためには引き篭もっているわけにもいかない。
(となると動くのは決して悪いことじゃないはず。そして俺みたいな一般人でしかない奴が何かしようとしても大したことはできない)
格言にもある、愚者の考え休むに似たりだ。
俺は普通の人間で、設定は知ってるけどそれだけだ。
だったら頭がいいという設定のあるNPCに委ねたほうがいいんじゃないか?
『血塗れ団』みたいな奴ら倒す程度にしておけば悪評にもならない。
もしエネミーであることでこの世界の人間が敵に回るなら、計略を考えるというヴェノスのやり方は適してる。
(俺は神として方向性を示すだけで。うん、そのほうが絶対上手くいくだろ)
そうして暇な時には理由つけて公国みたいな場所を観光できれば、楽しい異世界生活になるんじゃないか?
「スタファ、あなたの部下をすでに送り込んでいるはず。そちらを活用する方向でどうかな?」
「えぇ、まずは王国での情報収集を主軸に置いて、そこから各国へと手を伸ばしましょう」
「けれどそれだけでは面白み欠けますわね。乱れている共和国への介入を模索してはどうかしら?」
「女神、であるならヴェノスに似ているというドラゴニュートも面白いかもしれません」
仲良く話し合いするNPCに、俺は呼びかける。
「では、お前たちに下準備をしてもらおう。私が、いや、私たちがこの世界という猫を愛でるために何をするべきか、よくよく考えて…………私に聞かせてみるといい。楽しみだ」
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