二手(@)Home
コソコソ。
「ただいまっ♪」
玄関を開けると父が座り込んでいた。
「おかえり。白か。お義母さんの話、聞いたか?」
「怪我なし。車、中破。まで聞いたよ」
父が安堵の表情を浮かべる。
「電話で確認したかったんだけど、母さんあれだから……」
「わかるわかる。あの人、時間は有限ってこと忘れてるもんね」
靴を脱ぎ、父に続いてリビングの暖簾をくぐる。(ノーマン・スタンスフィールドの物真似をしながら。)
「お昼ごはん食べた?」
父は、お茶の入った湯呑に手を伸ばしながら、
「もうそんな時間か。気が付かなかった」
と答える。私は一口お茶を飲み、
「なんか適当に作るね♪」
と言い残して、カバンを置くために階段に足をかけた。
百の部屋の机の上に今日もらった冊子を置いて、本棚に飾られたブロマイドを軽くつつき、自分の部屋に戻ると、コートをハンガーに掛け、椅子にカバンを引っ掛けて再び階段に足をかける。
リビングに戻ると、机の上にはさっきまでは無かったパンが幾つか並べられていた。
「好きなのから食べろよ」
父は疲れ切った顔でそう言うと、私が手を伸ばす前に、2つある苺のクレープロールに手を伸ばす。
「好きなのって言ったって、これ完全に全員の好み把握して買ってきてるでしょ?あと、さっくりメロンパンしか食べられないじゃん」
「母さんと連絡取ったのか?」
一口目のパンを咀嚼し終えると、ゆっくりと話し始めた。
「母さんたち、いつごろ帰れそうって?」
「そこまでは聞いてないよ。修理の手続きとかあるから、遅くなるって言ってた。家で事故したのって、何年ぶりぐらいだっけ?」
父が忙しなく口を動かしながら、自分の口を2度、指差した。
「私も、いつか事故するんだろうなぁ」
「たふんな」
話せるんだったら、さっきの質問にも答えてくれても良かったのに。
クレープロールの口を開けようと振り返ると、そこにいつものハサミはなく、百が小学生の頃に使っていた青いハサミが置かれていた。
「と、いう訳だから、一回事故するまでは茯夕市を出るのは禁止するから」
(また始まった、いつもの〝あれも禁止これも禁止令〟。)
「お父さん?お父さんが始めて事故したのって、ドチラでしたっけ?」
「神戸だ!!」
(偉そうに言う所でしたっけ?)
「ちょっと、明日神戸まで行ってこようかな♪」
「おう。気をつけてな。あ、あと机の上にあった初心者マーク預かっといたから。明後日渡せばいいよな?」
(おい!!また私の部屋、勝手に入ったのか!!)
「これ食べ終わったら、ちょっと自転車でホームセンターまで行ってくる♪」
「昨日見た時は、もう売り切れてたぞ。時期が時期だから、飛ぶように売れるんだろうなぁ」
……ぐぬぬ。
このパターン、いつものやつだ。なら、
「白、怖いので車で武州町出るなんて考えられません♪」
「おう」
父は背中から初心者マークを2枚取り出した。
(チョロい。後で洗っとこ。3回くらい。)
階段を登りながら、スマホをチェックする。
TLをざっと流し読みして、いつものメンバーのバカ話を確認したら、自分の部屋のドアを開ける。
エアコンのスイッチを入れて、椅子にかかっていたカバンを机の上に置き、一つずつ取り出していった。
お財布。謎(笑)のポーチ。謎(笑)のポーチ。謎(笑)のポーチ。謎(笑)のポーチ。緊急時用お財布。スケジュール帳。
「よし。紛失物なし」
確認して、もとの通り詰め込み直し、今日の予定終了。
エアコンも効いてきたので、タンスの上から引きずり下ろしたルームウェアに袖を通した。
ベッドで電話帳に雄輝くんの電話番号を表示させ、早紀ちゃんの誘惑を軽く躱してる場面を妄想する。
……。
「ただいま〜」
「ただいまっ♪」
1時間20分が経過していた。
「……まあ、怪我がなくて良かったわよホントに相手の人も保険に、入っててくれたからあとは保険屋さんと車屋さんで何とかして、くれるらしいからおばあちゃんは代車返すまで大人しくしててって言っといたから、けどおばあちゃんの事だからどうせ出かけて出かけてするんだろうけど、代車の保険は車屋さんが掛けてくれてるから大じ、あ!白、あんたの車今日から保険かかってるからね。保険屋さんが保険かけててくれるから、おばあちゃんは大丈夫だからね」
「はい」「大体わかった」
「大体わかったよ♪」
「お母さんの言いたい事は、全て正確に伝わったから、しばらく黙っててね」
「ちょっと静かにしといてくれ」
「黙って静かにねっ♪」
……。
静かになった。これでやっとまともに話ができる。
「百、しばらくあんた、お母さんの代わりね」
「百、頼む」
百はちょこんと首を傾げながら、
「はいっ♪」
と、元気に頷いた。
(こいつ絶対主導権(initiative)握ったの自覚してる。)
「本日!なんと!七森夕子さんが!交通事故を起こしました!!」
「百、普通に喋って」
「この事故による死傷者は0名です。なお、双方の車両は小破。しかし、偶然ながら同じ保険会社で保険をかけていたので、今後の話し合いは保険会社と両自動車修理工場によって進められる事となりました。村越家として干渉できる事象は、今後ない見込みでありますので、皆様に置かれましては安心して、安心して、大事なことなので二度言いました、日常生活にお戻り頂けるものと存じ上げております」
「なんとか先生のモノマネ挟まなくていいから」
「ま、要約すると気にしなくてオッケー♪」
「まぁ、俺はお義母さんが無事ならそれでいい」
「心配ないって事ね」
「あ、あと、『おめでとう、これからは交通強者だから、交通安全を一層心がけてね。』だって」
「ありがとうございます」
「ぐみねぇー。千円札くっついてて、二千円有ったよー」
……。やられた。
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