54話 開戦
出発からどれほど経ったのだろうか。
その緊張感は馬車内を支配していた。
それはそうだ。今から向かう場所は戦場だ。遊びではない。
レイラ率いる帝国騎士部隊の10にも及ぶ馬車の行進が、激しい砂埃を巻き上げていた。
「リル様、そろそろ戦場へ到着します」
「うん、わかった」
白銀の剣を優しく撫でた。演説の時に王様からもらった金色の剣より、一月以上共にした愛剣の方が手にしっくり来る。
「大丈夫だよ、レイラ」
とても私を心配そうに見ているので、余裕を表すかのように微笑んだ。
この戦場の指揮を執るのは帝国騎士副団長のレイラだ。戦場に着き次第、指揮権は王直属偵察隊隊長と英雄部隊隊長から移行する。
また、戦争では何が起こるか分からない。非常事態には勇者の名の元に部隊に命令できる権限が私にもあるそうだ。
英雄部隊とは魔族とより近くで戦闘を行う配置に就く、騎士として国民の安全を最前線で守る英雄的な存在であるといった事が由来の部隊だ。
そんな二つの部隊を指揮する程の権力を持つレイラは、表向きの名声だと言っていた。
どういう意味だろうか。
勇者の地位を象徴する金色の剣。たまに光るのは……何なのだろう。何かに、反応している?
「……何者かが正面から近づいてきています」
「え、まさか魔族!?」
「いえ、多分違うと思います」
そう言ったレイラは馬車の扉を開き、身を外に乗り出した。
「帝国騎士副団長様はいますか!!」
「私です!どうしましたか!?」
続けて私も馬車から顔を出すと、百メートル先に軽装な装備の騎士がこの馬車に向かって走ってきていた。あれは……偵察隊だ。
馬車が近づくと、その騎士は息を切らしながら報告した。
「戦況をいち早くお伝えするために参りました。英雄部隊は壊滅状態、それを偵察隊長が援護に回っています。直ちに応援を、お願いします。俺の先輩も……くそっ」
その騎士の動揺が私の心を揺らした。
「そうですか、わかりました。貴方は帝都に戻り、王へ報告をお願いします」
「はい……わかりました。よろしくお願いします」
騎士は頭を下げると、そのまま走っていった。
すると唐突に剣を抜いたレイラは、馬車から降りて声を張り上げた。
「いいですか!我らは愛する民を守る為、戦う騎士です!」
そして剣を掲げた。
「聞け!帝国騎士の誇りに誓い、絶対に、我ら人族が勝つ!!」
「「「おおッ!」」」
レイラの掛け声に各馬車にいる騎士は、覇気のある、短く力のある声を上げた。
鼓膜が破れたかと思った。
ふと馬車後方に目をやると……報告前より、力強く走り去る騎士の姿が見えた。
私は……なんとも言えない気持ちが胸を締めつけ、闘志に燃えていた。
絶対に……私達が勝つんだ。
馬車が更に進み、その報告で強い緊張感が走る。
「副団長!前方を」
私達の馬車を操作する騎士が声を上げた。
先のように身を乗り出すと、木の剥げた一帯に、赤い地が、何かの肉片のような物と変形した金属の塊が転がっていた。
あれは……鎧か!?まさか
表情が険しくなる。現場に近づくと、血生臭い温風が漂ってきた。
「突き抜けてください!戦場間際まで馬車を近づけます!」
複雑な金属音や、絶叫など、更に奥地から聞こえてくる。遠くからでもわかる、物凄い数の音だ。
その戦場へは、血を辿れば着くだろう。
「レイラ、急いで ──っ!?」
──ドォォォオオオンッ!!!!!──
なんの前触れなく、何かが私の乗っている馬車に直撃した。とてつもない爆風が炸裂し、吹き飛ばされた。
咄嗟に手にした白銀の剣を構え、空中で体制を整え着地する。周囲に目を走らせると、馬車の破片が飛び散っていた。
なんだ!?何が起こったんだ!??
「レイラっ!無事!?」
馬車があった場所の燃え上がる煙が晴れると、その場所でレイラは何者かと対峙していた。
私のそばに、同じく馬車に乗っていた騎士が戦闘態勢を取っている。
各馬車が爆発した場所を囲むように停車し、騎士達が一斉に剣を構える。
「ふはっ、俺の攻撃を食らっても死者が出ないとは……恐れ入るな」
「何者だ」
鋭くレイラが問う。
声からして男だ。空中に佇むその者は、背にある羽のようなものを大きく広げ、その短剣を遊ぶように手の上で転がした。
私でもわかる……あれが魔族だ。
「俺は魔王幹部が一人、名をガムラ・ボルドという」
「……なるほど。魔王幹部ですか」
魔王幹部とはなんだろうか。まあ何となくだがわかる。魔族の中でも強いってことだろう。
「なんだ、俺が幹部だというのに驚かないのだな」
「私は帝国騎士副団長だ。相手の技量くらいひと目でわかる」
レイラが剣先をガムラという魔族に向けた。それに対してガムラは濃密な魔力を練った。
「ここは通してくれなさそうですね」
「あぁ、もう少しで壊滅させる事ができる。あの英雄部隊という人族にはイライラしていたんだ。邪魔はしないで欲しいな!」
ガムラは血走ったような目付きでレイラを睨みつけた。
英雄部隊は魔族からの攻撃を最前線でくい止める、人族の英雄達だ。早く助けに行かなくてはならない。
そして、この魔族はかなりの実力者だ。騎士達だけでは全滅するだろう。レイラか私がくいとめないと確実にまずい。あの魔力の濃さは異常だ。
そしてその事はこの場にいる全ての者がわかっていた。
「……リル様、私がここに残ります。勇者の名の元に、先に戦場へ向かってください」
「でも、レイラが行った方が陣形とかも……」
「帝国騎士副団長が応援に来た、よりも勇者が来たと知った方が彼らの士気は上がるでしょう」
レイラはそんなふうに少し悲しそうに言った。帝国騎士副団長の肩書きが、表向きと言っていた事に関係するのだろうか。
「へえ、お前は勇者なのか!……ふはは!女が勇者だとは傑作だな!」
そんな挑発をレイラは無視をして
「戦場に着いたら怪我人を馬車へ。……絶対に油断してはダメですよ。私が行くまで、無事でいてください」
短く想いが込められた言葉をくれた。
「うん、ありがとう。先で待ってるからね!」
レイラの判断を無下にしてはならない。背を向け走り出すと、ガムラが爆炎連なる爆風の魔法を放ってきた。
「ふっ、先に行けると思ったか!」
でも、避ける必要はない。
私の後ろで、どうやったか知らないが、その魔法を弾いたレイラが叫んだ。
「帝国騎士全員へ告ぐ!リル様に、勇者へ続け!」
私は馬車に飛び乗り、騎士を引き連れて血の道を突き進んだ。
レイラこそ、早く追いて来てね。
「行きましたか……」
「……あれを追うにはお前を殺してからの方が早いな」
少し不服そうにガムラは言った。
「そうですね、絶対に行かせませんよ」
レイラは剣を地へ突き立てる。その立ち振る舞いから絶対に通すことの無い強い意志が読み取れる。
ガムラは世間話をするように
「しかし、勇者と言っても若いな。あの程度の小娘が戦場へ向かおうが何も変わらない。そう思わないか?」
言った言葉にレイラは呆気に取られながら薄く笑った。
「いや、リル様はこれまでの勇者とは違います。技量も、そして心も!」
「……まるで親だな」
「まあ、弟子ですからね」
──瞬間。爆炎が炸裂した。
───
数百メートル先、戦場が見えてきた。地にまみれた人族と魔族が入り交じり、様々な音が、声が轟音のように周囲に響く。
「勇者様!先方に見えてきました!」
「うん、わかってる。っ!危ない!!」
その先、ある魔族が項垂れる人族に留めを刺そうとしていた。
──ボンッ!!─
思いっきり馬車から飛び出し、その魔族を吹き飛ばした。
「ぐああぁぁぁ……」
その魔族ははるか先の空へ消えていった。
「なっ、誰だ!?」
おかしな速さで急に登場した私から離れるように、魔族も人族も警戒した。
そんな戦場の真ん中で、私は勇者の証である金色の剣を腰から抜く。
「お待たせ、人族のみんな、よく頑張ったね」
悲惨だった。みんな怪我だらけだ。中には死体も転がっている。涙を流している者もいる。悔しそうに地に顔をうずめる人もいる。
私は勇者として、人族の代表として許せなかった。
その想いを胸に、金色の剣を掲げた。
「私は勇者だ!帝国騎士を連れ、たった今、到着した!もう大丈夫だ!」
全員は呆気にとられ
「ゆ、勇者だと!?……あの剣は、まさか。本当に」
「俺達は、助かったのか?」
「「「うぉぉおおおお!!!!」」」
歓喜の声を上げた。
そんな隙に襲いかかってきた魔族をカウンターで蹴り飛ばし、叫ぶ。
「戦争を終わらせるぞ!私に続け!!」
「「「うぉぉおおおおオオッ!!!」」」
士気が爆発的に上がった人族の騎士達は、帝国騎士が加わった事で数を増し、魔族を圧倒し始めた。
私は、魔族を殺した。




