53話 勇者演説
馬車に揺られながら野道を行く。昇る太陽の日差しが強い。馬車の影に隠れると、途端に寒くなる。もうしばらくすれば暖かくなるだろう。
遠征は終わった。とても得るものが多かった気がする。最下層へ行きボスを攻略するといった王様からの課題をクリアしたので帰還中だ。
結局あのスライムの事はよくわからず、クリスタルから出ると追ってこなくなったとレイラが言っていた。なんだったのだろうか。
スライムは倒せなかったが、裏ボス的な存在なので迷宮は攻略完了といっていいだろう。
そしてちゃっかり騎士がくすねてきたクリスタルの鎧と剣一式は私の横に置いてある。
王様への報告に信憑性を持たせるためだとか。まあ、巨大なクリスタルの中の空洞を歩いたなんて普通信じないだろうから懸命な判断だと思う。
「ねえレイラ、城に戻ったらまた稽古の日々?」
「それは……」
レイラは思う所があるのか、何か悩んでいるように見える。
なんなのだろう。私の頭は?でいっぱいだ。
あっ、そういう事か。
「勇者としての活動が本格的になるということか!」
「……はい。多分そうなります」
「うへぇ、演説嫌だなぁ」
しばらくしたら民の前で勇者だと演説する予定だと聞いた。今から何言うか考えとかないと。
「……リル様。もしも何かあったら、私は立場を棄ててでも貴女をお守りします」
「え?……それってどういう事?」
あまりにもレイラの表情が真剣過ぎる。どういう事だろうか。
そんな私の困った顔を見たのか、レイラはふっと笑って言った。
「なんでもないですよ」
たまにレイラの表情が硬くなる時がある。何かあったのかな。心配だ。
遠征の拠点を早朝に出たので暗くなる前には帝都に着くだろう。こうして考えるとこの1ヶ月はあっという間だった気がする。確実に私は強くなれた。
道中はぐれの魔物に足止めされる事もなく、一同の進行は順調に進んだ。
そして予定通り、帝都に到着した。
──
門を潜ると、外から違和感を感じる。
「ん?なんか騒がしいな……なんだろ」
王族の関係者として、勇者としてまだ顔を明かせない私は馬車の中にいろと言われていた。
暖簾のようなもので馬車を覆っているため外を覗くことができない。
通路に人がごった返しているのかな?馬車の進みが遅いし色んな人の声が聞こえる。
そんな中、飛び抜けて大きな男の人の声が聞こえてきた。
「魔族が攻めてきたって本当なのかっ!?」
「え?」
思わず口から声が零れてしまった。今なんて言った??魔族が攻めてきただって!?
慌ててレイラに話を聞こうとするがここには居ない。元々同じ馬車だったが門を潜った時から別々だったのだ。
私が今この馬車から降りる訳にも行かないので、王城に着くまで大人しくしてる事にした。
そして敷地内に入ったので、馬車から飛び出ると慌てた様子のレイラが私の元に駆け寄ってきた。
「リル様、私は王の所へ遠征の完了報告をしてきます。いつもの部屋で待っていてください」
「うん、わかったけどさっきの」
「はい。私達もその事は知りません。直接王に事情を聞いてきます」
「うん、わかった」
王様は当分魔族は動いて来ないだろうと言っていたが……この話が本当の事だったら私も他人事ではない。
私達がいなかった1ヶ月の間に何があったのだろうか。
戦争が近づいているかもしれない現実に、私は身震いをした。
───
騎士達が城内を駆け回り、どこか非常事態を感じさせる。
自室に戻り、一息つくといつものメイドが訪ねてきた。
「失礼します!勇者様、王がお呼びです」
「うん、わかった。今から行くよ」
まさかこんなに早く呼ばれるとは思ってなかった。レイラの話は済んだのだろうか。
やっぱ勇者として動く事になるのかもしれない。
色々と覚悟を決めないとな。演説とかも。
メイドの案内の元、王のいる場所に向かう。城内の構造は把握しているがこういう時は大人しく案内人について行く事が正解だとこの世界で教わった。
向かう先は書斎だろう。
コンコン。
「失礼します。勇者様を連れて参りました」
「入れ」
数回か入った事のある書斎だ。前回と同じように中央にある机に王様が座っていた。
「お久しぶりです、王様」
「あぁ、実に一月ぶりだな。勇者よ」
王様の右後ろに騎士団長がいる。あれ?宰相がいない。いつも王様、騎士団長、宰相の3セットでいるのに。レイラは私の横に片膝をついていた。
「宰相さんは?」
「あぁ、ある仕事を任せているんだ」
王の側近となれば忙しいもんな。そりゃそうか、納得だ。
「して勇者よ。勇者の試練を一月で達成するとは……正直驚いたぞ。副団長からその戦歴を聞かせてもらった。我も安心できる程の成果だぞ」
王様がニヤリと笑っている。戦力として数えられたってことかな。嬉しいような悲しいような。
「あの王様、魔族が攻めてきたって聞いて」
「あぁ、その件についてお主を呼んだのだ」
王様の目付きが変わった。
「魔族が動き出した。現に我の部下が魔族に殺された」
「っ!そんな」
「そして今、魔族と交戦中だ。場所は『絶縁の谷』近くでな」
私が洞窟へ修行に行っている間に……既に戦争が始まったって事なのだろう。
「戦況は我ら人族が押されている。勇者の力が必要だ」
「っ!!」
「準備が終わり次第、勇者と副団長には戦場へ向かってもらう」
「了解しました」
レイラが鋭い返事をした。そんなレイラをみた王様は、何かを思い出したように懐からある物を取り出した。
なんだろう……見た目はビー玉サイズの赤い玉だ。
「副団長よ、これを飲んでいけ」
「これは……?」
「秘薬だ。王族に伝わるものでな、団長も服用している。今、飲んでいけ」
「わかりました」
王様に命令されたレイラはそれを躊躇なく飲み込んだ。
よくわかんないけど団長も飲んでいるって事は何か凄い秘薬だろう。
「今から演説を行う。民は魔族が攻めてきたと不安に駆られている。王の名だけでは足りない、力を持って信頼のある勇者の名を使わせてもらう」
……覚悟していた。勇者としていつかは通るはずの事が早まっただけだ。
実際に国民は不安そうだった。馬車に乗っていた時にそれを知った。
そうなると、勇者としての演説に加え国民に戦争への安心感を与えないといけない。
それは戦力の指揮に関わる事でもある。
「王様、この演説ってかなり大切だったり?」
「あぁ、一寸先は混乱だ」
こうして、予定よりかなりハードルの上がった勇者の演説が始まろうとしていた。
───
「皆の者、聞こえるか!我は現国王、フィルド・フィ・オグマである!!」
王城の巨壁の一角にて、王様は両手を広げ高らかに威厳のある声を発した。
それは王宮魔術師の風の魔法により帝都全域に渡り反響する。
「此度は我が愛すべき民へ伝えねばならない事がある!」
王様の言葉に反応し、国民は一斉に静かになった。本来の生活では有り得ないだろう静寂が続く。
「魔族が攻めてきたと不安に怯えるのはもう終わりにするのだ!我らには切り札がある!!」
何万、何十万人の唸り声がまるで低重音のように空気を揺らした。
「我ら人族の救世主、勇者の紹介だ!」
「「「ぉぉおおおお!!!」」」
国民の物凄い声が響く。
王様が数歩下がり、その場所に全身フードで覆われた者が上段した。
バッとフードを脱ぎ投げ、透き通る青の髪を靡かせ高らかに公言した。
「私の名はリル・ナスタシア!異世界から召喚されし異界の勇者だ!」
その凛とした立ち振る舞いに息を呑む者、勇者という救世主の出現に喜び歓喜を表す者、そして怪訝に思う者。
そう、私の姿を目にした国民は多種多様にざわついた。なぜなら
「皆は勇者が女だと思わなかっただろう!女の勇者に命を預けられるかと、力不足だと思った者もいるだろう!!」
そうだ、勇者の性別は今までずっと男だったとこの世界で知った。王様にも女勇者では力不足じゃないのかと怪訝に思われた。国民にそんな偏見を無くさなければならない。私が勇者だと証明しなければならない。
それには目を張るような、確かな実績が必要だ。
「私はこの地で4ヶ月の月日を過ごした。我ら人族の仲間が魔族に殺され、虐げられ、いかに苦渋の思いをしてきたのか……」
それは歴史から、そして王様から聞いた。
私の言葉を聞いた国民は、心当たりがあるのか俯き、そして悔しそうにしている。
そう、国民は魔族を恐れているんだ。みんないつ戦争が始まるのか不安なんだ。
「私は勇者として、人族の代表として!悪である魔族に対抗しなければならない!」
「その通りであるッ!」
私の横に出てきた王様が、いきなり声を張り上げた。予定には無かったけど……後押しとして来たのだろうか。
その王様のひと言が国民の顔を上げさせた。
タイミングをわかっている。さすが王様だ。
「私は強大な力を得た!魔族に後れを取ることは無いだろう!!それは王が知っている!」
「その通りだ!帝国の王である我が人族の勇者だと認めたのだ!」
「「「ぉぉおおおお!!!」」」
私達の王様が勇者だと認めたのだ。その言葉を耳にした国民は、先程まで気にしていた怪訝や不満を捨て、大いに歓声をあげた。
いつの間にか王様が手にしていた金色の剣を私に直接渡してきた。
これがレイラの言っていた、勇者の剣というやつだろう。長さは1メートル程で、金色の光沢がいかにもって感じだ。
それを片手で受け取り、天へ掲げた。
「もう一度言う!私は英雄と謳われる初代勇者以来の異界より召喚されし勇者である!今から戦場へ向かう!直ちに晴々しい成果と共に帰還する!」
「「「うぉぉおおおおおッ!!!!」」」
地鳴りのような歓声があがった。異例を見ない声量だ。
私の力強い演説は、それを保証する王の一言で全ての国民を魅了した。
民の目の前に用意された馬車に勢い良く飛び乗り、私は帝都を出発した。
その姿を一目見たいと国民は殺到したが、その道のりを邪魔する者はいなかった。
───
勇者が帝都を去りし頃。その行く末を見届けたある者は、ねっとりとした笑みを、誰にも見せてはならないその下卑た表情を隠すこと無く呟いた。
「おい、準備しろ……計画を実行する」
「はっ!承知しました、陛下」




