52話 人族最強
「……後は任せてください」
そう言ったレイラは私を背に、黒いミノタウロスに向かって仁王立ちした。
「グロオオオオオッ!!」
「……大切な弟子があんなにも熱い剣を魅せてくれたのです。師匠の私が負ける訳にもいかないでしょう」
「レイラ、騎士達を呼んだ方がいいんじゃ……」
「いや、リル様は安心して見ててください。次は私の番ですよ」
……少し立場がさっきの私と逆転している気がする。だが、私はレイラが負ける事が想像できない。
レイラの剣術、つまり無敗の剣術は1対1の時にその名の通りの力を発揮する。それなのに複数の強敵に向かって飛び込んでいくのは愚策なのだ。だからレイラは私に心配していたんだ。
だから黒のミノタウロスがどんなに強くても、レイラなら勝ってくれる気がした。
それに、私の師匠だし。
黒のミノタウロスが手にするのはノコギリのような刃がついた巨大な鉈である。質量は見た目から10t はくだらないだろう。
そんな一振をレイラに向けて振り下ろした。
─ドゴォンッ!!─
土煙が晴れた頃……その場から一切動いていないレイラは刀身を鞘へ収めた。
「リル様、終わりましたよ」
「はは、レイラは凄いなぁ」
「いえ……この剣のおかげです」
優しい手つきで剣を撫で、ゆっくりと腰の位置へ戻した頃、レイラの背後から何かが滑り落ちる音がした。
───
ミノタウロスとの死闘から3日経った。この3日間は身体を休めるために拠点で休息をとっていた。
レイラが黒のミノタウロスを瞬殺した後、私の容態からこの先の攻略は無理に近いと判断され、地上の拠点で休息をとることになったのだ。
ちなみにボス部屋だと思っていたが騎士達が調べるとさらに地下への道があったらしい。
地上への帰り道、レイラに背負われた私がいかにレイラが凄かったのかを隣に歩く騎士に自慢すると、笑いながら説明された。
「それはそうですよ。副団長は人族で最高の戦力と謳われる帝国騎士の中でもトップクラスの実力者です。我ら人族の誇りですよ」
「こら、やめなさい。団長がいるではないですか……」
そうだった。師匠ってだけでそんなに意識していなかったけど、レイラって本当に凄い人なんだ。
そんな事を知った今、レイラに対しなんだか誇らしい気持ちを持つようになった。
「リル様、体調はどうですか?」
「うん、もう全快したよ」
「それは良かったです。それにしてもまだ地下があったとは……」
「あはは、あんなに強い魔物が出てきたらあれで最後だと思うよね」
そう、記録でも二十階層程だと書いてあった。まじで何なんだろうかあの出鱈目な記録は。
すぐに帰れるかと思ったがまだ続くらしい。
「明日からまた洞窟へ向かうことになります」
「うん、わかった」
今日もゆっくり休む事にした。食事が楽しみである。
──迷宮攻略25日目。
一同はミノタウロスの出た地下二十階層にいた。足元には大きな穴から闇が覗く。
「これがさらに地下へ続く道なのね」
「はい、これを発見した騎士達の話によると、壁越しに空洞のようなものを音で確認したので強引にこじ開けるとこの場所に開通したと報告されました」
「いや、、騎士すごいな」
一見地下への入り口が見つからないからといって、あるともわからないのに壁ひとつひとつにノックでもして探し出したのか。騎士すごいな、なんかもう色々と。
それにしてもこんな場所にあったとは……裏ルートって感じがすごい。
「では、いきますか」
レイラが穴へ飛び込んだので私も続くと、信じられないような地面に降り立った。
「なに、この場所……」
このような場所が存在してもいいのだろうか。それとも私は夢を見ているのだろうか。
足元は透き通るクリスタルから成り、様々な色が反射する壁全体が宝石のような輝きを魅せてくる。
おとぎ話でも聞いた事のないような場所だ。宝石好きにはたまらいだろう。いや、そういう問題じゃない。
「レイラ、こんな場所があるって知ってた?」
「いえ……聞いたこともありません」
地面となるクリスタルに目を凝らすと、この先の道がどのように繋がっているかを読み取ることができた。
「これって……洞窟全体がクリスタルってこと?その中のくり抜かれた道がここってことかな」
「……そういう事でしょうね。これは国宝といっても恥じることの無い代物ですね」
続いて降りてきた騎士達もこの階層を目にして驚いている。いやぁ、騎士達が驚いてる姿は初めて見たかもしれない。
進むべき方向は一方しかないので、上がり下りの激しい一本道を進むことにした。
まるでモグラの通り道だ。
……同じ光景に飽きたのでクリスタルの欠片を頂こうかと剣でつついてみたが、この白銀の剣より硬かった。
「レイラ、この欠片取れそう?」
「……できないことは無いですが、剣の負担が大きいと思うので遠慮します」
このクリスタル、めっちゃ硬いらしい。
そうして進んでいくと、クリスタル越しに進行方向の先に大きな空洞があることに気がついた。
「レイラ、またボスとかかな」
「……はい。このクリスタルの主って考えていいと思います」
レイラには魔物を察知する力がある。よくわからないがそういう魔法なんだろう。
その広場に近づくと、レイラは険しい表情になった。
「リル様、すこし嫌な予感がするので騎士達も連れて突入します」
「うん、わかったよ」
戦闘態勢をとり、騎士達と共に広場へ出た。
……計算してつくられた空洞なのか。そう思わせるほど綺麗に光が反射する。一歩下がると全面に私たちが反射し映り、一歩進むと光を発する表面へと変化する。光が交差し合い、この空間本来の広さがわからない。
「リル様ッ!」
レイラの声に反応し、その場から後退する。
その瞬間、私がいた場所にクリスタルの剣が突き刺さった。
「ッ!?」
危なかった。その次に降ってきたのはクリスタルの鎧。ガシャンと音を立て、剣の横に着地するとまるで意識を持ったように剣を抜き取った。
「レイラ!鎧が動いてるよ!」
「……ここに来てから私も初めてばかりですよ」
鎧が剣を突きの形で構え、私に突っ込んできた。が、それは叶わない。
─ドンッ!!─
騎士が盾を構え、クリスタルの鎧を横から吹き飛ばしたのだ。
鎧が立ち上がると、いつの間にか周囲に回り込んだ騎士達が、盾を使い体当たりを順に繰り返す。
バランスを崩した鎧は立つことすらできずに抑え込まれた。
「副団長、命令を」
「油断しないように、クリスタルの剣を弾き鎧の繋ぎ目に剣を立てなさい」
「はっ!」
いや〜残酷だ!非道である。しかし正しい判断だろう。
騎士達はなぜ剣を使わず攻撃力の無い盾を使ったのか。それは敵がクリスタルだったからだ。先程の私達の会話を聞いていたのだろう。
レイラの剣では切れないことは無いが超硬いレベルのクリスタルを騎士達は斬れないと判断したのだろう。そして上手い立ち回りをして傷を負う事無く無力化に成功したのだ。それにしても仕事が早すぎるわ。
正にこれが数の利と言える。いや〜圧倒的だ。ミノタウロスの集団にひとりで突っ込んで行ったのが愚策だったと思わされるほどに。……この騎士達と戦ったとしたら勝てない気がする。
騎士のひとりがクリスタルの剣を持ってきた。
「副団長、これを」
レイラはクリスタルの剣を受け取ると、クリスタルの足場を試し斬りし、何かに納得してから騎士に剣を返した。
「これで留めをさしてきてください」
「了解しました」
盾に取り押さえられたクリスタルの鎧は、騎士の持つ剣やクリスタルの剣に繋ぎ目を刺されると、動かなくなった。
そして……ゲル状の何かが飛び出した。
「っ!警戒してください!」
レイラが何かを感じとったのか、鋭い言葉を発した。それを聞いた騎士は一斉にレイラの前で陣形を整える。
水溜まりのように広がった銀色の液体が、まるで意識を持ったかのように集合する。次第と渦を巻き、大きな球体へ変化した。その姿はまるでバランスボールだ。
ん?あれって……!まさか!!
「メタル〇ング!?」
「違います!アレはスライムです」
「合ってるよ!スライムの王様のことだよ!王冠被ってないけど!」
すると銀色のスライムは水のような礫を飛ばしてきた。まぁ、躱すだけなら容易だ。
「ていうか、スライムって害は無いんじゃなかったの!?」
「無いですよ!まずあのサイズのスライムなんて存在しませんよ!」
スライムは基本殺すことができないと言われている。理由はまだ聞いてないがレイラはそう言った。
「まず、スライムは敵意というか……害がないから攻撃してくることも無いはずです。ですがこのスライムは攻撃してきます。しかもこのサイズ……これほど厄介な相手は私も初めてです」
「でもスライムは最弱でしょ?」
「そうですよ!でも今こんなに危険な攻撃してきてるじゃないですか!!」
そう、銀色のスライムは既に水の礫ではなく、直径1メートルはある水の塊をボンボン飛ばしてくる。
レイラはどうするべきかと、ただひたすら攻撃を躱しながらブツブツ独り言をはじめた。
あのレイラがこんなに悩んでいるのは初めて見たかも。
でも、大きくなったからってスライムはスライムでしょ?
メタル系って事は、か〇しんのい〇げきを狙えばいいんだ。
そしてこの世界はゲームではないことを私は知っている。何故メタル系にもかい〇んのいち〇きが存在するのか……それはどこかに核となる所があるんだ!(ゲーム脳)
「レイラ!私メタル倒せるかも!」
「な!本当ですか!?」
「うん、任せて!」
「……わかりました」
今じゃメタルはまるでハイド〇ポンプのように水を吹き出している。
騎士達は盾を構え、それに押されながら耐えている。水圧水圧ぅ〜。
その合間をくぐり抜け、メタルの背後に回った。
か〇しんの〇ちげきを当てるには、はyaぶさ斬りが有効だ。そして、はやぶsaの剣を手にした時のはやbuさ斬りは4回攻撃……この剣のスペックはそれを超えるッ!
「これが本当のはやぶさ斬riだあああああ!!」
超高速に繰り出された幾多の剣がメタルを捕らえた。それはメタルの胴体を割き、みじん切りのようになる。
「おおお!」
遠くから騎士達の唸り声が聞こえる。ふっ、レイラは私には倒せないと言っていたが最弱のスライム如き相手にならん。経験値はいかほどに?いかほどに?
「リル様!まだです!」
「え、なっ!」
バラバラになったメタルの破片はゲル状に集まると、瞬く間に私から離れていった。
まさか、まさか……。はぐれだったとは……ッ!
「逃げるなよっ!」
咄嗟に声がでた。
「リル様!逃げますよ!」
「え?」
自分から逃げるなんて選択肢があるものか。たたかう、とくぎ、たたかう、とくぎしかありえない。
「やはりリル様ではスライムは倒せません」
「なんでそんな事言うの!」
心外だ。槍か斧か弓があれば……
「あのスライムはリル様が知ってるスライムとは別物です!!」
なん……だとッ!!?
「リル様の世界のスライムとは違うと思います。この世界のスライムは物理や魔法が一切効きません。ゲル状なので切った所でくっつき、叩いたところでダメージは発生しません。なんでも食べるので魔法の魔力も取り込まれてしまいます」
なんだそれ……最強かよ。誰だスライムを最弱とかいったやつ。
え、攻撃の意思とか持たれたらこの世界おしまいじゃない?
「このままでは意味の無い戦いになります。ここは引きましょう」
「……そうだね、それはお手上げだよ」
正直今の話を聞いたら勝ち目はないと思えた。なにせ全ての攻撃に耐性無効がついてるって……無理ゲーのラスボス並である。攻略不可のゲーマー殺しか。ニートが泣くぞ。
ここから引くにしても来た道を戻るしかないが、道幅が広い訳では無いので時間稼ぎが必要である。
それはこの場にいる全ての者が把握していた。
「私と騎士2名でここを死守しますのでリル様は先にお戻りください」
「……大丈夫なの?」
レイラの方に体を向けた瞬間、スライムが体の一部を触手のように勢いよく伸ばしてきた。
ひっ!あんなのスライムじゃない!!
するとレイラが前に出て、その触手をとても細かいみじん切りにして
「【ウィンド】!」
風魔法で飛ばした。頭良いな。
「さすがレイラだね!」
「そんなに長くは続きませんよ……っ!?」
次の瞬間、レイラの周囲まで瞬時に迫った幾多の触手が襲いかかってくる。
風魔法の魔力を練る時間が無い!
するとレイラは触手の一部をビー玉一個分ほどに切り取り剣の平で弾き飛ばす。それを超高速で繰り返し始めた。
冷静に見てたけどすっご!すっっごいな!
うん、この様子ならレイラにここを任せて大丈夫そうだ。
「レイラ、ありがとう!先行ってるから早く戻ってきてね」
「はい、拠点で落ち合いましょう」
こうして私は、クリスタルの主を倒す事無く迷宮攻略を終えたのだった。




