44話 無敗の剣術
私が勇者としてこの世界に召喚されてから1ヶ月ほどの月日が流れた。
あれから毎日レイラとの剣技の特訓に励んでいる。
レイラから剣術の基礎を学び、そこから様々な局面に対応できる実用性を身につける為、立ち会いを繰り返していた。訓練所に毎日いるため気分は自分の家の庭と化してる。
──キィインッ──
「おっと、あぶなっ」
「リル様!またなんですぐに手を出すのですか!?」
「だって、いけるかな〜って思ってさ」
「確実にいけるって思わないと手を出したら駄目だとあれほど言ったじゃないですか」
そして稽古は今日も続いていた。
レイラの指導が優秀なのか、リルが優秀なのか……どちらもあると思うがリルはスポンジのように限りなくレイラの技術を吸収し、剣技の巧みなる才能を開化した。
数日前に勇者の現時点の実力を測るといった王様の命令で帝国騎士副団長の肩書きを持つレイラと剣を交えた。
結果は前回と違い、レイラに負けてしまったがそのふたりの剣舞は観るものを驚愕させた。
戦闘が初心者で魔力だけが取り柄だと思われていた勇者リルが短期間で剣技で名高い副団長のレイラと渡り合っているのだ。
その実力は非常に高く、エリート集団の帝国騎士ですら適わないほどの技術を既に身につけていた。
勇者の成長スピードがおかしいと王様の評価が上がったが、逆に評価が下がった点もある。
魔法が使えないのだ。
吸魔石を使い、魔力操作を身体で覚える訓練をした。体内で魔力暴走が起こり、激痛が走るといったリスクは回避する事が出来たが、操作できる魔力を超えていたのだ。
例えば蛇口を捻り水が出てくるとする。その勢いが弱かったら緩め、強かったら軽く締めれば良い。これが普通の魔法の使い方。
しかしリルの場合は違った。ダムの水の排出口を大きなコルクで閉めているイメージだ。
蓋を開けたら留まることなく滝のように流れ、1人ではそのコルクを閉め直すことすらできない。そしてそのダムが幾つも連なっているのだ。
魔力操作の練習を繰り返す度、すごい勢いで消費され城内の吸魔石の在庫が尽きた。割れなかった吸魔石は青の濃い魔力が籠った魔石へと変わりそれを手にした王様は喜んでいた。
なにせ濃い魔力が込められた魔石は貴重らしい。
(あれは……あの量の魔力を操作する事なんて絶対できない)
そう感じたリルは魔力操作は無理だと諦めたのだ。
それからというもの、毎日剣をひたすらに振っていた。
レイラの使う自己流の剣術……名前はまだ無いらしいが他の騎士達からは《無敗の剣術》と呼ばれている。それを教わることが出来る最低限の実力をやっと身につけたということで、弟子入りのような形でその型を教わる事になった。最近の事である。
「リル様!守りに徹してください!」
今もレイラによる反撃のできない程の猛攻をギリギリ捌いている。
頭で考えるのではなく、瞬間的に手を撓らせ力を使わずに相手の剣を誘導する。
それができるまでこの攻撃は止まないらしい。
「ねぇ、レイラ。さすがに、きついんだけど!」
「……口を動かせるほどの余裕があるって事ですか」
「いや!そうじゃ、なくて!
──って!なんで!?ちょ、はやっ」
私が口を開く度にレイラの剣が速くなる。
つれて私の魔力が身体中を無意識に駆け巡り、レイラの剣の速さに強引に追いついていた。
「リル様、ただ速く剣を弾くのは守りではありません。相手の剣を優しく流すのですよ」
レイラは剣を物凄い勢いで振り回しながら話しかけてくる。
「……前から、ずっと思ってたけど、レイラって、ほんと鬼畜」
「お、まだ余裕がありそうですね!」
「ほらぁ!こういう所だよ!レイラから話しかけてきたのにぃいいっ!?」
レイラが休ませる余裕を与えることも無く、物凄い勢いで剣が交わり金属音が途切れる事は無かった。
そんな中、先に悲鳴をあげたのは2人が手にしていた訓練用の刃のない鉄の剣だった。
鉄が砕ける音が響き、地に落ちた剣先は見るも無残な程にボロボロになっていた。
それを合図にレイラの攻撃が止んだ。
「ふぅ、疲れましたね」
「はぁ、はぁ、……いや、ほんとに疲れた」
肩で息をしていると、レイラが冷たい水の入った水筒を手渡してくれた。
「リル様、少しだけ休憩したらまた再開しましょうか」
「うん、なんだか次は掴めそうな気がする」
毎日のように一緒にいる為、リルはレイラの事を姉のように感じていた。その為言葉遣いが軟化して今に至る。
それはレイラも同じで、この1ヶ月で呼び名は変わらずともリルに対する言葉がとても優しくなっていた。
「ねえレイラ。なんで守りに力を入れるの?」
レイラから《無敗の剣術(騎士が勝手に命名)》を学び初めて数日。未だに守りのみに力を入れている。隙を見て攻撃してきても良いと言われていたが、手を出したらダメ出しされる。
「あぁ、詳しい説明がまだ済んでなかったですね」
レイラは立ち上がり、剣を虚空に向かって構えた。
「簡単な事ですよ……
私の剣は、守るための剣です。決して負けないための剣。それを極めたのが今の私の剣術です」
「守るための剣……負けないための剣がレイラの強さなの?」
「そうです。攻撃を受けなければ私がやられることは無い。時間をかけてでも、絶対に殺られないように……」
確かに、攻撃を受けなければ負けることは無い。でも守りに徹していたら結局は負ける。
「そう、だから相手の剣を誘導するのです。私が攻撃しやすいように……攻撃しても反撃されないように」
レイラは私の表情の変化をみて疑問に答えてくれる。
「相手に合わせ、剣を流し、誘導する。それを完璧にする事ができれば力を使わずに戦い勝つことができます」
単純にして合理的、まさに《無敗の剣術》。なるほど、騎士達がそう呼ぶはずだ。
「レイラって、本当にすごい人だよね……」
「ありがとうございます。リル様ならこの技術を身につけることができると思いますよ」
休憩の後、新しい鉄の剣を持ってきたレイラはある課題を突きつけてきた。
私が1本取るのと、レイラが10本取るのを競うそうだ。
「前もって言っておきます。負けた方は一発芸です」
「え、」
それは絶対に嫌だ。あと、レイラの一発芸とか見てみたい。……見てみたい!!
私は激しく燃えた。
「絶っ対っ!!勝つ!!!」
───
結果は悲しく、まあ予想通りである。
「……負けた。」
私は地に両手をつき項垂れた。
レイラの話を聞き、より守りに徹していた為、一本を取られ辛くなったのにだ。
原因は言われなくても把握している。
途中まで順調だったため、いけると思ってしまった。重心を崩された。剣を誘導された。レイラに隙ができたと思ったから手を出してしまった。レイラが後ろを向くから「しめた!」と思ってしまった。レイラが剣をジャグリングのようにクルクルと回すから手を出してしまった。レイラが剣を落とした。レイラが「フッ」って言った。私の剣を白刃取りした。一発芸が嫌でめっちゃ焦った。
気がつけば負けてしまった。悔しかった。
「いや、今の私の実力じゃレイラに適わないと思うけどさ!」
「そんな事ないですよ?ふざけていたようで、あれには全て意味がありました。」
私の油断を誘ったようだ。いけると思った気持ち。確証のないチャンスへの逸り。負けへの焦り。そんな気持ちが反省点らしい。
「いいですか?私の剣術の弱点はフェイントです。手を出したら負けを意味します。隙は探すのではなく作るものだと考えてください。」
「そっか……わかった。気をつける」
そして他にも様々なことを教わった。
《無敗の剣術》に至るまで私に足りないところはたくさんあった。剣の捌き方。相手の重心を瞬時に読む力。誘導の方法。フェイントを見分ける力。不利にならない立ち位置。攻撃の手段。相手の心理を読む事。
そして教訓として……隙を作るまで攻撃を仕掛けない事。余計な攻撃は絶対にしない事。攻撃をする時は確実に切れる時。
「まだ魔族との戦争まで時間はあるので、一つ一つ技術を身につけていきましょう」
「うん」
レイラに剣を学び1ヶ月、その鬼気迫る教えで私の実力が伸びたと思う。
魔族との戦争がある。その為にも……
と、そんな私の剣術に対する気持ちはレイラの一言でかき消された。
「リル様。一発芸は?」
「えっ、あ!なっ、えホントにやるの?」
「はいっ!」
レイラの笑顔が眩しい。
やりたくなかったけど、負けた私だから。
やるしかないのかぁ……
手を添えてそっと中腰になった。
「コ、コマネチッ!」
「……」
「……」
───
一日の訓練が終わった。ボロボロになった鉄くず(元剣)を片付け、訓練所にあるイスに腰掛ける。
お疲れ様ですと、レイラが傍に来た。
剣術を学び、聞きたかったことがある。
「ところでさ、レイラはどうやってこのような剣術を思いついたの?自己流なんでしょ?」
そんな私の問いに、レイナは苦笑いをしながら答えた。
「……剣術というものは、人の数だけあります。型はもちろん剣に何を込めるか、それが剣術です」
「剣に込める?」
「はい……死にたくない。その感情からたどり着いたのが私の剣術です。死なないために、考えて考えて、たどり着いたのが守りに徹することでした。
最善の守り方、力尽きたら死です。だから力を必要としない。そんな臆病者の剣……
私は騎士でありながら死にたくないのです……」
その言葉を聞いて鳥肌が立った。
──死にたくない──
それは人間が持つ、当たり前の感情。転移する前に感じた事がない感情。
……いじめられていた私は死にたいと思っていた。
死に近いこの世界で剣を振る。それは命の奪い合い。負けたら死んでしまうのだ。
レイラは言った、臆病者の剣と。
そんな事は無い。誰しもが持つ感情だ。死なないために今まで修行を毎日行い、あんなに凄い技術を手にしている。それはとっても凄い事だ
まだ時間はあるらしいが私は勇者として、人族を守るため魔族との戦争を控えている。
そうか……レイラは私を死なせないために、あんなに厳しく、そして《無敗の剣術》を教えてくれようとしたんだ……。何も知らない私の為に。
「レイラ!私絶対に、レイラの剣を覚える!
だから……もっと厳しくお願いっ!」
そういって私は剣を強く握った。
この世界に来てから、私は毎日ペンではなく剣を握っている。「ペンは剣よりも強し」といった言葉があるが……
剣を持った今の私の方が、ペンを持っていた時の私より強くなれた。そんな気がした。




