38話 異世界転移
「もう死にたいよ……」
誰もいない校舎の屋上で一人の少女が嘆いた。
今年で18歳の高校三年生になる。
風に舞う、青く透き通る髪を靡かせ地上を見つめる。
「このまま落ちたら死ねるかな?もう嫌だよ……」
虹彩異色の青の瞳から、小さな雫が零れ落ちた。
後ろにある屋上の出入口のドアが力強く開かれる音がした。
そして今1番聞きたくない声が聞こえてくる。
「ね〜え、こんな所に逃げてたの?」
「「あはははっ!」」
クラスの中心人物であり、高校入学当初から2年間も飽きずに私を目の敵にする3人の女のグループだ。
「ねぇ、ぴーちゃん。友達でしょ?なんで私達を避けるの?」
"ぴーちゃん"とは髪が青く、眼も虹彩異色と日本人離れした私につけられたあだ名だ。
ピエロみたいだけどさすがにそう呼ぶのは可哀想だから"ぴーちゃん"と呼んでいるらしい。
「返事しろよッ!」
リーダー格の女がドアを叩きつけた。
私は萎縮してしまった。
「あ、あの、だから……」
「え〜?声が小さくて聞き取れないんですけど〜?」
「「あははははっ」」
常にこんな感じだった。私の言うことは聞いてくれず、ずっと上から命令してくる。
それに逆らうと、机にクラスの男子の名前を彫られたり、気持ちの悪い写真をバックの中に仕込まれたり、トイレに入ると上からバケツで水をかぶせられたりした。
私がバックにつけていたお気に入りの小さなクマのぬいぐるみがちぎり取られ、授業中先生の目を盗んで投げあったりしていた。
学校を休もうと思った。だけど、私にはどうしても叶えたい夢がある。弁護士になる事だ。
その為に高校を卒業しなくてはならないため欠席は沢山取れなかった。
法科大学院へ行けるお金はないので、司法試験予備試験に合格するために勉強に勤しんでいた。
その教材を買うために、勉強の時間を惜しんでバイトをした。
どこから知ったのか、いつもの3人はバイト先まで陰湿な迷惑をかけにきた。
私が店長に怒られた。店にこのまま迷惑をかけるわけにはいかないので、自ら辞めた。
そしてその期間で稼いだお金で買った教材すら、墨汁の上に落としてしまったらしく、ダメにされた。
もう耐えられなかった。
「あのさぁ、うちら3人で週末ネズミーランド行くんだけどさ、ぴーちゃんも来てくれない?」
「え、なんで」
「はぁ?うちら友達だろ?来いっていったら行くんだよ」
「そうだよー、付き合ってもらうからね?」
「あはははっ」
絶対に行きたくない。心が暗くなる。
「あの、ごめん……予定があって」
「はぁ?なんならお前の家に押しかけるぞ?」
「──っ!わかった、行くから!」
「あのなぁ?初めからそう言えばいいんだよ」
家だけは来て欲しくない。親に余計な心配はかけたくなかった。……要件を呑むしかなかった。
「じゃあ、うちらの分のチケットとカメラもって朝7時にゲート前に居てね」
「ぇ、チケットって、」
「よろしくね〜忘れるなよ?」
「あはははっ、最高なんだけど!」
「くくっ、カメラも忘れないでね〜?」
それだけを言い残し、3人は教室に戻って行った。
私だけ屋上に残される。
「……もう嫌だ。本当に死にたいよ」
心が参っていた。自分がうんざりだった。
ゆっくりと手すりを跨いで、両手を放す。
風に煽られ落ちそうになる。
「──っ!?」
気がついたら私は、手すりにしがみついていた。
また、死ねなかった。
そんな自分が情けなかった。
───
当日、ゲート前に指示された時間ギリギリについた。
別々に来てるのだが、あの3人の乗っていた電車で人身事故があったから先にチケット4人分買っといてと連絡がきた。
購入後1時間ほどで集合場所に来た。
「あ、ぴーちゃんお待たせ〜、チケットは?」
「これ、あの、お金」
「あ〜!買っといてくれたの!?ありがとう!!」
「お〜まじで!嬉しいわ」
「ぴーちゃん超有能〜」
「……」
「あははっ、そんな顔しないでよ〜?いつか返すからさ?」
「「あはははっ!」」
私は金欠だ。家は貧しい方だし、そんなにお金も持っていない。
これじゃあまりにも酷すぎる。
もう帰りたかった。
場内に入ると別行動をとるためにそっと意見を申し出た。
「あの、迷惑かかっちゃうからあっち行ってていい?」
「はぁ?なんのためにカメラもってきたの?」
「そうだよ、なんであんたを連れてきたんだと思ってるわけ?」
「あはは、それは言っちゃ可哀想でしょ〜」
私はカメラ担当として同行した。
その扱いはとても酷く、上手く撮れない写真があると食べ物を買ってくるようにとパシリのように要求された。
時間の流れがとても遅く感じた。
女だけでこのようなテーマパークに来ているせいか、自然と話題は男の話になった。
ナンパがうざいだの言ってはしゃいでいる。
「ねぇ、ぴーちゃん。ちょっとナンパしてきてよ」
「ぶはっ、あんた、それ傑作!最高だよ!」
「あはははっ、それはいいや!」
そして最悪な形で話題を振られた。
もう嫌だった。
「そんなの……嫌だっ!」
「はぁ?黙れよ。誰のおかげで今ここで楽しく遊べているの?」
「ほんとだよ、あんたは私達の言うことだけを聞いていればいいの」
「そうだよ、友達でしょ?」
思わず涙が出てしまった。
「はぁ?何泣いてるの?気持ち悪いなぁ」
「ほんと、ひくわぁ」
「萎えるからやめてくれない?」
私は背中を押され、3人の先頭に立たされた。
歩けと命じられる。
「はい、じゃあ誰かにナンパしてきなさい!」
このままじゃ終わらない。何もしないともっと酷くなる。
私は唇を噛み、手を握りしめ、顔を見ずに目の前にいた男性に話しかけた。
「ぁ……あの、その」
「ん、俺か?どうした?」
男性が私を振り返って上から見てくる。そんな気がする。
背筋が震えた。
後ろから声が聞こえてくる。
「うわ〜、ぴーちゃんよりにもよってあんなイケメンに話しかけてるよ!」
「まじ爆笑なんだけど!」
「ぴーちゃん青い髪とカラコンしてるからコスプレイヤーって思われてるでしょ!」
「あはははっ、それはウケるわ!」
「せっかくだし動画撮ろうよ!」
嫌だ。怖い。逃げたい。誰か……助けて。
逃げられたらどんなに幸せか。
私は……
そんな時だった。
「あぁ、なるほど。そういう事ね」
頭上から小さくそんな声が聞こえた。
そして頭に手を置かれる。
「!?」
体が強ばった。
すると男性が軽く声を張り上げた。
まるで、後ろの女子3人に聞かせるように。
「嬉しいです。ありがとう。貴女のような心の優しい人は、とっても素敵だと思います」
後ろで空気が凍るような感じがした。
そして耳元で優しく囁かれた。
「あんな人達より、貴女のような人には将来もっといい人が見つかりますよ。その時見返してやりな」
私はそこで、初めてその男性を見た。
《ドクンっ!》
顔が熱くなる。鼓動が早くなる。言葉の意味を理解して嬉しかった。
そして……この人から何かを感じた。
「ぴーちゃんっ!行くよ!!」
後ろから押し付けるような声が飛んできた。
体がビクッと反応し、自然とそちらへ移動する。
私は再度振り返った。
「ぁ、あの!」
その男性軽く手を振ってくれた。
胸に手を置くと、そこに熱を感じた。
───
3人の元へ戻ると、機嫌悪そうな雰囲気の中囲まれた。
「ねぇ、何言われたの?」
リーダー格の女子が責めよってくる。
これ以上私に被害がないように、いつものように相手の聞きたい事を言う。
「いや、振られちゃっただけ」
「ふ〜ん、やっぱり振られたんだ!」
「あはははっ、だよね!あんたなんかが──」
だけど……
「もう黙ってっ!」
気がついていたら私は叫んでいた。
何故だか……勇気がでた。
私の変化に女子達が面をくらい、直ぐに腕をぎゅっと掴んできた。
「はぁ?あんた私達に反抗するわけ?」
私はその手を振り払い、あの男性が去っていった方へ走り出した。
「まてっ!」
後ろから叫び声が聞こえる。でも、関係ないっ!
心が、私の中の……魂が叫ぶ!
「もう一度、彼にっ!」
人混みの中、彼のいる方角が何となくわかった。直感に従い走るっ!
そして……人混みを抜けると、さっきの男性がいた。
「あ、あのっ!」
息を切らし、声を上げる。あの男性も私に気がついた。そして目が合う。
「貴女は……さっきの──っ!?」
男性は私の何かに気がついたように驚いた。
「えっ!?どうしたの!?」
私は急いで駆け寄る。すると、彼は涙を流し……
「そっか、やっと……」
──その時だった。辺りが光に満ちた。
「なっ!?」
私が……流れて行く。
どこかへ、引っ張られて行く。
光に呑まれて行き、とても不思議な感覚を覚えた。
気がつくと、真っ白の空間にいた。
その中心に佇む白に覆われた女神のような存在が、私に話しかけてきた。
───
──私は最高神と呼ばれる神です──
(え、どういうこと?何が起きてるの!?)
気がつくと真っ白の空間にいた。
事態に追いつけない。意味がわからない。
──ここは私の神域です。私は……私たちの悲願を果たすために、貴女にお願いがあります──
(何を言っているんだ……私にお願い?神域?神様??)
──どうか話を聞いてもらえないでしょうか?──
「う、うん。わかった」
よく分からない状況の中、神と名乗る者の話を聞くことにした。
何故かそのような気分にさせられた。
──貴女には力があります。それは神を超越する程の力が──
「え、それはどういう」
私が神を超える力を持っている?なんの事だかわからない。
──それには世界が干渉しているため、神が介入してはならないのです──
「なにを言って……」
──本来ならこの異世界転移も、貴女の場合は力を与えてはならないのが世界の規則ですが、私はこの最高神の座を棄て、貴女に新たな力を託します──
「だからどういうこと!?異世界転移っ!?新たな力って……」
意味がわからない。状況がわからない。
──それは、貴女に足りない力──
「私に……足りない力?」
──そうです──
この神と名乗る者が何も言っているか全くわからない。だが、この最高神の切羽詰まる言い方に、聞くべきだと思わさせられた。
「貴女の……悲願って何?」
──それは……、…………………です──
「え、それは……どういう」
──いつか私を思い出し、理解してくれるであろう日がきます。その時は……、……………──
「……わかりました」
意味がわからなかった。しかし、私は自然と頷いた。
そうするべきだと思ったのだ。
──ありがとうございます。私は貴女との会話をしたせいで世界から注目されてしまいました。ですので、今すぐに力を授けます──
(え?私と話すと世界が注目って……)
神に注がれた光が、私の全身に、魂に馴染んで行く。
──最後に、名を授けます。貴女の名は……。そして、どうか……世界を──
それだけを言い残し、最高神は……消滅した。
そして私も……
光の波に引っ張られて行くような感覚に呑みこまれた。




