19話 振り出し
大会が終わり、宿屋『くまさん』へ戻ると旅商人のガゼフや妻のマリ、店主のダイルが出迎えてくれた。
「おっと、主役の登場だ!待っていたぞ!」
「おかえり!クリス、ルナ!」
2人の健闘を祝って美味しい料理が振舞われた。軽い宴のような感じだ。
ガゼフとダイルは感極まって泣いていた。
ただ試合に出ただけなので大袈裟な気もしたが、嬉しかった。
1時間と少し会話と食事を楽しんだ後、大人達は明日も仕事が早いとのことでお開きになった。
試合で疲れたクリスとルナは、部屋に入るとすぐに眠りへ落ちていった。
───
次の日、クリスとルナはダイルの作った朝ご飯を食べ、冒険者ギルドには行かず部屋に戻ってきた。
今後の旅路の話し合いをするためだ。
2人は部屋の設備にある椅子に腰掛け机を挟んで向かい合った。
「じゃあ、話し合い始めよっか」
「うん。いろいろわかったことがあるんだ」
クリスの言ったわかったこと。それは会場内で感じた《彼》の気配だ。
「まず、第一王子は《彼》じゃなかった」
「やっぱりね、あそこでクリスが何も言わないんだもん。違うのかと思ったわ」
ルナはクリスが賞金を受け取る時、礼しか言わなかったのでクリスのいう《彼》では無かったと判断したのだ。
「じゃあ、残るはディルっていうアベラの人かカミツっていうSランク冒険のどっちかかぁ」
ルナは情報屋からもらったリストの残りの2人に《彼》がいるのではないかと考えた。
しかし、クリスは違うことを考えていた。
「ねえルナ。アベラに行く必要ないと思う」
「え?なんで?予定通りアベラのディルって人に会いに行くんじゃ……」
「……シクレって名前の、リルっていう名の勇者の人と私の試合中にね、《彼》の気配を感じたんだ」
「えっ!?本当に?」
第一王子が《彼》では無いとわかった今、この王都で彼の気配を感じたと言う事に驚いた。
「ルナが、私を呼んでくれた時にね」
「そう、なんだ。誰が《彼》かわかった?」
「いや、シクレが攻撃してきたからそれどころじゃなくて。それに試合中だったから余所見なんてできないでしょ?」
「……」
クリスが《彼》を特定していれば話は早い。
だが、クリスの言うことは最もだ。あのシクレが余所見を見逃すなど思えなかった。
だけど、もしその時彼を見つけていれば。といった気持ちになってしまう。
それはクリスも同じだった。
「でもね、いいんだ。ルナが私を呼んでくれた時、とっても安心したんだ。だから試合に集中する事ができた。だからありがとう!」
ルナはクリスが必要としてくれていることが伝わって嬉しかった。
「クリス……うん。リルさんとの約束もあるしね、だからクリス!ずっとそばにいるから安心してよ?」
「えっ!き、急に何言ってるのさ!ずっとそばにいるって、まるでプロ…」
ルナの顔がボウッっと真っ赤になる。
「あぁぁぁぁ!言わないで!そういう意味じゃないから!!ただ、何があっても私はそばにいるって」
「そういう意味じゃん!プロポーズじゃん!!」
「そういう意味だけど違うの!!!」
叫び続けた2人は恥ずかしさを紛らすように肩で息をする。
意味はちゃんとわかっていたクリスだが、嬉しさと恥ずかしさが混じりルナをいじったのだ。
こうやって思ってくれるルナの存在がクリスはとても嬉しかったのだ。
そしてルナは言わなきゃよかったと、恥ずかしさが押し寄せて顔が熱い。
「そういえばさ、リルさんがルナに言ったその約束って何?」
「ん〜、ふふ……クリスには秘密です」
「それ凄く気になるやつ!」
「秘密は秘密だから秘密なのです!」
「意味わからないから!わかるけど!!」
どんどん本来の話すべき内容からずれていくので振り出しに戻した。
「それで、《彼》の気配を感じたっていうのなら、確かにアベラに行く必要は無くなるわね」
情報屋の話だとディルはアベラにずっと滞在しており、アベラを守るために冒険者活動をしているとの事だった。
そんな彼がわざわざ王国の大会を見に来るためだけにこんな遠くまで来るとは思えない。
「そうなんだ、だからカミツってSランクの人が《彼》の可能性は高い。だから冒険者ギルドに行けばカミツって人が《彼》なのかどうかわかると思う」
「……うん。そうだね」
Sランク以上の冒険者は冒険者ギルドがある街に着くと滞在報告をしなければならない義務がある。
半年ほど何処の冒険者ギルドにも滞在報告が無いので居場所がわからなかったのだ。
もし《彼》の場合、冒険者ギルドに行って王都に来たと情報が入れば確定でカミツが《彼》だろう。
逆にカミツが王都来てないと知れば《彼》だという可能性は消える。何故ならクリスは大会中に彼を確かに感じたからだ。
「《彼》を感じたのは本当に一瞬だけだった。もう王都にはいないんじゃないかなって思う」
そう、何故一瞬だけ彼を感じたのかクリスは不思議でいたのだ。
《彼》は大会を見に来たのでは無いと、クリスはそう考えていた。
「どちらにしろ冒険者ギルドに行くことは変わらないね。そしてまだ近くにその《彼》がいるかもしれない」
「うん。……ルナ、カミツって人が《彼》じゃなかったら、帝国に行きたいと思う」
帝国に行くのが《彼》に会う可能性が高いと考えた。
でも、クリスはこれ以上ルナに迷惑かけたくなかった。只でさえ無理に付き合ってもらっているのだ。付いてきて欲しいけど、クリスはそう言えなかった。
「そう、うん。帝国の方が可能性高いね。カミツって人が《彼》じゃなかったら帝国に行こっか」
だがルナはクリスが気にしていることなんか気にもとめていなかった。
「え?ルナ来てくれるの?」
「え?行くに決まっているでしょ?
……クリスったらまたそんなこと考えていたのね」
ルナは「はぁ」っとため息をついて、人差し指をクリスの額に押し当て言った。
「あのね、貴方をそんな所に独りで行かせるわけには行かないでしょ?それにさっきも言ったけど……私はクリスのそば…じゃなくて近くにいるってもう決めたの。だからもちろんついて行くから安心しなさい」
そう言ってルナは優しくウインクをした。
「うぅ、る、るなあぁぁぁ!」
クリスはルナを抱きしめた。
嬉しさと歯がゆさとルナの温かさに触れ、安心した。
───
午後、2人は冒険者ギルドへ向かった。
ギルド内に入るといつもの定位置に受付嬢のナーベがいる。
「ナーベさん!お久しぶりです!」
「お久しぶりです、クリスさんルナさん。
武術大会2位3位と、おめでとうございます!」
2人を見つけたナーベは優しい笑みを浮かべた。
「えへへ、ありがとうございます。
今日は少し聞きたい事があって」
「はい、ギルド長も2人に話があると言ってましたので案内しますね」
ギルド長室まで案内するとナーベは持ち場へ戻っていった。
「失礼しまーす。クリスとルナです」
「おお!入ってくれ」
ノックをして名を告げるとエナの嬉々とした声が聞こえてきた。
冷静沈着な中サイズのエルフというクリスのイメージに沿わない高い声に不思議に思いながら入室すると、酒の空瓶が幾つも並び、散乱してた。
「「えっ、……どうしたのですか、?」」
「どうしたもこうしたもあるか!
お前達、良くやってくれたな!私はとっても嬉しいぞ!!」
「「はぁ」」
エナのその勢いに狂気に迫る何かに感じ、クリスとルナは身を寄せあった。
新しい酒瓶を片手に涎を垂れ流しながらエナは叫ぶ。
「私の推薦の、お前達が武術大会でここまで活躍してくれるとは思わなかったぞ!はははっ、いや〜こんなめでたい事があるものか!ふははははは」
ドン引きした。
エナは欲に呑まれていた。
2人は何も言わずに退室を試みた。
「ちょっとまてぇ!
お前達には褒美をやらんとなぁ!
何が良い?くくく、私ができることなら何でも叶えてやろう」
エナの酒臭さが漂う。
見てられなかった。
と言うより見たくなかった。
とても息の合った回れ右をした2人は叫ぶエナの声を聞くまいと耳を塞ぎ、ナーベの元へ走った。
「ナーベさん!何ですかアレは!」
「あ〜、あはは。事情がありまして」
その事情が凄く気になった。
「武術大会の優勝者と2位3位。そしてトーナメントで優勝した者を推薦した者には王から特別報酬のようなものが与えられるのです」
「「……」」
「報酬内容まではわかりませんが、それが4つも報酬が貰えるとなると……私も初めて見ましたよ、ギルド長のあんな醜態は」
ナーベさんも大変なのか、と察した2人はギルド長では無くナーベに尋ねる事にした。
「ナーベさんに聞きたい事あるんだけど、良い?」
「はい、私に答える事ができることでしたら」
「カミツ・ホーシンっていうSランク冒険者は……最近王都に来た?」
ナーベが手元の資料を探る。ゴクリと唾を呑んだ。
「いえ、そのような情報は聞いていません。
ギルドへの報告は義務ですから、それがないので王都にはいないと思います。それに門兵からもそのような情報は届いてませんので」
「……そうですか」
クリスの予感が当たった。
これでカミツは《彼》ではないとわかった。
ルナをみると頷いてくれた。
一緒に決めた事だ。
「ナーベさん。私達は、帝国へ行きます」
クリスはそう告げた。
彼の手がかりは無くなった。
また初めから彼を探し始める。
それは2人の新しい旅を意味していた。
次回から新章です




