17話 クリスVSルナ
大会最終日がやってきた。会場内は興奮と熱気でごった返していた。
理由はいくつかある。大会初となる決勝戦3名とも女性という事、それに加えてこれまでに見せてきた実力の数々、観客達は3人を称え試合開始を楽しみに待っていた。
そして当人の2人は……寝坊しかけていた。
店を閉めてまで試合を見に行くと言って前夜興奮していたダイルがいなかったらクリスとルナは欠場となっていただろう。ダイルが念の為2人の部屋を訪ねたら爆睡していたのだ。
起きたクリスとルナはダイルが部屋にいるのに不思議ながら息の合った背伸びをして、事情を聞いて急いで支度を始めたのだ。
そしてダイルの応援を聞き、急いで会場へ走った。
控え室に着いたのは試合開始10分前で、運営側もひやひやしたらしい。
なにせこの大会最終日の1番の見せ所の決勝戦の参加者2人が来ないとなると……考えただけでも恐ろしいものだ。
観客席は満席で、試合開始を今か今かと待ちわびている。
実況者は2人が控え室に現れたことを聞き、アナウンスをした。
『みなさん!長らくお待たせしました!!
おはようございます!この素晴らしい快晴の中、今大会一番のメインイベント!優勝戦が行われます!!』
「「「わあああああああああ!!!」」」
『本日第1試合目は、クリスVSルナだ─!!!!』
「「「うぉぉおおおお!!!」」」
『今大会初出場の2人は冒険者ランクはBと、確実にそれ以上の実力を有する少女だ!!そしてまさに今大会のダ─クホ─ス!!しかも2人は幼なじみだそうだ!!みんな!楽しみだろ!?興奮するだろう!?これから行われる最高の試合を!皆目に焼き付けろ!!』
「「「うぉぉおおおおおおおお!!!!」」」
会場内がどっと湧いた。
『そして今、2人の準備が整ったようだ!!
お待たせしました!!入場です!!!』
クリスとルナは苦笑いを浮かべながら観客に手を振り入場した。
2人を見つけると大砲のような大音量が舞台に木霊した。
信じられないほど盛り上がり、その中心にいるクリスとルナに変な緊張が生まれた。
2人にはあの実況者が扇動者にしか見えなかった。
2人が所定の位置についたのを確認し、実況者は解説を始めた。
『2人の説明を始めます!
まずクリス選手!力強い剣を使い、王国騎士を打ち倒した若きアタッカ─!!その実力は一撃で多数を場外へ弾き飛ばすほどのものです!この試合でどのように戦うのかとても見物です!!』
「うぉぉおおおお!!」
「クリス─!頑張れ─!!」
「応援してるぞ─!!!」
クリスは軽く手を振りこたえた。
『そしてルナ選手!巧みな技術で槍を使い、舞うように戦う頭脳派テクニシャン!!クリス選手の豪剣をどのように対処するのかとても見物です!!』
「うぉぉおおおお!!」
「ルナたぁん〜!!」
「ルナッわァんッ!!」
「!?」
ルナは両肩を抱き、ブルっと震えた。
解説が終わると実況者は右手を挙げた
すると、会場隅にいる王宮魔道士達が杖を掲げた。
『それでは、優勝戦!特別処置を置かせていただきます!王宮魔道士達、お願いします!!』
魔道士達が魔力を練ると、無色の結界が舞台の上空をドーム型に張りめぐらされた。
ルナはその結界を見て感心した。
「この結界……すごい」
ルナのその呟きが聞こえたのか実況者は自慢気に結界の説明をした。
『この結界はこの国に伝わる術です!!この結界の中だと致命傷や戦闘不能と思われる状態になった場合、即時に回復し場外へ転移させ落とす仕組みとなっております!優勝戦のみに使われる魔法です!選手の方は思いっきり戦って大丈夫ですよ!』
その説明を聞いたルナはクリスに向かって頷いた。
実況者の言うことが正しいという意味だ。
それを確認したクリスは嬉しそうに微笑んだ。
そしてルナは……クリス以上の笑みを浮かべた。
嬉しかったのだ。全力で戦える事が。
『それでは、試合開始します!!』
「「「うぉぉおおおおおおお!!」」」
そしてゴングが鳴った。
瞬間……2人の武器は交わっていた。
───
……ぶつかり合う。
幾度もぶつかり、そして離れる。クリスが【身体強化】を使い、ルナは【思考加速】を使う。
激しい衝撃波と共に徐々に武器が壊れていった。
「あはは、なんでこんな魔力込めてるのに」
「それはね、貴方が馬鹿みたいに剣に込めた魔力を槍で吸い取っているのよ!」
「ルナそんな事ができたの!?」
「前の試合でヒントを得てね!」
クリスの強力な魔力の込められた攻撃を、ルナはそのぶつかるタイミングで魔力を吸い取っていた。
信じられない技術だ。
その猛攻に耐えられなくなった2人の武器は同時に壊れたてしまった。
激しい力のぶつかり合いと、魔力の負荷がかかり武器が耐えられなかったのだ。
武器が無くなろうとも2人は駆け出した。……拳と拳でぶつかる。
ルナの拳はクリスの拳から直接魔力を吸い取り、それを自身に蓄えた。そして自身の魔力を拳を守る結界に全力で注ぎ込んだ。
そして過剰な程に魔力を込められた結界はクリスの身体強化された拳に瞬く間に壊されるが、すぐに再構築する高密度の結界になっていた。
2人の蹴りが同時に入る。
激しい鈍い音がする。武術なんて関係ないような殴り合いになっていた。
だが2人は楽しそうに笑っていた。
クリスの拳がルナの結界を剥がし腹に入る。
吹き飛ばされる瞬間にルナはクリスの顎を蹴り上げた。
クリスは宙を舞ったが、体をひねり着地した。場外手間に飛ばされたルナは受身をとり起き上がった。
休みの無い攻守が続いたので、2人は肩で息をしている。
「やっぱりクリスは強いな……あんなに吸ってるのに魔力がきれないなんて」
「ルナだって戦い方が本当に上手いよ。このままじゃ勝てないと思うよ」
「それは私もだよ……、このままじゃ勝てない。だから一気に決める」
「うん、そうなるよね。私もそうする」
クリスもルナも気がついていた。
このままでは勝負がつかない事が。
故に一気に勝負を決めることにしたのだ。
2人は同時に魔力を練り始めた。
それは可視化すらできるような濃密な空間を作り、その波動が観客席までも震わせた。
そして、何の合図もなく同時に大技を使用した。
「【魔・神速】ッ!!」
「【魔力場・強】ッ!」
クリスは魔力を下半身に集中させたのだ。高密度の魔力と強化された脚力から成る高速移動は、信じられないほどの速さでルナへ迫った。
ルナを一気に場外へ飛ばそうと考えたのだ。
ルナは瞬時に地に手を置き、膨大な魔力場を作った。それはルナの持てる魔力の全てを魔力場に集中させた技だ。
常人がその効果範囲にいたら1秒もかからず魔力を吸い取られてしまうだろう。
ルナはクリスの魔力を限界まで吸い取り、無力化した後場外へ落とそうと考えていたのだ。
ルナの大技は現にクリスが脚に溜めた魔力全てを急激に吸い尽くすほどだった。
しかし、その結果は2人が予期しない形で収束した。
「あっ、」
クリスは気の抜けたような声を出した。
ルナの目の前に迫ったクリスは魔力場で動きの制御が出来ないことに気がついたのだ。魔力を練ることができないと。ルナを場外へ飛ばした後、自身が止まることができないと。
そう。……魔力は消えても初速度は消えない。
「あっ、」
ルナも自然と気の抜けたような声を発した。
まさかクリスがこのような技を使ってくるとは思わなかったからだ。
そして……鈍い音を出して2人はもつれた。
クリスとルナは、お互いがぶつかった際の衝撃で仲良く気を失った。その勢いはとどまることなくクリスが先に場外壁にぶつかり、ルナは場外の場に落ちたのだ。
クリスが残した大技の衝撃波が轟き、会場内を木霊した。
観客が唖然としている中、実況者が驚きに包まれながらアナウンスをした。
『……はっ!き、決まったあああああああ!!!!
2人とも場外だ!!何があったか全くわからないが、どういうことなんだ!!?? 審判が確認しますので少々お待ち下さい』
複数の審判が舞台内へ降りていき、話し合いを始めた。
そして、勝敗が決まったらしい。
『おっと、勝敗が決まったようです!
では発表致します!この試合の勝者は…………ルナ選手だあぁぁぁ!!!!』
「「「うぉぉおおおお!!!」」」
今大会一番かと思える大きな歓声が溢れた。
実況者は勝敗について不満の声が出る前にその理由を説明した。
『クリス選手が先に場外の壁へ接触しました。その後にルナ選手が場外へ落ちました。2人は今、気を失った状態ですが、気を失ったのはほぼ同時だったので、先に舞台以外の物に触れたクリス選手の場外負けということになりました』
若干不満の声は上がったものの、物凄い試合だったと。そして気を失うまで戦った2人に観客の皆は拍手を送った。
王国魔道士の結界の効果で怪我などは回復したが、意識を取り戻すことまではできない。
だが、観客の拍手が鳴り止まる頃には2人は目を覚ましていた。そして表示された結果をみてルナは喜び、クリスは悔しがりながらもどこか気持ち良さそうに笑った。
───
控え室に戻るとルナはいい笑顔でクリスにブイサインをきめた。
「クリスっ!私の勝ちだね!」
「うん、勝敗結果の理由を知った時から認めたくなかったけどね!」
あれは引き分けだと、クリスが力説している中、その控え室がノックされ旅商人ガゼフが泣きながら現れた。
「クリス!ルナ!お前らよく頑張ったなぁぁ。
とっても良い試合だったぞ!!」
「あっ、ガゼフさん!ありがとう!」
「ありがとう!ガゼフおじちゃん!」
その喜びようにちょっと戸惑いながらも、そう言ってくれたことが嬉しかった。すると潤んだ目を拭いながら店主ダイルが現れた。
「クリス!ルナ!よく頑張ったなぁ!
すっごく感動したぞ!!!」
「ダイルさんっ!ちゃんと間に合ったよ!朝起こしてくれてありがとう!」
「うん、助かったよ」
そして私情まみれのギルド長エナが現れた。
「クリス!ルナ!良くやってくれた!
私の推薦のお前らがここまで会場を盛り上げてくれるとは!私は嬉しいぞ!!」
「「……」」
クリスとルナは苦笑いしながらも、喜んでくれるおじいちゃんのようなガゼフとダイルが褒めてくれたのがとても嬉しかった。
もちろんエナにはお帰り願った。
ダイルがお弁当を持ってきてくれて次の試合頑張れと言ってガゼフと出ていった。
その後2人は一緒に弁当を食べて休憩した。
決勝第2試合、ルナVSシクレの試合が始まろうとしていた。
───
『始め!』
ゴングが鳴った。
試合が始まる。
ルナは走り出し、シクレの腹部に槍を突き出した。
だが、シクレはその突きを槍の口金を片手で掴んで防いだ。
それにはルナも、そして観戦していたクリスも驚愕した。
(抜けない!?)
必死に槍を引っ張る。しかし、どんなに力を入れても槍はピクリともしなかった。
口元の開いた白い仮面を付けているシクレが、何かを呟いた。
「え?なんで……っ!?」
それを耳にしたルナは困ったような表情を作ったが、その次にはシクレが目の前から消えていた。
「どこ、いったの」
ルナが槍を構えて周囲の気配を探る。
「なんだろ?……まただ」
クリスはシクレの動きに何か違和感を感じていた。それはなんとも言いがたい何かを。
ルナはシクレの気配を掴み、頭上を見上げた。はるか上空に粒のようなものが見える。
「まさか、あれが!?」
瞬間──ルナが舞台上から消えた。
「──え?」
それは誰のつぶやきだったのかわからない。
ただ、いつの間にかルナは場外にいたのだ。
そして、シクレは舞台の真ん中に立っていた。
クリスとルナは、何が起こったか全くわからなかった。