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ペット卒業……は明日から本気出す

 再びティティーをはじめとした王子のお目付役、もといお世話係の皆様が飛び込んできたのをなんとかなだめすかして、我々は二人きりになりました。


 漂える重苦しい沈黙。


 王子は腕を組み、難しい顔でクッションの上に鎮座している私を凝視しています。


「一体、何がどうなっているんだ……」


 もはや泣きそうなレベルの情けない声を彼は上げていますが、まあちょっと今夜の怒濤のイベントはいささか経験不足の箱入り王子には乱高下が激しすぎましたからね、仕方ないと思います。


 つまりどういうことなのかと申しますと、どうやらキスで呪いが解けるのは一時的なもので、きちんとした解呪方法ではなかったということです。


 おのれ母上。高笑いが目に浮かぶようです。


「きちんと解除したかったらもっと激しく恋をすることね、ミリーティア! 具体的には孫を作ってから戻ってらっしゃい! オーッホッホッホ、ゲフォオッ!」


 いかにもあの人が考えそうなことです。

 本当やられたというか、しくじりました。魔女の姿の時に気がついていればもうちょっと色々できたはずなのに。ってそういえば最後に見た時若干咳き込んでたけど、あれから大丈夫だったのかしら。魔法は得意でもいまいち生活力に欠け――はっ! いえ、あんな人、私知りませんからね! 心配もしてあげませんから!


 ともあれ、私の知識や経験上、一時的にせよクリス王子にキスをしていただければ呪いが解けることは確実。正体が王子にばれてしまった以上、今まで通りというわけには行かないでしょうし、この姿のままではらちがあきませんし――と思って顔を上げた私でしたが、そこに映るのはベッドに潜り込む王子の姿。


 あら?

 いえ、確かに時刻的にはその行動で正しいのですけどね?

 王子? え、今日はもう寝てしまうのですか?


 私が困惑していると、彼のブツブツ低く早口でつぶやく言葉が聞こえて参ります。


「大丈夫私は正気だ、あれは夢だ、確かに魔女は実在するし奇跡は起こるが、きゅーちゃんが裸の女性になるはずがない、きゅーちゃんがあんな美しい人になっていいはずがない、でないと私は己を保っていられないいろいろな意味で、大丈夫だ私はまともだ正気だ、あれは夢だ――」


 …………。


 ちょっとっ!

 黙って聞いてればなんですか、それ!

 現実逃避ですか!

 それでもちまたでは「クリス王子……今までは怖くて近寄りがたかったけど、最近本当に素敵ね……」とか言われるようになってきてるイケメンですか!


 唖然とする私ですが、あろうことか「お休み、きゅーちゃん……」とポンポンクッションを叩きながら半ば寝言でおっしゃる始末。


 しかも終始掛け布団の中に顔までうずめてこっちみないの。

 アレ絶対、明日の朝に何事もないのを確認して一人で納得しようとしてるやつ。



 ああ、そうですか。

 いえ、確かに私もさっき言いましたけども。なかったことにしようと言いましたけども。

 それは、ペット状態の私たちの関係を清算して、本来の私と新たな関係を築きませんかということでして、断じて私の真実から目を背けて今まで通りにというわけではなかったのですけれど。


 そっちがその気なら、こちらにも考えがありますよ。

 私は今まで、「さすがにそれはちょっと」とご主人様舐めて愛情表現をすることは避けてましたが、その信条を守っていたため今まで朝起こすときはふみふみっと顔を優しくタッチングしてきていたわけですが、そっちがそのつもりなら、ええ! 方針転換させていただきますとも! ただのペットなら何の問題もありませんからね! 全力で顔ペロした結果何かの事故が起きても、私が悪いわけじゃありませんからね!


 明日の朝の決戦に向け、私もまたクッションの中でふてくされて丸まります。


 ……だって、せっかくお話し出来るようになったと思ったのに、この態度はあまりにひどいです。私が一度正体を明かした以上、ただのペットで済まされるなんてなんか心外です、無性に腹が立ちます。


 なぜでしょう? こんなに心がざわめくのは初めてです。……いえ、王子の赤い目をのぞき込んでいるといつもなっている感覚に近いでしょうか? でもあれは、私が母の気配に共鳴しているだけで、別に特に深い意味は……。



 そうもやもやしているうちに、丸まっているからでしょうか、身体は現金なもので、いつの間にか眠りの帳が下りていてきます。

 ふわあ、とあくびをした私が穏やかな夢の中に旅立つ寸前、既に先んじているらしい薄情な王子の掛け布団からはみ出ている部分を見て思う事は。


(明日から、どうしてくれようか……)


 でも心に浮かんだその言葉は恨み言というより、なぜかとても楽しい響きがこもっていて。

 王子の寝姿を拝見しているうちに、なんとも言えない温かさで身体が満たされるようで。

 油断すると、彼が幸せならペットのままでもいいかな、とすら思ってしまいそうになるような幸福感で。

 その意味を理解する前に、私もまた同じ夢の中へと飛び込んでいくのでした。






 ――翌日。


 クリス王子の寝室に朝から悲鳴が響き渡り、駆け込んだトリスタンによる三度目の正直で真実が明るみになったことは、言うまでもない。


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