10 大丈夫、やれる。だって
Side 第二王子
私はこれまで王位を継ぐための学習をしてこなかった。
と、言うより。する必要がなかった。この国の王位は兄さんが継ぐのだとばかり思っていた。その兄が行方不明になって継承権が繰り上がり、私が王位を継ぐことになった。
降って湧いた継承権に戸惑いつつも、拒否出来なかった。そうすれば王家の血を引く者がおらず、人々が混乱の渦に巻き込まれると思った。
ただ、決して望まれた継承ではなかった。
兄さんを慕う者は多かった。それは私にとっても誇らしかったが、同時に正当な継承者が王位を継げないことに不満を募らせる者もいた。
第一王位継承者になったはずなのに王位を継げず、宙に浮いたままの時間が続いた。星の神子の伝承をエルナトから聞いたのはそんな時だった。
昨今、我が国を取り巻く情勢は芳しくない。イクリールの故郷だって、いまだに内戦が続いている。
望んだものではなかった。けれど国を継ぐと決めたのだから、多くの人を救いたかった。兄さんが好きだと言った国の人たちを笑顔にしたかった。
異界より召集した星の神子に一方的な願いを押し付けたとしても。
「君が世界を救うと言うのなら喜んで力を貸そう。なに、気にすることはない。僕は君の友達だからね」
そう言って笑ったエルナトは、多分私の考えなど全部理解していたんだろう。
ただ一人の継承権を持つ人間のはずなのに継げない王位。それを完全に手にするには私の即位に反対する貴族たちに認めさせる必要があった。
担がれるだけの神輿にはなりたくない。星の神子を呼んで世界を救えば、認められるのではという、野心や承認欲求もあった。
一度呼んでしまえば元の世界に帰れない星の神子の暮らしを支えるつもりではいた。世界を救った後にはなるが、何不自由なく暮らしていける様にサポートする。
多くの人の手を借りることにはなるだろうが、世界の再生を行う。そして、それがこの世界のどこかにいるはずの兄さんに届けばいいと。
そう思っていたはずなのに。
いざ召喚の儀を行えばそこに現れたのは五歳ほどの少女。それから、ただ巻き込まれた女性。
「召喚には成功したけど、ちょっと手違いがあったみたいだね」
「ここ、どこ?」
不安げに辺りを見回す幼子を見た時、改めて自分のしたことを思い知った。
思い出すのは自分が目の前にいる神子様と同じくらいの年の頃。父は忙しく、母は顔を覚える前に亡くなっていた。王妃は私の顔など見もせずに、腹違いの兄だけが時間の合間を縫っては会いに来てくれた。国に仕える者たちが冷たかったことなど一度もない。
けれど、確かに私は一人だった。兄だけが心の支えだった。そんな私と、同じような立場にしてしまった。
少女には家族がいたはずだ。兄妹だって、いたかもしれない。
それを私が奪った。
エルナトは神子様と共に来た女性、ナナさんの召喚は手違いであったと言っていた。なのに、ナナさんは何もかもを聞いた上で、神子様を支えると言ってくれた。
この人は巻き込まれただけなのに。これまで成して来たものも、これから手に入れるはずのものも奪ってしまったのに。
もっと責められると思っていた。ナナさんにも築いて来たものがあったはずなのに、複雑そうな顔をした後に、全部呑み込んだように笑ってくれた。
どれ程責められたとしてもと、思っていたはずだった。けれど目の前に現れたのは、まだ全てを理解するには程遠い幼い少女と、理解した上で言葉を呑み込んだ年上の女性で。
幼い少女が、私の手で家族と引き離された神子様が私を見上げて世界を救う手伝いをすると言う。
私は自分のことしか考えられなかった。心臓が鷲掴みにされたような気分だった。責められなかった安心と、彼女らの家族との別離を強いた罪悪感。そして、一方的にこちらの事情を押し付けてしまったことへの羞恥心。
世界を、国を、守りたかった。
ここにいて良いと言ってくれた兄に恩を返したかった。兄の愛した国を守って、また兄に褒められたかった。そのために異界より舞い降りた二人の過去と未来を犠牲にした。いずれ私は報いを受けるだろう。
例えそうなったとしても、彼女たちを守らなければいけない。
世界を救う手伝いをすると言ってくれた幼い少女と、神子様を支えると言ってくれたナナさんを。彼女たちが安心して暮らせるように、守り続ける。
それが、私に出来る彼女たちへの贖いだ。
見慣れた廊下を歩き進め、彼女たちが使っている部屋へと向かう。
開け放たれたままの扉からは随分と楽し気な声がしていて、いつの間にかアルヘナやイクリールとも仲良くなったようだ。
神殿を周るために、城を開けるための手続きは終わった。後は前倒して公務を進め、スケジュールを調整すればいい。幼い神子様の体調を見ながら、彼女の負担にならないように。世界を救うだけ。
ゆっくりと深呼吸をする。妙に心臓が騒ぐ。緊張と、罪悪感が漏れ出さないように笑顔で蓋をして、扉をノックする。
大丈夫、やれる。だって私は、あの人の弟なのだから。
彼周りの話もそのうち詳しくやります。




