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グッドバイ・ピッチ  作者: カロリーはうまみ
3年目(久松プロ6年目)
147/152

10/24〜 JOテックpresents ジャパンチャンピオンシップ③

「京央ネイビークロウズ、選手の交代をお知らせいたします。ただいまの回に代打致しました三木、そのまま入りライト。ライトのロドリゲスに代わりまして、ピッチャー、久松。ピッチャーは久松。背番号43」


7回表、ラッキーセブンの守りの手番でコールがかかる。

今日の先発は中5の荒木。流石に疲労、加えて向こう側の対策もあってか5回3失点で退いている。先制点こそ取られたが、こちらの反撃も身を結んでおり、3-3の同点で中盤から後半へ展開する形だ。接続先には後ろに回った土井が使われた。土井は左打者への役割をしっかりと遂行。首脳陣は2/3回を投げた土井をベンチに戻すと、右打者には金子さんを当てこんで6回を危なげなく回してみせた。


中継ぎを潤沢に使えるのは俺がイニングを食うからで、俺がイニングを食いに行けるのは優秀で元気な中継ぎが幾人も後ろにいるからだ。今でこそ形を変えているものの、吉永慶次郎が構築・整備したリリーフ陣は、基本そんな風に出来ている。先に出た人が踏ん張ったのならば、次は俺がそれに応える番だ。


「3番、センター大浦。背番号3」


敵はクリーンナップに入るところから攻撃を仕掛けてくる。点差はなし。シリーズの趨勢だけ見れば、この状況でさえこちらに傾いているとすら言える状況だ。

最悪拮抗状態を維持するだけで、真綿で首を絞めるが如く相手は少しずつ、確実に弱っていく。

それは向こうもわかっているし、そうならないために遮二無二かかってくるだろう。間隔があるとはいえ、このシリーズのイニング数は6で、登板数は今日を入れると3。向こうの慣れも考えると、決して油断はできない。


「(左の大浦に対して初球カッター要求か。同点だし、ストレートで入るのもリスクがある。速さも変化もあるボールは望むところだ)」


サインを出した池田は、膝をほとんど動かすことなくミットを構える。コース指定なし。ボールでもいいがゾーンに残ると嬉しいところだ。

切るようにして指先から放ったボールは、真ん中より少し低く外に逃げ道を作る。

俺の配球傾向を読んでか、バットを少し前に出したところでスイングを止めた。

それでもボールはストライクゾーンを堂々通り抜け、アンパイアが右手を挙げる。

打ち気、ただ何でもかんでもというほど切羽詰まってる感じも見て取れない。流石に一流選手、逆境にあっても冷静さは失っていないようだ。


「(速球に重心を置いた待ちっぽいな。となると、真っ直ぐとかその系統はより投げにくくなるか)」


手持ちのボールの中で速度があまり出ないのはスライダー、カーブ、シンカー、チェンジアップ。スラカーブはカッターと同系統の変化であまり投げたくないし、シンカーとチェンジアップは打たせて取るより三振を奪うための球だから、速い球を待っている相手に浅いカウントで見せたくはない。

そんなふうに思考を進め、少し窮屈に感じていると、池田からのサインが出る。それは俺の頭にないスプリットチェンジ。

いや、択としては悪くない。張られている球速帯であるのに間違いはないが、これを通せれば俺の中では曲がり幅の大きいスライダーを、ウイニングショットとして切ることができるようになる。

どっちにしろ、今窮屈な手牌で投げるか後窮屈な手牌で投げるかの違い。ならば、事故が発生しないよう三振を取りに行く配球がよいのではないか。それに、何がなんでもストライクをという場面でもない。最悪ボール球でもいいんだ。


池田のサインに少しだけ間をとって頷き、俺はスプリットチェンジを放る。感触は悪くない。

リリースの後軌道を追う。ボールはの力は十分伝達出来ていたと思うが、高さが良くなかった。

外角真ん中あたりに走ったボールに大浦がバットを出す。

挟んでいる以上そこから落ちていくわけだが、元の軌道が高すぎた。ボールゾーンに落ちていくのならよかったが、ストライクゾーンに残ると好打者からは逃げきれない。

右足を力強く三塁側へと踏み出し、腰と腕を使ってスプリットチェンジを上手く跳ね返す。

痛烈というほどではないが、確かに勢いを持ってショートの頭上を通り越し、センターの長岡がワンバウンドした後これを捕まえる。無死一塁だ。


「(ちょっと高かったな。まぁしゃあない。それより、今考えておくべきは打たれたこと読み負けした事と向こうの対応だ)」


スプリットチェンジに対して、コースもあるが、やや合わせ気味に打ち返してきた。

真っ直ぐやカッターよりは一段遅くなるボールということを踏まえると、狙いを一巻き早く変えてきたのだろう。球数、登板間隔、そして俺自身の蓄積疲労。短期決戦だけあって相手の適応も早い。

恐らく、池田の配球もかなり研究されているのだろう。かといって、同点で競り合っている今、圧倒的打力を持つ池田を代えるという選択肢はない。このシリーズ何度目かの踏ん張りどころだ。


「4番サード、戸沢」


主砲と呼ぶに相応しい大柄な右打者がボックス内の土を掘る。

.277、32本塁打、88打点を叩いた紛れもなくトップクラスのバッター。攻め方如何ではあっさり持って行かれてしまうだろう。

さてどう攻めたものか。所在なくボールを弄んでいる俺に対し、池田がせかせかと指を動かす。


「(…カーブってお前。ランナーもいるしリスクもあるぞ。流石に極端な配球じゃねぇか?)」


ヤケクソ、とは思わないが池田の意図も見えない以上、すんなりは首肯できず否定する。

しかし、池田はもう一度カーブのサインを出してきた。何かしらの確信か狙いがあっての事だろう。

不安はあるが、ここのところこういう押しの強さはあまりなかった。信じてみる事にして、俺は小さく頷いた。


「トーライィ」


ボールがボールだったのでコーナーを狙って投げたが、なんとか枠内に押し込めた。ランナーもスタートは切ってきていないようで何よりだ。

やはり速球待ちなのか戸沢が手を出してくる様子は見てとれない。

俺が考えをまとめようとしていると、池田はお構いなしに指を動かす。

出された指示は早い牽制。一個前でもよかったんじゃねぇかと思いつつも、俺はプレートを外しスナップスローを入れる。大浦は頭から帰塁したが、特に慌てたそぶりを見せなかったのを考慮すると走る気はなさそうだ。


アダメスからボールを受け取り、俺は再度ベースの方を向く。今度は首を振れのサイン。池田の考えが読めないまま、サイン通り首を振り、次の指示を受け取って投げる。

注文を受けてストレートを放ると、戸沢はこれに遅れ気味で空振りを喫した。


…なんとなくだが、池田の狙いが見えた気がする。

カーブはおそらく俺のストレートを補助するためのボールとして投げさせたのだろう。

腕の振りの良化と速球狙いの目先を変えさせるのが目的だ。

そして、牽制と首振りのサインは俺と池田との間で齟齬が発生していると思わせるため。牽制を入れて遅い球を想起させたあと、俺の否定を入れる事で、池田は変化球中心、俺が速球中心で組み立てているよう見せたいのだろう。実際の配球は池田に優先権があるから、向こうとしても少しの間混乱するはずだ。事実、遅めのボールにヤマを張っていたはずの戸沢は、まっすぐに思わず反応してしまっている。

至極単純だが、効果があるならそれでいい。


「(さて、追い込んだが)」


カーブ、ストレートであっさりと追い込みはしたが、ランナーがいるせいで、安易に落ち球やチェンジアップという訳にもいかない。

幸いカウントには余裕があるので、ここは布石にしてもいいだろう。


「(2球とも打者に向かっていく球だったからな。アウトローのボールゾーンにあたりにツーシーム投げときゃかなり困るんじゃないか?…あぁ、うん、そうだよな)」


この打席のやり取りで最も早く合意に至る。

狙い通り外したツーシームに、戸沢は僅かながら顔を歪めた。

こうなればあとは俺のボールの質次第。池田は強気にストレートを選び、戸沢の腰から膝前あたりにミットを構える。ビビらずクロスファイアを投げてこいという事らしい。

目線を外にずらしたから、内の対応範囲が狭くなっているだろう。

ゲッツーなんて贅沢なことはいわん、三振を取る。


「トライッ!」


そう言って審判が力いっぱい腕を動かす。

ランナーは出したが、一つアウトを取れた。

この後も、池田の機転と配球が功を奏し、ランナー1人残塁でイニングを終える事となった。

息を吐き、帽子をとって汗を拭いながらベンチへと戻る。

腰掛けると、じくじくと息苦しさのようなものを感じる。不快さはあまりない。抑えたことへの興奮なのか、それとも優勝だと早合点して緊張しているのか。

どっちにしろいらないそんな感情を、洗い流すよう、ペットボトルの水を一息に飲み干した。

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