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革命せよ、革命せよ、革命せよ  作者: 望月喬
第二章 砂骸編

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第28話 「オブセッション」

 イグナーツと話していたはずで、彼の隣に並んで立とうとしたはずだった。

 それなのに。


「何をやってるんだ、俺は……」


 自身の迂闊さに反吐が出る。おそらく右側に存在していたのだろう抜け道に気づかないばかりか、知らない誰かに腕を引っ張られて連れ込まれた。

 途端に混乱して脳が追いつかなくなり、連れ去られるがまま狭い抜け道をさっさと脱した。その後は酷い臭いのする通路を走らされて、今はよくわからない部屋に押し込まれている。

 臭いはだいぶ減っていて気分的には悪くないが、未だに状況把握が出来ていないことは言い訳できない事実である。あまりにも情けなさすぎる。

 そうしてヴァルターが頭を抱えていると、


「悪かったわね。突然連れ去っちゃって」


 声がしてきた方――といってもヴァルターの真ん前だが、ちらと目を向ける。

 長い黒髪が特徴的な女がそこにはいた。ヴァルターを突如として抜け道へ引き込み、ここまで乱暴に引っ張ってきた本人である。走っている間ずっと腕をがっしりと掴まれていたため、息が落ち着いた今でも痛みが残っていた。

 ヴァルターと同じくらいの身長で、女性にしてはかなり背が高い。それだけではなく、四肢は太すぎず細すぎず引き締まっていて、スタイルが良かった。スレンダーな美人といった感じだ。

 ヴァルターは不審者に向けるような目で女を見つめて、もとい、睨みつけて、


「誰なんだ、あんた」


 そう疑念を声音に乗せて言った。ほぼ会話の第一声がこれでは失礼かもしれないが、向こうも散々自分を連れまわしたのだからおあいこだろう。

 そんなヴァルターの複雑な感情を察したのか、女はきまり悪そうに苦笑する。


「いや、本当にごめんなさいって。ちゃんと説明してからすべきだったのはわかってるんだけど――もう一人の人は強そうでちょっと怖くて」


「やっぱり前言撤回。俺は怒っていいと思う」


 どう考えても「連れ去るのにちょうどいい弱そうな感じだった」と遠回しに蔑まされている。もはや逆に怒るべきなのではないか。

 すると、ぶつぶつと呪文のように何かを唱え始めたヴァルターを見て、女がぷっと噴き出した。


「ふっふふ」


「おい」


 苦笑どころかしっかり笑い始めた女に、今度こそ苛立ちを含んだ態度で応酬する。

 ムッとしているヴァルターを視界の端に捉えた女は、咳払いをひとつする。いやまあ普通するならこっちなのだが、細かいことはいいだろう。


「本当に悪かったわ。無礼を許してほしい」


 女が背筋を伸ばしてお辞儀をする。豊満な胸部が眼前まで近づいて思わずたじろいでしまう。

 突然の態度の変化にヴァルターが歯切れの悪い返事をすると、女は頭を上げた。改めて直視した彼女はどこか上流階級のような雰囲気を醸していて、実際に今の謝罪の所作も洗練されているように感じられた。


「俺はヴァルター・アインハルト。あなたは?」


 彼女が何者なのか気になって、さっさと話を進めようと自分から名乗る。


「私はセレナ。セレナ・アバスカル。よろしく」


 手を差し伸べてきたので、同じようにして握手する。すると、セレナが動いたことで彼女の背中に身につけられていた弓が揺れて音を立てた。露出した太腿には矢を収納する筒があるし、弓の使い手なのだろう。


「それで、セレナは何者だ? ここに住んでるのか? 何で俺を連れ去った?」


「ちょ、ちょっと待ってよ。追いつかないから」


 ヴァルターの詰問に、セレナが焦燥の色を浮かべる。

 正直なところ、ヴァルターはまだ気が動転しているのだろう。無理もない。ただでさえ圧倒的な暗闇に縮み上がっていたというのに、突然さらに理解不能な状況に押し込まれたのだから。


「すまん」


「ううん、大丈夫」


 こんなことを言ったらアンナが文句を漏らすだろうが、まだ自分の前にいる人間が優しそうな女性で助かった。これが気の違った頭のおかしい人間だったら、こっちが恐怖で狂っていただろう。

 まあ、そんな者はこの中にいないだろうが。


「あなた、結構せっかちでしょ。気が早い男はモテない――」


「さっきから前言撤回させるのやめてくれない? どこが優しそうな女性だっての」


「え、なに? そんなこと言ってた?」


「ほっとけ!」


 この女、自分をからかって楽しんでいるだけなのではないか。もしかしたらただの遊び相手としてこんな部屋に召喚されたのかもしれない。そうだったら殴って帰ろう。女とかは関係ない。


「俺は男女平等だからな」


「みんな平等なのはいいことね。でも人を殴ろうとしてるあなた、控えめに言ってそもそも最悪よ」


「何でわかるの!?」


「手を閉じたり開いたりしてる。小さくて可愛い手ね」


 無意識に手を動かしていたらしい。随分精神がやられている。やはりイグナーツの言っていた通り、ヴァルターはまだ柔いところがあった。

 というか最後にさらっと馬鹿にされた気がする。本当にさらっと、流水のごとく主題を言ったあとの間に置いていった。


「でも私は女だからって甘く見られるのは嫌だから――殴ってもいいわよ。ほら」


 セレナはそう言うと、誘うように身をひねらせる。露出した手足の肌はベールを纏ったようにきめ細やかで、胸が強調されたその姿は非常に艶めかしい。

 その彼女に拳を振るうというのは何かいけないことをしているような気がして、即座に目をそらした。


「いや、女として見られるのが嫌ならそういうことをするなよな。矛盾してないか」


「それは誤解ね。私は“甘く”見られるのが嫌って言ったの。男にない女の力を女が認めないでどうすんのよ。出来ることは多い方がいい。でしょ?」


「お、おう……?」


 先ほどまでの色香は霧散して、強い物言いで迫るセレナ。その迫力に気圧されて、つい頷いてしまう。

 しかし、今はこんなことを議論している場合ではないのだ。


「いやだから、ちゃんと話を聞かせてくれよ。何で俺はこんなよくわからないところにいるんだ」


 周囲を見回しても、無造作に置かれた机やテーブルしかない。かなり殺風景な部屋だ。しかも蝋燭が少ないために薄暗く、落ち着いて本も読めやしないだろう。


「ここはね、元々ある暗殺団の基地だったのよ」


「暗殺団――?」


 想定外の単語を聞いて、オウム返ししか出来なかった。入り組んだ通路などから、確かに何らかの集団が住んでいたのだろうとは思っていたが、まさか暗殺団とは。


「……いや、そもそも暗殺団ってなんだよ。そんな存在がいることを初めて知ったぞ」


 セレナのようにさらっと受け流してしまったが、ヴァルターは暗殺団なんて集団がいることを生まれて初めて耳にした。もちろん暗殺を生業とする人間がいることは知っていたが、それらが群れて行動するというのは意外だ。


「知らないってことは誇っていいことよ。それだけ幸せな環境で育ってきたってことだから」


 セレナが憂いを帯びた表情で独白するように言う。皮肉ではなく、おそらく本心からの言葉だろう。

 彼女の言う通り、ヴァルターの生まれ育った街であるファンティーレはイスニラムとの戦争が始まる前まではそれなりに治安も良かったし、そういった闇の存在を知らないというのは恵まれたことだったのかもしれない。


「……まあ、とにかくこの世界にはそういう人たちもいるってこと。それで、私もここを拠点としていた暗殺団のひとりだった」


「うん、なるほど。……は?」


 こともなげに暴露するセレナに引きずられて、唯々として頷いてしまった。彼女には人の行動を似せてしまう力でもあるのか。


「それってお前も暗殺者だったってことかよ」


 驚きを中に含んだ確認に、セレナは首を縦に振る。

 服装こそ戦闘時に動きやすそうな軽装であるものの、それを除けばセレナの姿はどこか貴婦人のような雰囲気を纏った艶麗な女性なのだ。上品な中に色気を隠した彼女が、人を暗がりから殺している姿など想像すらできない。


「似合わないって思ってる? 案外そうでもないのよ。美人に返り血って言うでしょ?」


「言わねえよ! 聞いたこともねえよそんな生きた心地がしない慣用句!」


 まるで中身を伴わない会話だが、それは幾分かヴァルターの緊張を和らげた。セレナが暗殺者であるならば、こんな密室の空間で彼女が狙っていることなど自身の殺害以外にないだろうと思ったからだ。

 どうやらヴァルターを殺すためにわざわざ連れ去ったわけではないらしい、と安堵したことに気が付かれたのか、


「暗殺団ではあったけど、一応何の罪もない人間は殺してないわよ。民をいたぶりすぎて行政が立ち行かなくなった街の領主とか、奴隷が自分の体から出てきたものを食べ始めるほどに酷い扱いをしていた商人とか、婚約相手がいるのに浮気してた男とか」


「最後だけ何か違くない? すごい程度の低さを感じるんだけど」


「七股してたのよ。あのフィアンセは可哀想だったわ」


「そういうことを聞いてるんじゃねえよ……」


「私の矢が当たるべきところに命中して本当に良かった」


「当たるべきところってなに? わりと他人を最悪って罵倒できないレベルのことやってない?」


 ヴァルターの怒涛の指摘もむなしく空回りし、セレナは淡々と述べ続けた。


「ま、いわゆる義賊ってやつね。私たちはそれで生計を立てていたの。もちろんやっていたことは人殺しに変わりないけど」


「なるほどな。その暗殺団の人たちは今どこにいるんだ?」


 この場にセレナしかいないことが気になっただけだった。この建物のどこかに他の面子もいるんだろう、と安易に考えていたからこその呑気な質問。

 しかしそれは、セレナの表情を一瞬にして硬直させることになった。そこまで協調性が高いわけでもないのにすぐ打ち解けられていたような気がしていたが、それは甘い思い込みだったらしい。

 ピタ、と動きを止めて返事をしなくなったセレナ。瞳の瞬きだけが継続しており、時間が止まったわけではないことを教えてくれる。

 彼女の雰囲気は氷のように冷たくなっていて、ヴァルターはその唐突な変異に息を飲んで見守ることしか出来なかった。

 あるいは、もっと別の可能性を考えていた。

 それは、ヴァルターが聞いてはならないことを聞いてしまったという可能性。

 つまり、ヴァルターが確信に踏み込んでしまった――この部屋に最初から潜んでいた暗殺団の面々が、今もヴァルターの細い首を掻っ切らんとしているのではないか、ということだ。


「セレナ?」


 そうして自身の命に関わるかもしれないと理解してようやく、口が動く。目線がほとんど同じ高さの彼女を見る――。


 目が合わなかった。


「……?」


 セレナは少し首を傾けて、ヴァルターの胸あたりを呆然と眺めていた。おそらくヴァルターすら視界に入っていない。完全に空虚を見つめている。


「おい、セレナ」


 何かがおかしいと怪しんで、魂が抜けてしまったかのような彼女の華奢な肩を掴んでゆする。

 そうすると、すぐにセレナは我を取り戻したように瞳に光を宿して、


「ああ、ごめん。ちょっとぼんやりしてたみたい」


 そう何事もなかったかのように告げた。つい数十秒前までの明るく飄々としたセレナに戻っている。


「大丈夫か?」


「ええ」


 怪訝な顔で覗き込むヴァルターに、セレナは申し訳なさそうに笑って返事をする。その声はどこか儚さを孕んでいた。


「他のメンバーがどこにいるかって話だったわよね。ひとりだけだけど、この基地の中にいるわ」


 たった一人というのは少なすぎるような気もしたが、案外すんなりと答えてくれた。今の奇妙な間はなんだったのか。

 何はともあれ、暗殺団がヴァルターを狙っているという心配は杞憂に終わったようで良かった。


「名前はプリオン。多分本名じゃない。それでなんだけど、私」


 言葉を区切って、一呼吸置く。

 その後、セレナは衝撃的な二の句を放った。


「――そいつを殺そうと思ってるの」


「――え」


 さすがに今度は引きずられて頷いたりはしない。それだけ、彼女の端正な唇から発せられた言葉のスケールが大きすぎた。

 セレナは暗殺団の一員であった。そして今彼女は、その暗殺団の他の団員を、つまり仲間を殺そうとしている。


「どういうことだ。仲間なんじゃないのか」


 考えたくもないことだが、それはヴァルターがアインハルト軍の誰かを殺そうと思案していることと同義だ。もちろん、そんなことを画策しているような人間は自分たちの中にいるはずもないが。

 セレナは戸惑ったヴァルターを置いて、当然のように言葉を紡ぐ。


「ええ、そうよ。仲間だった。少し前までは」


「少し前――?」


 意味深長な言い回しをしたことに違和感を覚えて、繰り返す。

 セレナは少々気まずそうに両手をもてあそんでいたが、やがて意を決したようにヴァルターの肩にその手を乗せた。


「奴はね、人殺しなの」


 しかし、セレナのその発言はヴァルターを納得させるどころか、さらに困惑の渦に叩き落した。

 そのプリオンという人間が人殺しなのは当然だ。だって人を殺害する依頼を受けて生きている暗殺者なのだから。

 というかそれは、


「……いや、それはセレナだって一緒だろ」


 言い方は悪いかもしれないが、二人とも人殺しであるという点では変わらない。もちろんヴァルターだってそうだ。

 だから、セレナがプリオンを殺すという理由にはなり得ない。


「そうよ。私も人殺し。でもね、あいつは違うの。あいつはただ自分の快楽のために無垢な人を殺してる」


 最初は控えめだったのが、加速するように勢いを増して語気を強めていく。

 今の説明でようやくセレナの言いたいことが理解できた。先ほども聞いた通り、彼女たちの暗殺団はいわば罪がある者を裁くような立ち位置で、プリオンの行動はその理念に反している。罪人ならば第三者が勝手に殺していいのか、という問題は一旦置いておくことにして。

 しかし、ヴァルターの中にはもう一つの疑問がもやのように生じていた。


「……確かにそれなら筋は通る。でも、本当にそれだけか?」


 セレナの様子が先ほどまでの冷静で頭が切れている感じと異なっていることは火を見るよりも明らかだ。焦りのような、何か強い感情がその奥に潜んでいるのがわかる。

 だからヴァルターにはどうしても、セレナがただ暗殺団の主義に背いたから殺すと言っているようには見えなかった。おそらく、他にもわけがある。

 だが、その詮索は余計だったらしい。


「――それだけよ!」


「――!」


 セレナが高ぶったように声を荒げる。

 強い光を宿した目がヴァルターを捉える。芸術作品のように二重がスッと伸びていて、深淵を思わせる綺麗な黒の瞳が揺れている。それは彼女が持っている弓矢のようにヴァルターを射抜き、目をそらすことを許さなかった。


「それだけ。奴は私たちのルールに違反した。だから――だから、処分する」


 強い、強い感情が肩を握りしめる手を通じてヴァルターの中に入り込んでくるようだった。それらは神経や血管を経由して心臓まで届き、鼓動を速く打ち鳴らして反応を示している。


「セレナ――」


「殺すの」


 ヴァルターがなだめようとするのを遮って、肩を揺らす。

 まるで何かに取り憑かれたかのように、セレナの感情の発露は止まることを知らなかった。


「殺す。絶対に殺す。殺す――」


「わかった、わかったから!」


 一転してしまった彼女の雰囲気に耐え切れなくなって、肩を押し返す。思ったより簡単に引き剥がすことが出来た。

 セレナは空気の抜けたボールのように脱力して、ヴァルターから少し離れる。突然乱心したことに後ろめたさを感じているのだろう、微妙な表情で俯いていた。


「……ごめんなさい。でも、ヴァルター。あいつは本当に危険なの。この基地に入ってきた人間は等しく殺される」


 しばらくしてから顔を上げて、セレナは呟いた。


「つまり、俺も狙われる可能性があるってことか」


 ヴァルターが尋ねると、そう、と頷く。

 やはりこの建物は近づいてはいけない場所だったらしい。宝玉に関する情報がありそうなわけでもないし、失敗だったのだろう。

 一緒に入ったイグナーツやレオが運悪く遭遇していなければいいのだが――ただ、仮に戦うことになったとしても彼らならば大丈夫だろう。


「それで、ヴァルター。私はあなたと取引がしたいの。できたら、あなたの仲間の人も一緒に」


「取引?」


「私はプリオンを殺したい。そして、あなたたちにはそれを手伝ってほしい。あなたたちが何人でこの基地に入ってきたのかは知らないけど」


 話の流れからして、そういうことになるだろうとは予想していた。プリオンを倒す力を借りるために、セレナはわざわざヴァルターを連れ去ったのだ。

 ただ、プリオンを殺すことがヴァルターたちにとってメリットになるかと言われたら怪しい。危険を冒してまで取引できる条件ではないのが事実だった。


「いや、その……申し訳ないんだが、その話には乗れないな」


「ううん、申し訳ないのはこっちの方よ、ヴァルター」


「え?」


 丁重に断ろうとして謝ったのだが、相手にも同じことをされて小首を傾げる。どうしてセレナが謝る必要があるのか。


「あなた――私がここから立ち去って一人になったら、帰れないでしょ」


「――――――――あ」


 すべてを悟った、間抜けな声が室内に漏れる。


「そ、う、い、う、こ、と、か~~!」


 誇張なく頭を抱えるヴァルター。

 突如として抜け道に押し込まれ、理解が追いつかないままこの部屋まで連れてこられたため、帰り道が微塵もわからない。同じ道を引き返すことなど絶対に不可能だし、当てずっぽうにさまよって入り口まで戻れるほどこの基地内が単純な作りではないことは身をもって知っている。

 ヴァルターは、セレナの先導なしにここから脱出することは出来ないのだ。

 つまりそれは、自身の意思など関係なく、セレナについて行かざるを得ないということになる。


「……本当に申し訳ないと思ってるわ」


 許可なく巻き込んでしまったことによるものだろう。セレナの声音が本気で憐れんでいるものなのが余計に心を抉る。


「……従うしかないってことだな。はー、わかったよ」


「ありがとう。感謝するわ」


 こうなってはどうしようもない。一人で彷徨して死ぬか、プリオンという殺人鬼に殺されるかの些細な違いだ。

 抵抗するのは諦めてため息を吐き出し、セレナと目を合わせる。


「ただ、俺の仲間たちを探すことも条件に加えてくれ。俺以外に二人がこの中に入って、はぐれちまった」


「もちろんそのつもりよ。戦力を増やしておいて損はないもの」


「剛胆だな……」


 肝が据わりすぎていてはた迷惑ではあるが、セレナはこの基地の入り組んだ構図を把握しているはず。それならイグナーツやレオを見つけ出すこともそこまで難しくないかもしれない。勝手知ったるというやつだ。


「それじゃあ急ぎましょ。その二人がプリオンと鉢合わせていない確証はないわ」


「あいつらなら大丈夫だと思うけどな」


 部屋を出ると、また通路が伸びていた。最初に歩いていたときのものとほとんど見た目や周囲の景色が変わらず、やはりセレナがいなければ永遠に中を徘徊し続けることになっていただろう。


「奴を甘く見ちゃいけない」


 少し前を歩いていたセレナが振り返る。長く透き通った黒髪が揺れて、腐臭の充満する空間を打ち消すように甘い香りが漂った。


「プリオンは――人間を捨ててる」


 セレナはそう、忌み名を口にするような表情で、ヴァルターに忠告した。


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