83話 狂想曲+先代
皐月の言葉に弘孝は目を見開いた。確かに自分が大天使ウリエルに転生する資格を持っていたなら、弟である皐月とそれに近い魔力を持っていてもおかしくは無い。
しかし、それ以上に驚いたのが、自分の両親が皐月を殺そうとしていた所だった。父も母も自分が混血のウリエルだと分かった途端、厳しかったが、愛情が込められた接し方をされていた。それが皐月には殺意になっていたと思うと、今まで見ていた両親の面影が全て崩れていく感覚に陥った。
「やっぱり、お前は僕が殺す……」
弘孝の殺意の込められた魔力。それはルビーレッドの中に闇と毒を混ぜたような色をした魔力も僅かに込められていた。
「流石に二度も殺されねぇーよー」
皐月もまた悪魔としての魔力を片手に込め、弘孝に放つように構える。それに意識を向けながら弘孝は剣を振りかざした。しかし、皐月は魔力を放たず、可憐の肩を掴み、自分に引き寄せた。予想外の行動に弘孝は勢いを失う事が出来ず、そのまま剣を地面に突き刺した。
「可憐!」
弘孝の叫び声に光も反応し、視線を皐月に移す。そして、魔力を放ったが、それはアスタロトのステッキによって弾かれた。
「あなたの相手は、わたしって言ったでしょぉ? 粘着テープっ」
猫なで声に似合わない禍々しい魔力。それは目の前の転校生だった人物が自分たちの敵であると証明するには充分過ぎた。
光たちがアスタロトの姿を視界に入れたのを確認すると、アスタロトは桃色髪の七海の姿から、魔界公爵アスタロトの姿へと魔力を使って変身した。
腰まで伸ばした紫色の髪。大きな可愛らしい目とは違い、長いまつ毛を使った流し目。可愛らしい少女の姿はそこにはなく、色気のある女性に近い容姿をしていた。
「君には用はないんだけどな」
魔力を使い、ステッキに攻撃する光。アスタロトは僅かに顔を歪ませたが、耐えられないほどの痛みではなかった。両肩の髑髏がアスタロトが動く度にカタカタと音を立てる。
「わたしはあるのよぉ。可憐ちゃんを絶望の底に落として契約する。それが、わたしたちの目的よぉ」
ステッキと剣が何度も重なり、耳が痛くなるほどの金属音を出す。
「どうして悪魔が、そこまで可憐に執着するのかが分からないな。彼女がラファエルだからって理由だけじゃないと思うんだ」
一度距離を取り、呼吸を整える光。アスタロトもまた、息が荒かった。
「さぁ。そこら辺は天使に教える必要性が無いわぁ」
魔力と同じ色をした髪がアスタロトの肩を撫でた。ほんのりと汗をかいていたので、僅かに髪が露出している肩に張り付く。
「黙秘って事でいいかな」
光の言葉にアスタロトは魔力を放つ事で答えた。そのまま光は剣を使い、放たれたアスタロトの魔力を防ぐ。
「あなたこそぉ。先代のラファエルにはそこまで優しくなかったような気がするのよねぇ」
「まさか。ぼくはたとえ姿かたちがどう変わっても、癒しの大天使ラファエルを愛してる。愛の大天使ガブリエルとしてね」
再度二人が距離を縮め、ステッキと剣を重ねる。木製のステッキが僅かに削れた。
「わたしはてっきり、光明光として可憐ちゃんが好きなのかと思っていたわ。先代のラファエルにはそれがなかったじゃない」
アスタロトの言葉に一瞬だけ思考回路が止まる光。可憐の顔を思い出す度に胸が苦しくなる。それが自分自身の感情だということは光自身も彼女を初めて見た時から自覚していた。
「それの何が悪いんだい? ぼくは、ぼくとして……光明光として磯崎可憐に恋している。そして、愛の大天使ガブリエルとして癒しの大天使の器である彼女を愛している。それだけだよ」
自分の感情を抑え込むように言語化する光。アスタロトはそれを見抜いたかのように笑っていた。時折お互いが放つ魔力が剣とステッキにより防がれる。
「いいのかなぁ。可憐ちゃんがもしも、先代のラファエルの事を知ったりしたら。あなたに幻滅するんじゃないかしらぁ」
アスタロトの愛蛇が口から毒を吐く。勢いよく吐かれた毒は光の右側の翼に当たり、悪魔の魔力で汚した。瞬時に魔力で相殺しようとしたが、距離を詰められたアスタロトにより、思ったほど相殺出来ず、毒が光の身体を蝕んだ。
身体中の酸素が毒によって奪われている感覚。息が苦しい。しかし、光はそれを表に出すことなく、普段通りの張り付いた傷だらけの笑みを浮かべていた。
「確かにね。平手打ちくらいで済めば万々歳かな。 またペテン師って呼ばれるだろうな。あはは」
浅い呼吸をしながら笑う光。アスタロトはその笑みに対し、さらに強い魔力を放つことで答えた。光はそれを剣で受け止め、数歩さがる。
「あなたのその笑い方、嫌いだわぁ。あの方のような、もっと野性的な笑い方が好みだなぁ」
数歩さがった光とさらに距離を縮めるためにアスタロトが利き足を蹴った。同時に自身の武器であるステッキを振りかざし、光の頭部を狙う。しかし、光はそれを剣で受け止め、アスタロトを押し返す。
「サタンと同じ立場である地獄長モロク。それが彼の正体なんだよね」
光の言葉にアスタロトは僅かに眉をひそめたが、直ぐにいつもの異性を虜にするような笑みと猫なで声で光を見下した。
「あらぁ。そこまでお勉強してきたのね。偉い偉い」
まるで幼い子どもを褒めるような声色と口調。光を煽ったつもりだったが、光はそれを無視しながら再度張り付いた笑みを浮かべた。
「悪魔《君たち》と違ってぼくらは博識だからね」
互いを煽るような会話。しかし、その挑発に先に乗った方が負けだと互いに分かっていたので、傷付いた身体をまるで無傷のように演じ、偽りの笑みを浮かべる。しかし、アスタロトが次に口にした言葉は光の耳には届かなかった。
「本当に馬鹿な契約者たちねぇ」