82話 狂想曲+救い
「ぼくたちも弘孝君とミカエルのもとへ急ごう」
光の掛け声で我に返る可憐。既に可憐の視線の先には悪魔二人の姿は無かった。
「そうね。ねぇ、光」
可憐が視線を光に移す。光の瞳はまだ黒いままだが、完全な黒ではなく、微かに赤みがかかっていた。光も可憐に視線を移す。
「悪魔を……救う事は出来ないのかしら」
微かに震えた可憐の声に光の瞳の色は完全に朱色に染まった。オレンジ色の魔力が彼の全身を包む。
「君と初めて会った時に言ったよね。天使と悪魔では、魂の在り方がそもそも違うって。奴らは契約した時点で魂を悪魔に食べられている。ゆっくりと記憶を失いながら、悪魔として生きていくんだ。君の言う救うがミカエルの魂の解放なら、質問には出来ないってしか答えられない」
オレンジ色の魔力は次第に光の全身から六枚の翼に集中され、美しい輝きを見せた。そのまま可憐をそっと横抱きにすると、春紀に視線を移し、合図した。それに合わせて二人の契約者は翼を羽ばたかせ、氷の地面から足を離した。
「ちょっと! 光!」
私が聞きたいのはそういう事じゃない。そう言いたかったが、光が翼を大きく羽ばたかせる音と強く抱きしめられている事により、それ以上言う事が許されなかった。初めて名前ではなく君と呼ばれて完結した会話は、可憐の心に穴が空いたような感覚を覚えさせた。
数十秒後、可憐と契約者二人の視界を埋めたのは、傷だらけの身体と翼にムチを打ちながら立ち上がり剣を構える猛と吐血をしながらも剣を杖代わりにして皐月を睨みつける弘孝の姿だった。
「ミカエル!」
「弘孝!」
光と可憐の叫び声に反応したのは皐月だった。二人に視線を移す事無く魔力を放ち、攻撃した。闇と毒にちかい色をした魔力が二人を襲おうとした時、春紀が自分の拳銃を構え、放った。若干威力は落ちたが、皐月の攻撃が相殺される事は無かったので、光は滑空し、それを避けた。舌打ちをする皐月を横目に弘孝の前に着地し、可憐を降ろす光。
「あなた、重症じゃない……!」
可憐が魔力を使い、弘孝の怪我を回復させる。癒しの大天使ラファエルの魔力は弘孝の内臓までも瞬時に回復させ、皮膚の傷痕もほとんど残らなかった。
「ありがとう。可憐」
微笑し、感謝の言葉を述べる弘孝。本当は可憐を抱きしめたかった。こんな危険な所から離れて欲しいと伝えたかった。しかし、それは自分に相応しくない。可憐もまた契約者となる人間なのだから戦いに参加するのは必然である。戦いの大天使ウリエルとしての理性が弘孝の本心を殺していた。
そんな事を考えている間に可憐は猛の治療に専念していた。
「すまないな。磯崎」
「これが私の仕事よ。気にしないで、一色君」
微笑む可憐に猛は再度自分の記憶にあるラファエルの姿を重ねる。見た目が似ている訳では無いが、何度見ても可憐はラファエルの面影を残した少女だと実感した。
「さぁ、これで全員集合ですよ。頭数で言うならこちらが上。どうしますか」
春紀の言葉に光が視線を皐月に移す。皐月は相変わらず、弘孝を中心に魔力で攻撃し、それを可憐の魔力で回復した猛が防ぐという攻防戦を繰り返していた。
「向こうのトップはハエの王……。正直このメンバーならなんとかなると思う。最悪、一番下のベルフェゴールか、アスタロトを倒せたらそれだけでも違うよ」
光は魔力で剣を具現化させた。オレンジ色の光りを纏った剣は光の翼に反応するかのように輝く。
「分かりました。ではまず、ベルフェゴールを……」
春紀が拳銃をベルフェゴールに向けた。両手で構え、魔力を込める。引き金を引き、魔力を拳銃を使って放った。ベルフェゴールに向かって放たれた魔力だが、皐月がそれを自身の羽で防ぎ、無力化した。
「それはダメー。ベルはオレの大事な部下なんだからー」
皐月が弘孝の攻撃を防ぎながら笑う。僅かに幼さを残した笑みは可憐に幼少期の皐月を思い出させる。
「皐月君! どうして……! あなたは素直でとてもいい子だったじゃない!」
可憐の叫び声に皐月は一度羽をばたつかせた。そして、弘孝たちの攻撃を羽で防ぎながらも確実に可憐に近付くようにゆっくり歩いた。
「だからさー。言ったじゃーん。可憐ねぇー。オレは、兄貴に殺されたんだってー。流石に、実兄に殺されたら、やさぐれてもおかしくないと、オレは思うけどー?」
舌先を見せながら悪戯をした少年のように笑う皐月。しかし、その笑みに少年らしい初々しさはなく、ただ殺意だけが込められた笑みだった。
「その前にお前は、父さんや母さんを殺した!」
二人の会話に弘孝が混ざり、剣を向ける。ルビーレッドの魔力が込められた一撃が皐月の腕に血を流させた。苦痛の表情を浮かべながら数歩さがる皐月。
「殺したー? 兄貴まだ気付いてないのー? 先に仕掛けたのはあっちだぞー? オレが病弱だったのは、天使と悪魔の子供として産まれたのに、混血にはならなかったからー。殆ど悪魔の血で少しだけ天使の血が混ざった感じでさー。混血みたいな綺麗な比率じゃないからー。ずーっとアレルギーの物質を摂取している状態に近い訳ー。そりゃしんどいよなー。だから、オレはあの方と契約したー。純血の悪魔にしてくれってー。そしたら地獄長ー。しかも第一地獄のー。それを知ったあの二人はオレにナイフを向けたから、反抗したってだけー。正当防衛ってやつじゃーん?」




