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75話 狂想曲+告白(2)

 弘孝が自分が人間ではないと自覚し始めたのは七歳の頃だった。幼い精神にしては恐ろしく、悲しい夢を見るようになった。同族同士の戦争の夢は幼い弘孝に恐怖を植え付けた。それを母に言うと、母は目を大きく見開き、弘孝を抱きしめた。



「あなたは大天使様の記憶を引き継いでいるのよ」



 まるで宝くじが当たったかのような反応をする母に弘孝は違和感を覚えつつも、歓喜する母をそっと抱きしめた。弘孝の短い黒髪をそっと撫でる母。母に夢の詳細を伝えた。すると、母は指先に意識を集中させろと言った。言われた通りにすると、そこにはルビーレッドの光りが灯されていた。それを見た母はさらに歓喜の声を上げた。



「戦いの大天使ウリエル様なのね!」



 自分のような裏切り者の子がまさか大天使様だなんてとはしゃぐ母。弘孝は母の言葉がいまいち理解出来なかった。ただ、母が喜ぶ顔を見るのは悪くない。そう思い、母の期待に応えようと笑った。



「僕も母さんと一緒の天使なんだ」



 弘孝は感覚的に自分の魔力をコントロールしようと意識を集中させた。すると、彼の背中の右半分には白い翼が現れた。左半分にはそれに対になるように黒い翼。左右二枚ずつ、合計四枚の翼が弘孝の背中でバサバサと音をたてていた。



「弘孝……?!」



 母が弘孝の姿を確認した途端、先程の歓喜の表情から一変、地獄を見たような表情をした。特に左側にある黒い翼をおぞましいものを見るような目で見ていた。



「あぁ……。やっぱり神は私たちを許してくれなかったのね……」



 崩れるように膝を床に着く母。そこから先の弘孝の記憶は曖昧だった。ただ、父と母、それぞれの思想と魔力の使い方を教わった。どうして一緒ではなくお互いに隠れて教えているのか。幼心ながらもそれは聞いてはいけない気がして弘孝は両親に質問することは無かった。ただ無心に二人から人間を守るための魔力と人間を絶望させるための魔力を交互に教わる毎日。


 数日後、目が覚めたら弘孝の髪が腰の位置まで伸びていた。ウィッグか何かと思い、力任せにその髪を引っ張ったが、それはただ弘孝の頭皮に痛みを与えるだけになり地毛だと理解するのにすこし時間がかかった。



「母さん、髪が……」



 すぐさま母に自分の伸びた髪を見せた。母はため息をこぼしながらも弘孝に気にしないでと小さく呟いた。


 学校に行くと、幼い頃から共に勉学に励む仲間たちの注目の的となった。それはそうだ。一晩で腰まで髪が伸びていたら誰もが注目するであろう。弘孝はその視線が堪らなく苦しかった。物珍しさで見る者が大半だったが、中には差別や偏見の目で見る者もいた。


 帰宅し、弘孝はいの一番に自分の髪を家にあったハサミで切った。少しガサツに切られた髪だが、好奇の目で見られるかはよっぽどマシだと自分に言い聞かせ眠りについたが、翌日には再度腰の位置まで伸びていた。微かに自分の髪に纏われている闇と毒に近い色をした魔力。


 弘孝はその時全てを悟った。自分は人間ではない。悪魔でも天使でもあり、悪魔でも天使でもない異端者だと。このままどっちつかずの人生を送りながらゆっくり死んでいくのであろう。その間にどれだけの人間に差別され、偏見の目で見られ、異端者だと蔑まれるのだろか。


 心を落ち着かせるように唯一の趣味であるバイオリンに触れ、音色を奏でる。完全五度に調弦された弦を弘孝は華奢な指でそっと握りしめた弓を使い、美しい音色を出す。


 耳と心を落ち着かせる高い音色。演奏しているのはCDで何度も聴いたシュトラウス二世の皇帝円舞曲。貴族が存在する時代を想像させるこの曲は、弘孝自身もどこかの城で舞踏会に参加しているような気持ちにさせた。


 いつか、そこで共に踊れるようなパートナーが現れるといいな、と淡い期待を抱いていた頃、玄関のチャイムが鳴った。


 もしかしたら、バイオリンの音についての苦情かもしれない。そう思った弘孝は素直に両親のいない自宅の玄関を開けた。


 そこには黒い髪をボブヘアーにした瞳の大きな少女。物心つく前から同じランク、同じ教室で勉学を共にしていたクラスメート。それだけの関係である少女は、弘孝の顔を見るとほんの少しだけ笑った。



「さっきの演奏はあなたなの?」



 確か名前は磯崎可憐(いそざきかれん)だったか。そう内心呟くと、弘孝は苦情が来ると予想し、先に謝罪をしようと口を開いたが、彼女の方が先に口を開いた。



「とても、素敵な演奏だったわ。確か、椋川弘孝君よね?」



 予想外の言葉に弘孝は頷くしか出来なかった。優しく微笑む彼女の目に惹かれていた。同じ集合住宅。しかも隣の部屋に住んでいた彼女だが、学校でもプライベートでも簡単な挨拶や世間話程度の関係だった。


 弘孝自身も彼女に興味が無かった。ただ、偶然ランクが同じで生まれた年代も同じである人間の一人であった。しかし、先程の彼女の一言で弘孝のモノクロだった世界が微かに色が現れた。




「私の事は知っていると思うけど、磯崎可憐よ。ねぇ、さっきの曲は何?」



「シュトラウス二世の皇帝円舞曲」




 聞かれた質問に一問一答するのか精一杯だった。可憐は弘孝の回答に満足気に頷いた。



「とてもいい曲ね。ねぇ、私にもっと色々な曲を教えて」



 長髪の事には一切触れず、弘孝の手を握りしめる可憐。彼女の手の温もりと同時に感じたエメナルドグリーンの魔力は弘孝の心を癒し、苦しめた。そしてそれと同時に弘孝は自分の半分の存在と周りの目を思い出し、可憐の手をそっと払った。



「僕と一緒に居たら、差別の目で見られるぞ。それに、この髪だ。異様だろ?」



 可憐より長い髪を手ぐしで整え、軽く差し出す弘孝。指の隙間から少しだけ長髪がサラリとこぼれた。可憐はそんな弘孝の髪を少しだけ自分の手のひらに乗せて笑った。



「そうかしら。とても素敵な髪よ。あなたの演奏と同じくらい、繊細で綺麗な髪だと私は思うわ」



 可憐の言葉を聞いた途端、弘孝のモノクロだった世界が一気に色付いた。全てが輝き、全てが美しく見えた。心臓の鼓動が速い。この感情の正体に気付くにはそう時間はかからなかった。


 しかし、目の前で笑う愛しい彼女から溢れるエメナルドグリーンの魔力。それは母に教わった大天使ラファエルの魔力であることを弘孝は知っていた。そして、彼女は大天使ガブリエルと結ばれる運命である事も。



「そのような事を言われたのは初めてだ。ありがとう。可憐。良かったら、僕の部屋に寄ってかないか。聴かせたい曲が沢山ある」



 それならば、自分はガブリエルが現れるまで、人間の椋川弘孝となり、可憐の友人として隣にいよう。大天使ウリエルとして、ラファエルの器を悪魔から守ろう。そう一人誓い、弘孝は可憐を手招きした。何も知らない彼女は無垢な笑みを浮かべながら靴を脱いだ。



「お邪魔します。弘孝」



 二人はそれからそれ以上でもそれ以下でもない関係を十年間続けていた。





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