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62話 狂想曲+Eランク


 Aランクの中にある集合住宅の一角。そこには未だ国の管理人と仲間以外とはコミュニケーションを遮断された人物はいた。



「リーダーおっせーなー」



 頬にある傷を触りながら軽く貧乏ゆすりをするジン。異様なまでに掃除された部屋はスラム街に住んでいたジンにとって違和感を覚えさせた。



「仕方ないさ。リーダーはアタシたちとは違う次元で生きているからね」



 淹れたての紅茶を飲みながら悟ったように話すハル。国から支給された黒いワンピースが、彼女を想像以上に大人っぽくさせた。



「なんだよ。部外者は大人しくしてろってか」



 弘孝はジンが魔力を見ることが出来ることを知らない。ジンはそれを弘孝に言おうか悩んでいた。しかし、今までのゴミ扱いされた生活から贅沢を超えた生活に突然変わった事による戸惑いと、仮に自分が弘孝たちと同族ならば、どちら側なのか分からなかった事がジンの口を閉ざしていたのだ。



「そういやアイは? アイツ、晩メシ食ってから見てねぇーんだけど」



 ジンの質問にハルは飲み終えたティーカップを皿の上にそっと置いた。



「速攻で自室に戻って勉強してるよ。アイは一番年齢的にも若いから、アタシたちが家族として扱われるならば、基準になる。それに、アイは昔から覚えるのだけは早かった。多分、新しい知識が自分のものになるのが楽しいんだと思う」



 ハルの答えにジンはそうかと簡単に返事をすると、立ち上がり、窓に触れた。部屋を暖めている暖房器具により、窓は結露し、ジンの手を濡らした。



「ねぇ、ジン。スズはあぁなってしまったし、リーダーは猛たちの味方になったし、アタシたち、バラけてしまうのかな」



 ハルの言葉にジンはテーブルを挟んでハルの向かい側にある椅子に座った。ジンの指先には先ほどの水がまだ付いていた。



「それは絶てぇにありえねぇよ。仮にリーダーとスズがオレたちから離れても、オレたちは二人を責める権利はねぇし、バラバラになる義務もねぇ」



 濡れた手をズボンで拭くジン。ちょうどその時、扉からノック音が聞こえた。



「僕だ。今帰った」



 ノック音と共に扉を開ける弘孝。それにより、二人の会話は必然的に中断された。



「おかえり、リーダー」



 微笑し、自分の隣の椅子に弘孝を座らせるジン。弘孝もそれに従うようにゆっくりと腰掛けた。



「Aランクにはもう慣れたか?」



 弘孝の言葉に二人は苦笑した。二人の反応とハルの飲み干した紅茶を見た弘孝もまた苦笑した。



「その様子だと、戸惑っているようだな。確かに、ここはダストタウンとは似ても似つかない世界だが、お前らならきっとすぐ慣れるさ」



 立ち上がり、衣服を女性用から男性用に着替える弘孝。今までとはかけ離れた質の服は、華奢な弘孝の体型を際立たせた。



「なぁ、リーダー。ここ数年はオレたちはここに住めるけど、その後はどうするんだ? テストに合格しても、オレたちには養ってくれる大人なんていねぇ。かと言って、ここに一生世話になるなんてありえねぇだろ? 猛の力はもう使えねぇからオレたちの力で何とかしなきゃなんねぇじゃねぇか。そこまで考えての契約だったんだよな?」



 ジンの質問に弘孝の動きが止まった。確かに自分は猛にパーティーの幸せを願った。しかし、それは上ランクへの昇格という形で契約が完了しているのではないか。目先の事だけを考えただけだと弘孝は実感し、彼の頬から冷や汗が流れた。



「どうなんだよ、リーダー。じゃねぇとオレとハルは下手すりゃ降格してまたゴミ暮らしだぜ」



 自分らしくない凡ミスに弘孝は劣等感を覚え、素直に分からないと謝罪しようとゆっくりと口を開いた。その時だった。三人がいる談話室に誰かが入ってきた。



「その心配は要らないわよ」



 三人の目の前に現れたのはここの管理人である人物であった。


 男性の裏声のような声色にやや筋肉質な体には不釣り合いな服。白いフリルのエプロン。精神と身体の性別が一致していないというのは誰が見ても分かる容姿だった。



祥二郎(しょうじろう)さん?!」



 祥二郎と呼ばれた男性は女性のように右手首だけを器用に動かし、右手を一度ひらりとさせた。



「やだねー。しょうちゃんって呼んでって言ったでしょ? ヒロちゃん。四人ともいい子なんだからダストタウンに戻るなんてありえないわよ。その為に今勉強しなきゃね?」



 片眼を閉じる祥二郎。彼の視線は弘孝に向けられていた。



「あはは。そうですよね。ほら、ジン、それなら僕たちもアイを見習って勉学に励むか」



 部外者の登場により、身内ごとを話せなくなった弘孝は遠まわしに解散の命令をかけた。ジンとハルもそれを察し、各自自室に戻ろうとしたが、祥二郎が笑うことにより三人の思考が一瞬だけ止まった。



「そんなに除け者にしなくていいじゃない。ヒロちゃん。嫌、大天使ウリエルさん」



 祥二郎の言葉に三人は凍ったように動かなかった。しかし数秒後、弘孝は魔力を使い、祥二郎を包んだ。悪魔の魔力は感じない。しかし、天使の魔力も祥二郎からは感じなかった。感じたのは人間が誰でも持つ程のごく微量の魔力のみだった。



「人間……?」



 弘孝の言葉に祥二郎はゆっくりと頷いた。



「そうよ。アタシは人間。契約者になれる資格は持ってないわ。でも、あなたたち契約者たちの事は良く知っているの。もちろん、あなたたちの味方よ」



 そう言うと祥二郎は談話室の中央にある椅子に腰掛けた。祥二郎は手招きし、さらに三人も椅子に腰掛けるように促した。三人はそれに従った。



「冷静に考えてみてよ。ここ百年くらい一度も無条件昇格なんて無かったでしょ? しかもこんな施設まで用意してくれるって。そしてここの管理人を国が急遽募集していたの。普通、行政の誰かがするはずよね。でも、募集しているって事は誰もやりたがらなかったって事よ。入居者の生い立ち……と言っても国が把握している程度だったけど、それを見たアタシはピンと来たわ。この中に契約者候補がいるってね。案の定管理人に立候補したのはアタシだけだったわ」



 祥二郎の言葉に三人は頷くしか出来なかった。彼の言葉は正しい。しかし、なぜ人間の彼が契約者の事を知っているのかという根本的な疑問は解決されなかった。



「どうしてしょうさんは契約者の事を知っているんですか? アタシたちはリーダーが関係者だから知った。しょうさんも誰か知人が関係者だったんですか?」



 弘孝が口にしようとした疑問だったが、ハルが先に話した。弘孝たちからして危険人物ならなるべく弘孝が関わる事を望まない彼女の母性からの行動だった。



「ハルちゃんたちと同じよ。アタシも知り合いが契約者候補だったのよ。と言ってもヒロちゃん程の上級天使では無かったけどね」



 苦笑する祥二郎。しかし、その顔には悲しみは無かった。悲しみの代わりにあったのは弘孝たち三人を慈しむ人間独特の魔力。それを感じ取った弘孝は彼は敵ではないと確信し、それをハルとジンにアイコンタクトで伝えた。二人は弘孝の意思を感じ取り警戒を解いた。



「そうですか。では、なぜ僕が大天使ウリエルと知っていたのですか?」



 弘孝の質問に祥二郎は笑って答えた。



「それはね、ミカエルとのラインが繋がってるからよ。でも、ここの管理人って事は内緒よ? あの人がここに来た時にびっくりさせちゃうんだから。普段無愛想のミカエルが感情を出す時って可愛いのよねー」



 微かに頬を赤らめて話す祥二郎に若干距離を置きながら弘孝は手首に付けておいた髪ゴムを使い、自分の長髪を束ねた。



「わ、分かりました。最後に一つだけ。どうして僕たちが初めてしょうさんに会う時にこの事をカミングアウトしなかったのですか?」



 弘孝は初めて祥二郎に会った時を思い出していた。口調は今と変わらないが、妙に厳しかった。時間厳守や一定期間の外出禁止。他人の自室への出入りも禁止。昇格を許可した国への忠誠などどちらかと言えば国の思考だと思われる言動だったのだ。



「それはね、これよ」



 そう言って祥二郎が取り出したのは小さな黒い機械だった。一センチ角ほどのそれは誰が見ても盗聴器だと分かるほど異様な存在感だった。それを見たジンは指をパチンと綺麗に鳴らした。



「なるほどなー。オレたちはあくまでもゴミ。もしフヘーフマンを少しでも漏らしたら反逆者としてまたゴミ箱行きだ。それに一度オレたちがまたゴミ箱行きになりゃダストタウンの人間はいくら優しくしても噛み付いてくるっていう証拠にもなって上ランクの人間がユーエツカンに浸ったり、またこんな運動を起こす気持ちを奪うって事か。あったまいいなぁー」



 ジンが盗聴器だけの情報でそこまで考える事が出来ることに弘孝は目を丸くした。確かにジンは学力的にはかなり下だが、こういう少しの情報で数パターンの結果を生み出す事には長けていた。


 もしかしたら、自分よりジンの方が仲間たちをまとめるのには適任なのではという考えが弘孝の脳裏を横切った。



「ジンちゃんの言う通りよ。一度失敗すれば国民は諦めるだろうと考えているからあなたたちが暴れるのを待っているのよ。でも、ここは使える盗聴器は置いてないわ。アタシが全部ここの盗聴器はバグを起こさせて別の音声が入るようにしてあるの。だから、本当に秘密にしたい会話はここでしてね」



 そこまでして国はゴミと人間とで区別したいか。それが弘孝たち三人の素直な感想だった。税金を絞る事すら出来ない人間たちは人間ではない。そういう言葉が聞こえてきた気がした。



「あと、一つお願い。これはハルちゃんやジンちゃん人間側の人たちは知ってはならない事なの。それを知ったって事はヒロちゃんが記憶を失って他人になっても契約者をサポートしないといけないのよ。契約者はね、少しの人数でもいいから彼らを信じてくれる人たちによって支えられているの。天使や悪魔は本当に存在するってくらいでもいいからこれを未来永劫伝え続けるのがアタシたち人間が出来ることよ」



 そう言うと祥二郎は再びウインクするとゆっくりと立ち上がった。そのタイミングで弘孝は壁に掛けてある時計を見たら夕飯の時間を過ぎていた。



「ご飯温めてくるね。それと、ハルちゃんとジンちゃんが降格を心配するなら、二人が結婚してアイちゃんを養子にすればいいのよ。こうやって降格逃れしている人って結構多いのよねー」



 ヒロちゃんはもう学校の編入まで終わっているから心配はいらないわよ。と付け足し、異様な笑みを浮かべながら祥二郎は談話室を後にした。



「けけけけ、結婚?!」



 ハルがそうやって赤面しながら大声を出した時には既に祥二郎の姿は無かった。





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