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シュナ、激突す

「この剣を防ぐとは、お前は何者……いや、その剣は一体!?」


 顔半分が焼けただれた妙齢の美人……ギリネイラが驚愕の声を上げる。

 私はブロンズソードを掲げて、宣戦布告した。


「ふははははぁっ! 我が名は遍歴の騎士、クリスティン・ファロード! イドルギ様を拉致し、政情を混乱させようとした罪、我が両眼がしかと見届けたぞっ!」


「そうか、そなたはクリスティンというのか!」


 ヴァレンシアさんがうんうん頷いている。

 一方、せっかく名乗ったのに、ギリネイラはぽかんとしていた。


「は、はぁ? ヴァレンシアの従者か何かか?」


 くっそー。

 さすがにヴァレンシアさんのほうがネームバリューが高い。

 私じゃ、恐れ入ってくれないか。


『クリシュナ、あの剣……“捻殺剣ウル=グラム”は危険です。受け止めた際、わずかに凹みが出来ました。その傷を入り口に、こちらの能力を歪めようと魔力が侵入してきています』


「へぇっ!?」


 ミラの忠告に、思わず変な声を出してしまった。

 さすがは十三聖剣、ということか。

 黎明剣アルマレヴナを折ったことがあるせいか、相手が十三聖剣持ちでも大したことないんじゃないかと油断していたんだけど……。


『全魔力が相手の性質を歪めることのみに特化した剣なのでしょう。破壊でも腐食でもない以上、対抗可能な能力は〈自己修復〉くらいしかありません。しばし、修復に集中したいので、能力が一時低下します』


 ちょちょちょ、ちょっと!

 能力が低下した状態で十三聖剣持ちと戦えって?


「わっ、ととと!」


 なんて思っていたら、ギリネイラがウル=グラムを伸ばしてきた。

 慌てて、体をよじってかわす。


「ハッ! 貴様が何者か知らんが、気をつけることだな。ウル=グラムは傷をつけたあらゆるものを捻じれさせる。生が捻じれて死に。存在が捻じれて消滅に。反応は悪くないようだが、どこまで持ちこたえられるかな?」


 ギリネイラは愉しそうに笑いながら、怒涛の連撃を繰り出した。


「ひぇっ! わっ、ちょっ!」


 と、私がわたふたしていると、さらにムカデの大群が私たちを襲ってくる。


「何これっ、十三聖剣持ちだけじゃなく、ムカデまで相手にしろって!? なんでこいつら、あっちには襲い掛からないのよっ!?」


 第五層の最深部にいたような、人間大のムカデではないものの、大蛇のようなムカデがうじゃうじゃとうっとうしい。

 その時、ムカデの群れがハルバードの一閃によって吹き飛ばされた。


「クリスティン! 助太刀いたす!」


 振り返ると、井戸を置いたヴァレンシアさんが完全武装でハルバードを振るっていた。


「ムカデども! まずは魔炎将軍からだ!」


 ありがたい!

 さすが、ヴァレンシアさんは無視できないみたい。

 私からマークが外れた。


 この機を逃しちゃいけない。

 私は剣を持つ相手の腕を狙ってブロンズソードを下からかちあげた。


 ギリネイラの右腕がガントレットごと吹き飛ぶ!


「ぎゃーっ! ごめんなさい!」


 凄腕の傭兵だというのに、片腕にしてしまった。

 これじゃ、明日からご飯に困るんじゃ……。


 と、思ったら、ギリネイラのガントレットはウル=グラムを手にしたまま宙をすべり、私めがけて飛んできた!


「きゃっ!」


 ななな、何あれ?!

 ゴースト系のモンスター!?

 リビングアーマーとか!?


「こうも早く種を明かすことになるとはね。あたしのユニークスキル〈傀儡〉はこういう使い方も出来るのさ」


 よく見れば、ガントレットの指が一本一本、糸で吊るされている。

 その糸はどこでもない、虚空から垂れていた。

 いや、目を凝らすと、薄っすら操作板のようなものが見えたり見えなかったり。

 多分、糸も操作板も実体じゃないんだろう。


 ギリネイラは元々片腕だったんだ。

 それを、スキルの力でガントレットを動かして、両腕に見せていた。

 じゃ、やっぱり、私がスコンプの教会で見たのは……。


 縦横無尽に空中を飛ぶガントレット。

 地面はヴェノムピードが這いずり、足を取られる。

 かと言って、全力で剣を振るえば、ヴァレンシアさんやイドルギ様までまとめてダンジョン崩落の餌食だ。


 どうすれば……


「クリスティン、こっちだ! 我が鎧は〈剛体8〉の魔力が籠っている。それ以上の魔力を持った武器でなければ傷すらつけられん。あの魔剣、見たところ、攻撃強化の魔力はそれほど強くなさそうだ。傷さえつかなければ、捻じれさせられることもあるまい」


 助かった!

 装備者を強化する〈鉄壁〉と違って、〈剛体〉は防具そのものを強化する防具版の〈鋭利化〉みたいな能力。

 それが準伝説級のレベル8ともなれば、生半可な武器じゃ傷一つつけられやしない。

 慌ててヴァレンシアさんの背後に回り込んだ。


「そなたの剣は無事か!?」


「そ、それが、あの剣に傷をつけられて、能力が低下しちゃって」


「やはりか。盗賊団の首領を斬ったときのような精彩を、欠いているように見受けたが。私と違って、そなたは軽装。あの刃に当たったら、さっきの男の二の舞になりかねん」


 私は存在そのものを“捻じ”消された、諜報員の男を思い出してぞっとした。

 だが、ギリネイラは攻撃の手を緩めなかった。


「さすが、アルマレヴナを失ったりと言えども魔戦将軍か。ならば、対策を練られる前に、早々に決着をつけたほうがよさそうだ。奥の手を切らせてもらう。エンドーリル。やっておしまい!」


 叫んだ瞬間、ギリネイラの影から現れたのは、人間を奇妙にデフォルメにしたような、細く頭でっかちな人影だった。

 糸に吊るされた全身は真っ黒で、無数の牙が生えた口からだらだらと涎を垂らしている。


 口から上は“捻じれ”て、向こう側が半分見えていた。

 その口に、黒い光が宿る。


「なっ!」


 ギチギチと耳障りな音を立てて、黒雷がヴァレンシアさんを襲う。

 その一瞬前に、私は突き飛ばされて無事だった。

 だけど、ヴァレンシアさんは……


「ほう。今のでも、立っていられるか。このダンジョンの主だったグランディアズ四大王の全力を受け止めて、なお主を守るとは。呆れた逸品だな、その鎧は」


 ヴァレンシアさんは、生きていた。

 ただ、肉が焦げるイヤな匂いが辺りに漂っている。


「ふっ、フルヒール!」


「……かたじけない」


「ちっ! 回復持ちか、厄介な! エンドーリル、あっちを先に始末しろっ」


 ギリネイラはターゲットを私に切り替えたらしい。

 まぁ、回復持ちを先に叩くのは定石だがー?


「うひーっ」


 ムカデの大群が足元に絡みつき、浮遊するガントレットが一撃必殺の魔剣を突き刺さんと狙い、魔王の黒雷が私を襲う。

 でも、


「あまぁいっ!」


 今のところ、怖いのはウル=グラムだけ。

 私は黒雷をブロンズソードで受け止めると、ムカデを蹴飛ばし、ウル=グラムの攻撃をかいくぐり、ギリネイラとの距離を詰めた。


「クリスティン、後ろだ!」


「ちぇっ!」


 ギリネイラの首筋に一撃を入れようとしたところで、背後からガントレットが迫ってきた。

 前転しながら剣をかわすと、ギリネイラは距離を取っている。


「攻め切れないっ」


「クリスティン! そなたは黒い化け物のほうを! 私がこの剣をそなたには近づけさせぬ!」


「よし来たっ!」


「くそっ! なんなのだ、貴様はっ!?」


 黒雷はすべてブロンズソードが避雷針となって吸収してくれる。

 数十匹のヴェノムピードが網のように織り重なって行く手を遮ったが、私は一刀のもとにそれを斬り伏せた。


「集中、集中……ッ!」


 全力の大振りの攻撃じゃ、ダンジョンが崩落する恐れがある。

 私は神経を研ぎ澄まし、ギリネイラに操られた魔王の心臓一点を目掛けてブロンズソードを突き出した。


「ふっ!」


 魔王の後ろの岩壁に、細い穴が開いて、ぱらぱらと小石が降る。

 やや遅れて、魔王の体は顔の中央に空いた穴に吸い込まれるようにして、消えていった。


「もう後がないぞ、ギリネイラ」


「くそ! 貴様だけなら何とでもなったろうに。その仮面の男は、一体……!?」


「ふっはぁ! 我が名はクリスティン・ファロード! 遍歴の騎……」


「クリスティン殿。それはもう良い」


「そですか……」


「イドルギ様を解放する。このままではソリロークと全面戦争になりかねん」


 すると、少し離れたところに立つギリネイラは、狂ったように笑った。


「くっふ。ふははははは。貴様らが何をしようと、もう遅い。今ごろ、町はソリローク軍に包囲されていることだろうよ。後は私が手を下すまでもない。背後にそびえた壁で逃げ場もなかろう。町の者たちは皆殺しだ」


「えっ!」


「イドルギ様を召喚させるために、ソリロークのシスターたちを攫わせていたのだが、ある日邪魔が入ってな。おかげで、計画の詳細がもれてしまった。こんなに早くソリロークが動くとはこちらも計算外だったが……。先ほど物見から報告があった。この町は終わりだ」


 ソリロークのシスターたち!

 私がこの姿で助けた人たちだ。

 私が彼女たちを助けたことで、計画が早まっちゃったってこと!?


「貴様! 闇雲に戦争など起こして、何が楽しい!?」


「戦争? 違うな。私の狙いは虐殺さ。この町を完膚なきまでに滅ぼす。それこそが我が望みよ」


「なっ、なんのために!? 町には罪のない人が、たくさん……!」


 それに……町にはまだアイシャちゃんとルヴルフがいる!

 あああっ、こんなことになるならスチールソードを売ってでも、こんな町からさっさと退散しておくべきだった!


「罪がない……だと!?」


 すると、ギリネイラは暗がりでも分かるぐらいに顔を歪めた。


「罪がないものなど、いるものか。町のやつらは、投石で私の母様を殺した! 何が罪だ!? 際立って美しかったことが、罪か!? その美しさを見初めた領主が母様を……そしてまだ幼かった私を、手籠めにしたことが罪か!? それが、奥方の大切なものを盗んだことになるのか!?」


「え……?」


「嫉妬に狂った奥方は、領主をたぶらかした顔だと言って我ら母娘の顔を焼き、領主を愛撫した腕だと言って、我ら母娘の利き腕を切り落とした。その上で見せしめに磔にし、町のものに投石を命じた。……この町のものはみな罪人だ! 母様を殺したなぁっ!」


 ギリネイラは全身が宙吊りになったような奇妙な動きで、予想もつかない大ジャンプをし、私めがけて跳んできた。

 スキルで、自分自身を浮かせたんだ!

 蹴りを腹に受け、思わず転がる。


「邪魔なのだ、お前は! 死ねっ!」


 左腕で私の首筋を掴み、空からガントレットが急降下。

 私の眉間を正確に刺し貫こうと、ウル=グラムの切っ先が迫る。


「わ、わあっ」


 それは一瞬の出来事だった。


「ぐっ、ぐぷっ」


 私がとっさに振るったブロンズソードは、ウル=グラムの刀身を両断していた。

 弾き飛ばされた切っ先が向かった先に、ギリネイラの首筋があった。


「こ、こんな、ところで……」


「ど、どどどうしよう。ヒールでいいのかな?! 存在が捻じれるって、一体どうすりゃいいの?」


「よせ、クリスティン殿。自業自得だ。それより、我らは急ぎ、戦争を止めねばならぬ」


「で、でも……」


 ヴァレンシアさんは私の肩に手を置き、首を振った。


 彼女に促され、ノロノロと立ち上がる。

 井戸を担ぐヴァレンシアさんの後について、地上を目指し、歩き始めた。

 背後では、ギリネイラのくぐもった呪詛の声がいつまでも聞こえていた。

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