アイシャ、密かに探る
(アイシャ視点)
「アイシャ! 逃げなさい! アイシャ!」
お母様が叫んでいる。
屋敷には火が放たれ、そこらじゅうに切り殺された使用人たちの死骸が転がっている。
額から血を流したお父様が、私の肩を掴んで言った。
「いいか、アイシャ。よくお聞き。暖炉の裏の抜け道は、教えたことがあるね? お前はそこからお逃げなさい。抜け道を出てまっすぐ歩いて行くと、スコンプの町がある。そこの孤児院を創立なさったのはこの国の王女様だから、迂闊には探りを入れることができない。そこへ行けばしばらくは安全だ」
「お、お父様はどうなさるの?」
「私は逆賊の汚名を着せられてしまった。やつは釈明の機会を与えず、逮捕に抵抗した際の事故として、私を処分するつもりだろう。当家の最大戦力、魔戦将軍クラリンドがやられてしまったのだ。武力で私たちに勝ち目はない。どうやら、よほど凄腕の傭兵を雇ったようだ」
「そんな……!」
「決して、復讐など考えてはいけないよ。派閥の貴族たちがお前を担ぎ上げて、当家の再興を考えるかも知れないが。お前には、こんなドロドロした世界で生きてほしくない」
「一緒に逃げよう! お父様! お母様!」
「ダメだ。私たちがいなければ、いつまでも追っ手がかかる。私たちが出て行って時間を稼ぐ。さぁ、お逃げ。ここで一緒になって死ぬことが、どれほど私たちを苦しめるか、分かるだろう?」
その時、ドアが焼け落ちて、廊下が見えた。
廊下の先に、一人の女がいた。
顔半分が焼けただれていたが、この火事で出来た火傷ではない、もっと古いもののように見える。
使用人の一人に、奇妙に捻じれた細剣を突き刺さんとしたところで、女はこちらに気づいたらしい。
「逃げろ! 早く!」
父の背に隠されるようにして、私は暖炉に押し込まれた。
「その本を、絶対に手放してはいけないよ。アイシャ、私たちはいつまでもお前を愛している」
父はそう言って笑うと、剣を抜き放ち、女剣士に向かって行った。
お母様の悲鳴が響いたけれど、私は振り返らなかった。
私が捕まることこそが、お二人を一番苦しめることだと言われたから。
スコンプに着いたのは、それから丸二日歩いた頃だった。
「夢……」
私は目を覚まし、頬が濡れていることに気がついた。
隣ではお人よしの冒険者、シュナちゃんがおへそを出して寝ている。
……シュナちゃんの能力を見た時、私は“利用できる”と、そう思った。
だからダメもとでついて行った。
追い返されるかと思ったけど、あっさり受け入れてくれた。
「変なひと」
普通、こんな能力を持っていたら、もう少し警戒したり、もしくは偉ぶったり、すると思うんだけど。
シュナちゃんはいつも、シュナちゃんのままだ。
時折、そんな彼女を利用しているという罪悪感が、頭をかすめる。
「でも、もう少し。もう少しだけ……そばにいさせて……ね」
私はシュナちゃんのお腹にしがみつくと、悪い夢を忘れるようにともう一度目をつぶった。
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「おや、リリちゃん。今日も来たね。さぁさ、今日の分はこれだけだ。気張って作ろうね。……ルヴちゃんは、もう少し手先が器用だといいんだけどねぇ。気立ては悪くないんだけど」
「うぐっ、今日こそは一日500個、達成してみせるのじゃっ」
教会前広場に敷物を敷いて、オバちゃんたちは今日も綿毬藻作りに精を出す。
ここだけで一日に五千個の綿毬藻が生み出されているわけだけれど、こんなに作って在庫がだぶつかないのかと思っていたら、世の中には綿毬藻フリークの金持ちがいるらしく、森をイメージした庭園に綿毬藻をいっぱいに浮かべる“エルフ風”というのが流行っているそうな。
広大な敷地を綿毬藻でいっぱいにするには数千万個必要で、彼らは“カーロッサ産”を好んで買い求める。
そこに目を付けた商人が〈浮遊〉の魔石を大量に持ち込んで、女将さんたちに内職をしてもらっているのだとか。
「それで、昨日の話だけれど」
「あぁ? なんだい、リリちゃん。おかしなことが気になるんだねぇ」
「お知り合いかもしれないの。良かったら、教えて」
「確かに、ギリネイラって子はこの町にいたらしいよ。当時を知っているものも少なくなってきているそうだが。何でも、町一番の器量よしの母娘だったそうだ。ただ、悲しいことがあってね。母親のほうは亡くなり、まだ小さかったギリネイラは町を追い出されたらしいよ。前の前の領主様の時代の話さね」
「悲しいことって?」
「何でも、その母娘が領主の奥方様の大事なものを盗んだんだそうだよ。それで、二人とも顔を焼かれ、腕を切り落とされ……。町の者たちに、投石まで命じたってんだから、よっぽど大事なものだったんだろうねぇ。結局、町の者が投げた石が当たって母親は死んで、娘はたまたま運良く助かったから、恩赦を頂いて町の外に放り出されたそうだ」
「ちょいと、あんた!」
もう一人のオバちゃんが、私に話してくれたオバちゃんを窘める。
「分かってるよ。今でもこの話をしたがらない老人は多いみたいだねぇ。この町の闇の歴史ってところかね。私なんかは、旦那の実家に嫁いできたヨソ者だから、当時のことはよく知らないんだけどね」
「後味の悪い話じゃな……」
モグちゃんが顔をしかめた。
そして、私のほうをむいて、その顔が急激に青ざめていった。
「うぉ! アイ……じゃなかった、リリどの! すごい顔色じゃぞ!?」
少し、頭がくらくらする。
「あんた、ひどい顔色じゃないかい。今日はもういいから、お休みよ」
オバちゃんがそう言ってくれた、その時、
崖際のほうから、悲鳴が上がった。
「ソリローク軍だ! やつら、攻めてきやがったぞ!」
* * * * *
(再び、クリシュナ視点)
「ぐ……ぬぉ、うおぉ……」
「ねぇ、やっぱり、変わりましょうか?」
「いらぬ。そなたがモンスターどもを露払いをしてくれるだけで、かなり助かっている。……悔しいが、戦力としてはそなたのほうが上だ。私は私の出来ることをしよう」
私たちはダンジョンの深層から、町へと逆戻りしているところだった。
……井戸を背負って。
背負っているのはヴァレンシアさん一人。
なんていうか、凄まじい怪力だ。
とか思っていたら、ヴァレンシアさんにため息をつかれた。
「この鎧、〈怪力8〉の魔力が籠っているのだ。そのような目で見ないでくれるか」
「えへへ。すみません」
もちろん、〈次元収納〉で運ぼうかとも思ったんだけどね。
さすがにご神体である井戸は収納できなかった。
「……まったく。そなたと話していると、毒気を抜かれる。そもそも、私の剣が折られたことを恨みに思ってはいたが、あれは事故だったと言えなくもないしな」
「そ、そうですよぉ。あれは事故です、事故!」
「ふん! だが、貴様がいたいけな幼女の下着を脱がせていたことについてはどう申し開きをするのだ?」
「えっ、そ、それはぁ」
う!
脱がしてたんじゃないし!
着せてたんだし!
ってか、私は女なんで、別に変なことしてたわけじゃないし!
言いたい。
っていうか、言っちゃおっか?
今なら、怒られずに言ってしまえる気もする。
よ、よぉ~し。
「おっ、見えてきたぞ。第一層が」
と、私が決意を固めていたら、ヴァレンシアさんが顔を上げて言った。
その目線の先に、ふと影が差した。
第一層と第二層を繋ぐ階段に備えつけられた松明が、曲線的なシルエットを投影している。
「だ、誰!?」
「まさか、あんたみたいな有名人が潜入してきているとはね。魔炎将軍ヴァレンシア。……おっと、今のあんたは剣を失った、ただのヴァレンシアか?」
「貴様……! ギリネイラか」
「天下のヴァレンシア殿に名前を覚えていただけるとは、私も出世したもんだ。イドルギ様を連れて行かれるわけにはいかない。あんたにはここで死んでもらう」
瞬間、ギリネイラと呼ばれた剣士は奇妙に捻じれた剣を、ヴァレンシアさんの肩口めがけて突き出した。
ヴァレンシアさんは井戸を背負っている。
避けられない!
「この剣を防ぐとは、お前は何者……いや、その剣は一体!?」
私はブロンズソードを抜き放ち、ギリネイラとヴァレンシアさんの間に躍り出た。




