シュナ、目撃する
(クリシュナ視点)
「なにをしにきたっ?! 我が剣を折ったお前に、助けられるなど、何たる屈辱!」
ヴァレンシアさんが叫ぶ。
男装していたせいか、または普通なら刃が通らないだろうヴェノムピードの甲羅をブロンズソードで切り裂いて見せたせいか、私のことを一発でブロンズソード+999の持ち主だと分かったみたい。
念のため、仮面をかぶっておいて良かったよ。
ってか、気色悪いムカデの化け物に囲まれていたから助けてあげたのに、その言い草はないでしょ。
「今そんなこと言ってる場合?! 二人して協力して、この場を切り抜けないと。すごい数だよ?!」
「ふん! 少年、そなたの持つその剣ならば、このような化け物など一刀のもとに斬り伏せられるだろう!?」
「それがさぁ」
さっきまで目的の相手を探していたミラなのだけれど、今は〈認識阻害〉? ってのを受けているらしくて、その対処で手一杯なのだそうだ。
だもんで、
「ちょっと、難しいんだよねぇ……(加減するのが)」
だって、全力でこの剣を振りきったら、ダンジョンごと真っ二つだ。
いつもならその辺うまくやってくれているミラは〈認識阻害〉と格闘中だし、下手したら生き埋めになりかねない。
「ふん。……そなたのその剣も、黎明剣アルマレヴナと同じ、何か条件付きの魔法剣ということか。真の力を発揮するには、何らかの条件を満たすことが必要なのであろう」
「え、いやぁ。はは、まぁ、そういうことに、なるの、かな?」
なんか勝手に勘違いしてくれた。
訂正するのもめんどいし、このままでいいや。
「気は進まぬが、この場は共闘せざるを得なさそうだ。私のハルバードのほうがリーチが長い。私が前に出る。そなたは後ろからついてこい! ……うおおおっ、食らえっ! 王連斬ッ!!」
「おぉ~……」
ヴァレンシアさんがぶるんぶるんハルバードを振り回すと、気色悪い人面のムカデがバッツンバッツン細切れになっていく。
間合いさえ詰められなければ、さっきみたいなことにはならないだろう。
私の出る幕、ないかも。
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「はぁっ、はぁっ。……さぁ、そろそろ説明してもらうぞ。なぜ、このような場所にいたのだ」
「すっご……。結局全部一人でやっつけちゃったよ」
さすが、魔戦将軍だけはあるってことか。
「いやぁ、ここの領主が最近人が変わったみたいだって噂を耳にしまして。他にも色々きな臭い話を聞いたものだから、ちょっと調べてみようかな、と」
「あぁ。私も聞いている。領主に取り入った凄腕の傭兵がいる、と。そなたではないのか?」
「えっ、違いますよ。何でも奇妙な剣を持つ女剣士だとかで」
「なに? 女なのか……? では、やはりそなたではないのか」
「あは、あはは、あはははは~っ。そ、そうですよーっ。ぼくゎ、どっからどう見ても、男! 男の子ですもんね~」
なんか……
女として、忸怩たるものがあるけれども。
バレて面倒なことになるのだけは避けたい。
背に腹は変えられぬ。
「それより……どうもこの先、雰囲気が違うようですよ。私たちが探していたものがあるかも知れません」
私の脳裏で、〈認識阻害〉を振り切ったミラが囁いていた。
狭くじめじめしたダンジョンの先に、ぽっかりと空間があるらしい。
「ふむ……、気配を消せ。様子を探ろう」
「簡単に言ってくれますねぇ」
もちろん、ブロンズソードの能力を使えば、わけもない。
下から三番目の、〈隠密機動〉あたりを使えばいいかな?
もっと上位のスキルもあるらしいけど、ヴァレンシアさんの手前、あまり凄すぎる能力を見せたくないから、この辺で。
すると、ヴァレンシアさんの顔がこわばった。
「なっ!? こ、この私でも隣にいるそなたが消えたかと思ったぞ!? な、なんだその気配の消し方は」
「そそそ、それより! ほら、あそこ!」
「まぁ、いい。……もしや、領主に取り入ったという女傭兵とやら、あれか?」
そこには一人の妙齢の女剣士がいた。
右腕にやけにごついガントレットをつけた、軽装の剣士だ。
匂いたつような色香を放つ美しいかんばせ。
おへそなんか出しちゃって!
太ももなんかすらっとして。
まぁ~、かっこいいわ。
「妙だな。やつの周りのヴェノムピード、やつに付き従い、守っているように見える。一切、攻撃に移るそぶりがない」
「それより、何あれ? こんなところに……井戸?」
ダンジョンの奥深くに、井戸があるなんて。
おかしい。
誰が掘ったのよ。
まさか、領主軍がダンジョンの奥に運び込んだものって、あれ?
なんのために?
ダンジョンに休憩ポイントでも作るのか?
井戸の周りはそこだけ日が差し込んでいるように、ほのかに明るい。
と、女剣士がダンジョンの奥の暗闇に向かって、無造作に剣を振った。
暗闇に隠れて、一人の男が忍び寄っていたのだ。
彼女はそれに気づき、返り討ちにしたのだろう。
「ぐっ、ギ……」
現れたのは、動きやすそうな皮の鎧に身を固めた冒険者だ。
いや、皮を黒く染めているあたり、専業の暗殺者かも知れない。
「あれは……、貴族派の諜報員? 顔見知りだ。時に敵でもあり味方でもある男だが、やつに情報を売りつけられたことが何度かある。あいつがいるところでは大抵何か良からぬことが起きているが……、ここもそうだというのか」
その時、目を見張る変化が、諜報員の男に起きた。
決して致命傷とは思えなかった一撃だったが、女剣士の剣に貫かれた片口の傷から、男の体が徐々に『捻じれ』はじめたのだ。
「ギッ、ギュォッ、おごぉっ」
男の体は傷口に吸い込まれるように、どんどん『捻じれて』ゆき、やがて、跡形もなく消えてしまった。
「くっ!」
ヴァレンシアさんが自分の口を押さえ、声を殺す。
人一人を消し去ったというのに、女はまるで無感動そうに暗闇を見つめている。
その横顔に、光が当たった。
彼女の顔半分は、無残にも焼けただれていた。
「えっ!」
私はその顔を、どこかで見たことがあるような……?
「あれ……どこだったっけな。ロロナッド……いや、もっと前。ってことは、スコンプ?」
スコンプ。
私とアイシャちゃんが出会った町。
私の冒険の始まりの町だ。
「しっ、知っているのか、やつを」
「知らない。……いや、知ってる、のかな? 見たことがある、気がする。名前は確か、ギ……なんだっけ。聞いたことあるような気がするんだけど、覚えてない」
あああっ、気持ち悪い。
ここまで出かかっているのに。
ギネッタ?
ギネヴィア?
「……もしかして、ギリネイラか?」
あ、あ、あぁ~っ。
「そ、そう! それ! それです」
思い出した!
スコンプで司祭の悪行を探っていた時、私は一人の女性と出会ったのだ。
でも、彼女は当時、清楚な身なりをして、穏やかな雰囲気だったから、繋がらなかった。
それにもう一つ、彼女は右腕を失っていた。
でも、今目の前にいる女剣士は、ごついガントレットに覆われた右腕を自由に動かしているし。
「もしやとは思ったが、やはりそうか。パララクシア国内にいる可能性も伝え聞いていたが、どこぞの貴族の庇護下にいたのか、今まで動向が掴めていなかったのだ」
「ゆ、有名な人なんですか?」
「あぁ。やつの持つ剣は“捻殺剣ウル=グラム”という。十三聖剣の一振りだ。世界を股にかけて悪名を轟かせている傭兵だが、言われてみれば、やつの出身はここカーロッサだったはず。戻ってきていたとしても不思議ではない」
そこで、ふと私の目に不思議な光景が飛び込んできた。
ギリネイラが井戸を蹴飛ばすと、中から美しい女性が現れたのだ。
「誰あれ……綺麗な人……」
「なっ……!」
ギリネイラはその女性に抱きかかえられると、二人して、井戸の中に消えてしまった。
後には、光に照らされた井戸がぽつんとあるだけだ。
「い、今のなんだったんですかね? いきなり暗殺者が襲い掛かったと思ったら、剣に貫かれて消えたり、井戸を蹴ったら井戸から女の人が出て来たり、二人して井戸の中に消えたり……意味が分からない」
困惑する私を横目に、ヴァレンシアさんは喉をごくりと鳴らした。
「あれは……井戸の守護神、イドルギ様だ……」
「イドルギ様?」
「あぁ。……至高神マルルギ様の愛娘とされる。ルギ神族の一柱」
「マルルギ様は分かりますよ。うちの国教の主神ですよね」
「そうだ。……そして、国内のマルルギ派とたもとを分かち、北方のソリロークで他民族を改宗させ、一大勢力を築いたのが北方正教会。彼らはパララクシアにいた頃は聖娘派と呼ばれていた」
えと、つまり、井戸から出てきた美人は神様ってこと?
うわぁ、初めて見た。
冒険者なんてやっていても、ダンジョンマスター、つまり魔王に会うのすら稀なことらしいけど。
ごく一部の英雄たちが、神に直接祝福を受けたりする逸話は各地に残っている。
私がのん気に浮かれているとヴァレンシアさんの声が低くなった。
「そなた、分からないか? あのお方はソリローク、北方正教会の主祭神だ。それが何らかの方法で“誘拐”されているんだ。……急いで解放せねば、戦争は避けられん」




