10.
「ええとですね。一応、まとめておきますと。ディーンさんは聖女様を探している、と。その石が光らせるのが聖女様の証と言う事でよろしいでしょうか?」
額に指をあてつつ、ディーンさんから聞いた話をまとめる。
まとめる意味もない程に、大した話を聞いていないな。
情報量の少なさにビックリした。
色々と話した気持ちになったが、本当に気持ちだけだったらしい。
「あぁ、そうだな」
先ほどまでと打って変わって、ディーンさんはそわそわと落ち着かない。
大丈夫ですって何回も言ったのだけれど、どうも気になって仕方ないらしい。
妊婦を気遣ってくれるのは嬉しいが、そこまで過剰に態度に出されるとこちらも気になる。
別に、少しくらい突いたって大丈夫ですよ。
普通に暮らしている分には、問題もないんだし。
「あのですね、聖女様の話はひとまず置いておいて。一個、聞きたいんですけど」
「あぁ、何だ?」
だから、そう意気込まれるとやり辛い。
「こっちに妊婦さんて珍しいんですか?まさか初めて見る訳でもないでしょう?」
ちょっとした皮肉と冗談を込めての問いかけだった。
まさか図星だったとはね!
そっと目を反らして気まずい顔をしたディーンさんに、驚いた。
嘘でしょう、とフィズさんを見るとこちらも何だか苦い顔だ。
え、マジで?
そう口にしそうになって、どうにか堪える。
「全く初めて見る訳ではない」
慎重な切り出しをしたのはフィズさんの方だ。
何とも微妙な言い回しだと思う。
「まだ俺たちが子どもの頃は、普通に見かける事もあった」
「そうだな。それでももう十年くらい前になるか」
「十年!?」
思わず話の腰を折って叫んでしまった。
どう言う世界なのだ、ここは。
膨らんだお腹を抱きかかえるようにして触れる。
これが現実なのだと確かめる。
「あぁ、その位前から徐々に女たちの病が深刻化し始めた」
「病、病気?」
伝染病だろうか。
想像するだけで背筋がぞっとする。
妊娠している今、病気の類が一番恐ろしい。
安易に薬を飲む事も出来ないし、ウィルスが胎児に影響を与える事もある。
顔色を変えた事に気付いたフィズさんが、落ち着かせるように頭を撫でて来た。
あぁ、大きな手で撫でられるのは、ちょっと気分が良い。
落ち着くと言うか、子どもの頃を思い出すからかも知れない。
旦那さんにも強請って時々、撫でて貰ったりもした。
懐かしい。
まだ半年も経たないのに、何だかすごく懐かしい。
「もう収まった話だ。……今は病の原因も取り除かれた。これから女たちも昔と同じように暮らせるだろう」
そうなのか。
それなら良かった。
特効薬でも見つかったのだろうか。
ちょっとだけフィズさんの表情が暗いのも気になるが、今は言葉通りに受け取って安心しておく。
「つっても、まだまだ日常になるには遠いな。すぐに女たちを村に解放する訳にはいかないから、そこは今後の課題だなぁ」
ぼやくディーンさんは、口調程に顔は暗くはない。
未来が見えていると言うのは、出来る事があると言う事なので良いのだろう。
何も出来ない時ほど、人間腐る事はない。
ちなみに経験論です。
それはともかく。
今の言葉をまとめると、どう言う事だ?
「女性だけがかかる病……って、もしかして、女性と言う存在自体が今は珍しいんですか?」
そんなまさか。
嫌だなぁ、と笑って言えば至極真面目に肯き返された。
冗談だったのに、パートツー。
いやいや、脳内で茶化して言っている場合ではない。
「病って、そんなに急激に人口比まで変えちゃったんですか?!って言うか、女性だけの病気って?婦人科系とか?」
現代も女性特有の病気は多い。
だからと言って、それだけで人口比が傾く事はない。
「長い長い時間をかけて、そこまで悪化したんだ。気付いた時には、多くの女たちが犠牲になった」
「まぁ、それでも最悪の一歩手前でどうにか食いとめた。アレは、加護の殿下のお陰だ」
「籠の電化?」
「お前、何か違う事想像してるだろう」
あれ、違うのか。
首を傾げて曖昧に笑ってみる。
いや、違う事はさすがに分かったけれど。
電化、伝家、殿下?
籠は加護かな、さすがに。
「ヴェルグリッド・ヴァイシュ殿下だ」
それだけ言えば分かるだろうと言うフィズさんの面持ちに異議を申し立てたい。
分かりません。
私には、ちょっとそのヒントは難易度が高すぎます。
「お前、もしかしてヴァイシュ殿下の事も知らないのか?」
頭が痛いと言った風に問われて、申し訳ないながら肯いた。
いや、だって、知らないもん。
アラサー女が言っても可愛くないとは思うけど、知らない物は知らないもん。
「まさか、こんなに世事に疎い人間が居るとは思わなかった」
「カエは他国の人間だ。それも仕方ないだろう」
「他国って言ったってな!さすがに、限度ってもんがあるだろう」
スミマセン、無知で。
そんなに有名なのか、そのバッシュ殿下?だっけ。
今の日本で言うなら、総理大臣みたいな?
それとも、アイドルの子たちみたいな?
有名人なら知ったかぶりをしたみた方が良かったかな。
あんまり物知らず過ぎて、余計な疑念を生むことになったら目も当てられない。
「ヴァイシュ殿下は、この帝国を救って下さった帝国の皇子様だ」
「俺とフィジーの主人でもある」
「へ!?」
そうなんだ。
意外とフィズさんってば、凄い人?
意外と、なんて言ったら失礼かもしれないけれど。
でも、そんな何と言うか役職が着いてそうな仕事をしているイメージがなかった。
この山での生活に凄く馴染んで見えたせいかもしれない。
それに、私の知っているフィズさんは、山で逞しく生きているフィズさんだから、なお更だ。
皇子さまとか、お城とかのイメージとは違う。
あー、でも、想像してみると似合うかも。
こうピシッとした制服とか着て貰いたいな。
うんうん、全然あり。むしろ凄く似合うと思う。
一度、見てみたい。
「もう昔の事だ」
苦々しく言うフィズさんは、心底嫌そうだった。
意外と皇子様はブラック上司ですか?
興味本位で適当な想像してしまって申し訳ない。
「残念ながら、そう思ってるのはお前だけだ」
ディーンさんは、素っ気ないくらい感情を込めずに言う。
うーん、ここも何だか事情がありそうな。
部外者の私が首を突っ込んで良い事でもなさそうなので、聞き流しておく。
「その皇子さまが、病を治してくれたんですね。凄い方ですね」
「あぁ、幼い頃から聡明な方だったが、やはり神の加護を受けるに相応しい方だ」
軽く皇子さま褒めて見ると、フィズさんは思いの外、嬉しそうに相好を崩した。
誇らしげな表情に、フィズさんがその皇子さまの事をどれだけ慕っているのか聞かずとも分かる気がした。
男のプライドとか友情とかって時に女からしたら理解不能だけれど。
可愛らしいなぁとも思ったりもする。
今の流れで考える事でもないけどね。
起き上がれたなら頭を撫で撫でしてあげたい。
えぇ、ちょっと気分の悪さがぶり返して来ました。
手にしたカップを両手で抱きしめて、思い出話に花を咲かせている男性陣から隠れつつ、そっと念じる。
冷たいレモンジュースが飲みたい。
気持ちだけでもスッキリしたい。
あ、でもあんまり出て来ると二人にバレそうだからちょっとだけで良いかも。
そんな事を交えつつ思っていると、カップの底に一口分くらいのジュースが溜まる。
おお、量も加減できるのね。
そそくさと口を付けて飲み干す。
キンッと冷えたレモンジュースは、甘さが控えめで爽やかな後味だ。
うん、ちょっと気持ちも紛れたかも。
ぽっこりしたお腹を撫でて、体勢を変えて身体を落ち着ける。
「カエ、辛いか?」
「いえ、ちょっと座りつかれただけです。お行儀が悪いですけど、このままで良いですか?」
もうほとんど横になったような状態だ。
フィズさんもだが、ディーンさんまで心配顔だ。
いえ、本当にそこまで心配される程ではないんです。
「やはり、部屋に戻った方が」
「いや、話の続きが気になって休めないので、このままで」
そのまま抱きかかえて行きそうなフィズさんを片手を上げて制する。
「それなら、掻い摘んで説明する」
戸惑う体勢で固まったフィズさんの隣で、ディーンさんは即座に切り替えてくれる。
ディーンさんは、性格にちょっと難はあるが仕事は出来るタイプだと思う。
恨みなんて、ないよ。
客観的な評価だよ。本当だよ。
まぁ、それは良いや。
「この帝国の女性の数が激減したせいで、国として今とても不安定な状態だ。女性がいなければ子どもが生まれない。子どもが生まれなければ、帝国民が減り国力が低下する」
分かるか?と尋ねられるが、さすがにその程度の事は理解できますよ。
大丈夫と肯けば、意外そうに目を丸くされた。
そ、そこまで馬鹿だと思われていたとは心外ですよ。
「帝国における聖女と言うのは、お飾りの存在じゃない。聖女は、女神から選ばれた少女だ。女性たちに加護を与え、国を支える存在になる。特に、今の国力が弱った状態では聖女の加護は欠かせない」
なるほど。
いや、半分も理解は及んでいませんが、それなりに切羽詰まった状態だと言う事は飲み込めた。
ただ、だからと言って私が聖女だとは思わないし、もしかしての存在もお腹の中だ。
いきなり国なんて大きな物を押し付けられても、困る。
特に、私はこの国の人間どころかこの世界の人間ですら無いのに。
「だから、俺はお前を保護しなければならないん、だが」
歯切れが悪い終わり方だ。
だが、気持ちは凄く分かりますよ。
私が十代のぴっちぴちの女の子だったら話は早かっただろうにね。
そこは同情します。
現実は、甘くないどころかマイナスで激辛です。
いやぁ、どうするのかなぁ、この人。
って、完全に他人事目線で眺めてますが、私自身にも関わる事なので考えなければ。
出産を考えると、神殿に行った方が良い。
少なくともお医者さんが居る所。
出来れば、産婆さんが居ると尚良しと言った所だ。
それには、ここから出る必要がある。
何ヶ月もの旅は、別に考えるとしてもこの山を降りる事は最低限必要だろう。
今の体調ではそれだけでも、一苦労だ。
と言うか、明らかに同行者に迷惑をかける事になる。
恐らく、このまま行けばディーンさんが主に迷惑を被る事になるのだろう。
あぁ、そうなるとフィズさんとはお別れかな。
さすがに旅について来て面倒見てくれなんて、言えないし。
それは嫌だなぁ。
ここまでべったり甘えて来て置いて、更に不安だからお世話を焼いて欲しいなんてとんだ我がまま娘だ。
我がまま通り越して女王様だ。
悩む。
これは、ちょっとすぐに結論は出せない。
出せないと言うか、出てはいるのだが、覚悟を決める為に、せめてあと半日は欲しい所だ。
長くと言うほどではないけれど、フィズさんとの生活は優しくて温かかった。
手放すのは、惜しい所じゃなく痛い。
「ディーンさんとしては、私を連れて行きたいんですよね?」
そこはきちんと確認して置く。
やっぱり不要だとか言われたら、悩むだけ無駄になってしまう。
「そうだな。負担をかけてしまうのは承知しているが、それでも叶うなら来て貰いたい」
真っ直ぐに見つめて来る視線は真剣だ。
こちらへの負担を隠さずに、覚悟してくれと言って来る当たりは正直で好感が持てる。
「ひとまず、今は休ませて貰って、返事はその後でも良いですか?」
「あぁ、悪いな」
とりあえずの話は終わった。
さすがに硬い床の上は、お尻が痛い。
包まっていた布団から出ようとモゾモゾしているとひょいっと身体が持ち上げられた。
「フィズさん?」
「無理はするな。このまま運ぶ」
「えー、大丈夫ですよ」
そんなひょいひょい抱えて貰わなくても大丈夫なのに。
反論している内に、部屋まで連れ行ってくれた。
ベッドの上に横になると、無意識にほっと息が漏れた。
案外、疲れていたのかもしれない。
考える事もあったし、横を向いてお腹の位置を安定させると思いの外楽になって驚いた。
「ありがとうございます」
「少し寝て、休むと良い。食べれそうなら、後で食事を持って来る」
「はい。すみません」
答えている内に、うとうととして来る。
せめて、フィズさんが部屋を出る位は見送ろうと思っていたのに、その背中を見たのか覚えていないくらいすぐに睡魔に襲われてしまった。
起きたら、改めてお礼を言おうとだけ考えた後は既に夢の中だった。