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次週でラストです。
少女の結末を彩る下地作りの回、出会いと別れを知った少女は強くなっていました。
夜のテラスから見上げる夜空が好きだった。
昔見たスラムの空は灰色で見ている私の心の方が苦しかった。お父さんから空を見上げても腹は膨れないと教わって、そう言えばそうだと納得して二度と見上げる事は無かった。
だけどローレヌ侯爵家の屋敷から見上げた夜空は綺麗だった。
あの日、スラムから飛び出した私の目に入ってきた景色と同じだった。
キラキラと星々が輝いて私は心が一杯になる。例えお腹が膨れなくたって満たされる想いはある。
テラスに隣り合ってお姉ちゃんと肩を寄せて座り込む。
お父さんが私を屋敷から連れ出したあの日、私がローレヌ侯爵にお父さんの助命を願い出た日。今から二ヶ月前の日を思い返しながら私は想いを満たしたくてジーッと夜空を見上げていた。
「今頃お父さんも見てるかなあ……」
あの日の翌日、ローレヌ侯爵はお父さんを助けてくれた。
結局ジャンヌ様の言葉に折れたらしい、「母上も生きれおられたらきっとそう願った筈です」と言う言葉にローレヌ侯爵は考え直してくれた。
お父さんは国内で罪に問われる事は無くなった、だけどやっぱりその罪を無かった事には出来ないとローレヌ侯爵は言った。だからローレヌ侯爵から個人的に国外追放を言い渡されてしまった。
お父さんもローレヌ侯爵の言葉に素直に従って、その翌々日に国を出た。
何でもローレヌ侯爵と個人的に付き合いのある隣国フェルデナントの貴族の屋敷に使用人として住み込みで働くのだと言う。ローレヌ侯爵は何だかんだといい人で、お父さんの就職先を事前に準備してくれたのだ。
それもたった一日で全ての段取りを準備したのだから凄い人だなあと私は尊敬と感謝の気持ちを抱いた。
私の本当のお父さんはちょっと厳しいけど優しくて凄い人でした。
「マリー、父上に養子縁組を願い出たって本当なの?」
「うん」
「どうして屋敷を出ていくの? もしかしてお父さんの件で父上が嫌いになったの?」
ジャンヌ様をお姉ちゃんと呼び始めてどれくらい経ったかな?
お姉ちゃんはちょっとだけ寂しそうな表情を浮かばせて私に話しかけてきた。私は首を数回横に振って、違うと答えを返す。
ローレヌ侯爵を嫌いになる筈なんてない。
だってローレヌ侯爵は結局お父さんを助けてくれたし、私の事を大切にしてくれるから。逆にローレヌ侯爵の方から私を気遣ってくれる、あの人は自分の出した決断で私が傷付いたのではと思っているらしい。
お父さんが国外追放となって私が落ち込んでいると、勝手にそう思ってるみたい。
私が養子縁組でこの屋敷を出たい理由、それはもっと別の理由だった。
「……今のままじゃレオポルトと兄弟だし……結婚……が出来ないから」
「ふーん、結局マリーは殿下をフっちゃうんだ? それはそれで凄い決断ねえ」
「それに私はずっとお姉ちゃんの妹でいたいから。お、王妃様なんかになったらお姉ちゃんと立場が逆転しちゃうよ、そうなったら私お姉ちゃんと会えなくなっちゃう」
「ああ……、そう言う事なんだ? レオポルトと結婚すればマリーは私の義理の妹になるって事か。うーん、殿下がフラれた理由は私にもアリかあ」
「べ、別にその理由だけでレオポルトを選んだ訳じゃないよ?」
お姉ちゃんは少しだけ悪戯っ子の様な顔になって私を揶揄う。そんな理由で結婚相手を選んだわけじゃないと慌てると、お姉ちゃんはクスクスと今までとはまた違った笑顔で笑う。
最近は特にお姉ちゃんの笑顔を観察するのが好きだった。
何時でもニコニコと笑っていたと思っていたお姉ちゃんの笑顔は色んな種類がある事に気付いてからは、ジーッと顔を覗き込んでみる様になった。
するとお姉ちゃんは「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」と言って私に笑いかけてくれる。そんなやり取りが私には新鮮で、ただ話をするだけで更にお姉ちゃんを好きになっていける気がする。
やっぱりお姉ちゃんは凄いなと、たったそれだけで思えるから不思議だ。
「はー……、あっぶねー。ここ最近はマリー成分が不足してたから幻覚が見え始めて危なかったのよねー」
「え? お姉ちゃん、今何か言った?」
「ううん、きっと気のせいよ」
やっぱりお姉ちゃんはたまにおかしくなる事がある。
だけど私もそれが何か分からないし、特に嫌と言う訳でも無いから問いただすのは止めておこう。お姉ちゃんだって色々と忙しくて大変だろうし、ソッとしておいた方がいいと思う。
「でもビックリしちゃった。まさかフランツ様まで私を好きだって言ってくれるなんて思わなくて……」
「殿下は元々結婚なんかに興味が無かった人だったから、それが自分の口からマリーに求婚するとは流石に私もビックリしたわ」
「……お姉ちゃんの婚約者なのにゴメンね?」
「いいのよお、そもそも私は悪役令嬢だったし、私自身も結婚には興味無かったの。だからこそ殿下とは友人になれて、形だけの婚約者なんてものも続けられてるんだから」
フランツ様が私を好きだと言った時は本当にビックリした。
レオポルト様が私に告白をした事を知った殿下はレオポルト様も負けまいと私に同じ様に告白をしてくれたのだ。最初は驚いたけど、それでも嬉しくて、やっぱり好きだと言われた時は恥ずかしくて殿下の顔を見れなかった。
真っ直ぐ私を見てくれる殿下に目を合わせられなくて、俯いたまま無言でいると殿下はそんな私に「焦る必要はない、ちゃんと考えてから返事をしてくれればいいから」と言ってくれた。
今でもそう言って私の手を握ってくれた殿下の手の温もりはハッキリと覚えている。
あの時はお姉ちゃんの婚約者からの告白だったから本当に良いのかなんて考えもした。
だけど肝心のお姉ちゃんが「いいんじゃない?」とあっけらかんとするものだからこれにも驚いてしまった。それよりもお姉ちゃんが「私の妹を泣かせたら私が殿下を泣かせます」と言って、もの凄い速度で私に頬擦りしながら凄んでしまったから、それを見ていた私とレオポルト様は顔を真っ青にしてそのやり取りを見届けていた。
あの時は私も頬が火傷するかと思っちゃった……。
だけどお姉ちゃんとフランツ様は本当に仲のいい友人だと知る事もできた。
フランツ様は「もし泣かせてしまっても、その倍だけ笑顔にさせればいいんじゃないかな? 夫婦だって喧嘩の一つもするだろう」と独特の考え方を堂々と語っていた。
まあお姉ちゃんは「倍では足りません。十倍です」と更に言い切ると二人は笑い合っていた。
何度思い返しても私は思い知る。
私は一人ではなかったと分かって寂しいと思う日は嘘の様に来なくなった。必要とされたいとか、自分が生きる理由は何となく死にたくないと言う理由では無くなった。
こうして隣にお姉ちゃんがいて私の話を聞いてくれるだけで充分だ。
他にもフランツ様と何気無い会話をしたりするのも楽しい、結局私は殿下の告白を断ってしまったけど、それでも殿下は笑顔で私に手を振ってくれるから。
お姉ちゃんなんて私がフランツ様をフった時、「後で適当に慰めておくわ」と国の王子様を適当に扱っていた。その言葉にフランツ様も満更ではなかったのが凄い。
やっぱり二人は仲良しでした。
それともう一人……。
「何だよ、二人して部屋の灯りを消してると思ったらやっぱりここか」
「あら、レオじゃない。どうしたの?」
「……何度も言うけど弟が姉さんの部屋に来たらいけないのかよ?」
「せめてノックぐらいはしなさい。じゃないとマリーに嫌われちゃうわよ?」
レオポルトがヒョッコリとテラスに姿を現した。
最近は剣の稽古を更に真剣に取り組み様になって服の上からでも逞しさを感じる男の子。私がローレヌ侯爵家に正式に入って兄弟となった男の子だ。
私はお姉ちゃんの双子の妹だから戸籍上は彼の姉と言う事になる。
ずっと様付けで呼んでいた男の子を呼び捨てにするのは未だにシックリと来ない事もある。それでもレオポルトの方はすんなりと受け入れちゃったから少しだけ自分が情けなく感じる。
私もいつかちゃんとお姉ちゃんをしないとダメだなと思ってしまう。
「何度もノックしたんだけどな……、まあいいや。それよりも父上が俺たちをお呼びだから二人を呼びに来たんだけど?」
「パパが?」
因みに私はローレヌ侯爵をパパと呼ぶようになった。
私のお父さんはお父さんだけだったから何となく呼びにくくて、そう呼ぶ事でパパの妥協してくれました。あの時のパパは凄く嬉しそうに号泣してくれてこっちが照れちゃった。
私のパパは仕事が多忙な分、実は子煩悩な人だったみたい。
「そう、多分だけどマリーの養子縁組の件だな。あれは」
「レオはどうして分かるのよ?」
「……滲み出る哀愁が凄かったから。それと号泣してた」
「「ああ……、そうなんだ」」
お姉ちゃんは「なんか父上のキャラが乙女ゲームの設定からドンドンとかけ離れてくわね」と呆れながら立ち上がった。私もお姉ちゃんに続いて立ち上がると私たちは三人一緒に部屋を出た。
お姉ちゃんが言うにはオトメゲームと言う物語はお姉ちゃんが知ってる内容から少しずつ変わり出したのだと言う。
その中でもパパの性格の変化は特に凄いそうだ。
私たち姉弟三人はそんなパパの部屋に向かうため廊下を三人隣り合って歩く。
「父上ってマリーにはとことん甘いわね。これは私も負けてられないわ」
「姉さん、そこって対抗意識を燃やすところなのかよ?」
「ダメよ、これはマリーの姉として沽券に関わる大問題なの。……やっぱりマリーの歯ブラシは私が担当しようかしら」
「お、お姉ちゃん? もう充分だよ? 今だってお風呂に上がった時のお世話もして貰ってるし……」
「え? マリーって姉さんにそんな事されてるのか?」
「あうあうあうああああああ……」
因みに最近のお姉ちゃんも暴走気味です。
とにかくパパ張り合って私に世話を焼こうとしてくれる。その事をレオポルトに知られてしまい、顔を真っ赤に染めてしまった。
「姉として妹道を極めなくちゃ」
お姉ちゃんの良く分からない言葉に私とレオポルトは頭を抱えながらパパの待つ部屋に真っ直ぐ向かっていたった。




